表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6.僕の本性

 二人、テーブルに向き合って座っていた。

 散らばっていた写真は綺麗に片付けられ、彼の前に重ねて置いてある。


「あれは……」

「僕と君の接点だ。少しは思い出せた?」


 頷く。それなら良かった。と彼も頷いた。


「これでダメだったらどうしようかと思った」


 頷く代わりに手首をさする。ブレスレットはない。

 代わりに、今思い出したことが僕の中で渦巻いている。


 あの夜。儀式が行われた。

 神を降ろして繁栄を願うような。そういう類いのものだったのだろう。

 しかし、喚ばれたのは厄災の(マガツヒ)だった。

 彼は、何も聞かされないまま捧げられ、訳がわからないまま死んだ。その時の恐怖と怨嗟は、私の力と共鳴し、瞬く間に村を滅ぼした。

 そこにはなんの理由も、感情もなかった。私は、そう在る者だったから。当たり前のように応えた。

 その場に居た人全てを飲み込んで。誰も近寄れないような穢れで満たした。


「僕は。わたし、は……」

 畢ヶ間あとり(わたし)は。人間の皮を被り、人間が持っていた記憶を「人間らしさ」として塗り固めただけの存在だった。

 普通どころか、人間じゃ、ない。

 マガツヒ。あの日、村に降ろされた厄災だ。


 私の前に幾度と現れた彼こそが、「(あとり)」だった。

 私はそれを奪い、忘れ去っていた。

 

「落ち着きなよ。君が今取り乱したって何か変わるわけじゃない」

「そう、だけど。……でも、どうして」


 そう、どうして私が喚ばれるに至ったのかが分からない。

 祀っている神に繁栄を願うのなら、私が介入する隙は無いはずだ。


「そこは僕も考えた」


 とんとん、と指で机を叩く。


「多分、君は僕の感情がトリガーとなって現れた」


 彼の感情を思い出す。どす黒く染まった叫びは、確かに厄災を行使するきっかけとして十分なものだ。


「あの夜、僕は生贄にされた。彼らは神に頼めばなんとかなる思っていたのか知らないけど」


 思い上がりにも程がある、と吐き捨てる。

 そうだねと同意する。あの村はどうしようもなかった。たとえ僕が繁栄を約束する神だったとしても相当な難題だったろう。


「それがトリガーだということは、決定打は別にあると考えているの?」


 村への怒りは相当なものだ。私が応えるに値する。だけど、私が彼を見つけるに至るには、ピースが足りない。


「あとは、僕の名前かな」


 名前、と繰り返すと彼は頷いた。


「僕は君だけど、名前は違う。僕の名前は綾日だ。畢ヶ間(ひつがま)綾日(あやか)

「あや、か」

「そう」

「……もしかして、綾ちゃん?」


 私の呟きに彼は少し息を呑んで、あははと笑った。


「そう。うん。僕が「綾ちゃん」。意識が保てる時だけ、やりとりしてたんだ」


 これまでとは調子が違うそれは、雛果とのやりとりが楽しかったと分かる。この朗らかさが彼本来の性格なのだろう。そんな気がした。

 でも、その笑い声はすぐに収められた。


「あの村で信仰されてるのは「大屋毘古神(おおやびこのかみ)」だけど。この神様、ちょっと複雑でさ」

「同じ名前の別神が居る」


 そう、と綾日は頷いた。


 大屋毘古神(おおやびこのかみ)の名を持つ神様は二柱居る。

 林業の神である、大屋毘古神と。

 住宅を守る神である、大屋毘古神。

 後者は「大綾津日神(おおあやつひのかみ)」や「大禍津日神(おおまがつひのかみ)」という名を持つ厄災の神(マガツヒ)であり、私はそれにあたる。


 実際どっちが信仰されてたかは置いといて、と彼は少し遠くに視線を向けた。

「降ろそうとしたのは五十猛神(いそたけるのかみ)――林業にまつわる方だったんだろうけど。僕さ、10歳になる前に引っ越したから「綾日(あやか)」が残ったままなんだ」


 雛果から聞いた風習か。確かに10歳になる前に村を出て儀式を受けてない場合、その名前は彼に残り続ける。


「なるほど。本来神に捧げるべきだった「綾日(なまえ)」が、大綾津日神(マガツヒの僕)を喚んだ」

「そう。儀式として状況が整えてあったってのもあると思うんだけど。結果として、降ろされた神に」


 言葉を切った彼の視線が、私を射抜く。


「君に見つかった」


 たかが風習、されど風習。馬鹿にできないね、と綾日は目を伏せて息をついた。


 祭司はただ、儀式として神を降ろしたのだろう。生贄は、使うなら若い方がいいみたいな発想か。あの状況からするに、二度と出すつもりもなかったのだろう。

 生贄にされたことへの怒りと絶望。切り離し損ねた、同じ文字を持つ名前。信仰される神と同じ名前の厄災。そんな悪夢のような偶然が揃ってしまった。

 結果、綾日はあとりの身代わりとなり、空になった身体には神が降ろされた。


 手を見る。何の変哲もない、普通の手だけど。気を抜くと、どろりと黒く溶け出すような気がする。なるほど、彼が頑なに「綾日(あやか)」と名乗るのは、あとりは身体に残ってるからだ。それは、私の核であり、人間らしさとして残っている。手を軽く握り締めて、綾日に向き直る。


「気付いた時には手遅れだった。でも、雛果ちゃんの両親はすぐ気付いたんだろうね。ギリギリまでどうにかしようとした」


 せめて彼女だけは守りたかったのかも、と綾日は溜め息のように呟いた。

 暴走したのは村の大人達だ。雛果の両親も儀式を進めた責任があるけど、彼女はあの場に居合わせておらず、儀式の内容も知らなかった。


「彼らの尽力は上手くいったと思うよ。君は僕の身体に封印されたし、僕は君の一部を抱えて、この地に沈められた」


 そう言いながら左手を差し出す。黒く塗り固めた彫刻のような手だった。マガツヒと同化している証拠だ。


「抱えてって言ったけど。主導権はあんまりない。最近じゃ、こうして意識が保てるのは一日に数時間が限度になってきた」


 このままだと彼の意識が完全に呑まれるのも時間の問題だ。

 いや、人間に神の力がどうこうできるものじゃないのに、ここまで保ったのは奇跡に近い。


「これをどうにかできるのは君しか居ないと僕は思ってる」

「そう、だね」


 それはそうだ。彼を蝕む者も私なのだから。私がなんとかしないといけない。


 しかし、同化した状態となると、難易度が上がる。

 あの塗りつぶされるような感覚からするに、同化は進んでいるだろう。無事戻せたとしても、身体が持つか分からない。制御に失敗すれば、今度こそ綾日は死ぬし、この土地を二度と人が住めない空間にしてしまいかねない。

 思わぬ難題に黙り込む。


「難しく考える必要はないでしょ」

「うん?」

「僕を解放すればいい。それだけの話だ」


 あっさり言い放たれた提案。口を挟むより先に、彼は言葉を続ける。


身体(あとり)()に捧げられたから、所有権は君にある。今の僕(綾日)は、残った名前にしがみついてる君の残滓だ。この地に封印され、穢れを吐き出すだけの存在だ。だったら名前ごと解放してしまえばいい」


 確かに、綾日と同化したマガツヒを還すだけならなんとかなる。

 身体は現状維持だし、この地で滾々と湧く穢れを消すことができる。


「でも」

「僕がその身体に戻れないのは分かってるでしょ」

「うん……難しい、とは思う」


 頷くと、呆れたように目を細められた。


「甘いな、君。人間らしくなるにしても、そういう所はちゃんと残しておきなよ」

「これのベースは君だよ!? いや、そうじゃなくて。だったら、私があるべき所に戻ったって――」


 言い終わるより先に、綾日は首を横に振った。


「君が還ったら、あの身体は空っぽだ。今度こそ死んでしまう。それに、雛果ちゃんを残して居なくなる気?」


 雛果をまたひとりにする気か。

 綾日はそう言った。

 黙った私に、彼は満足そうに頷いた。


「その身体に残って暴走したら、って不安を抱えてるようだけど。杞憂だと思うよ」

「杞憂」


 繰り返すと、綾日は頷いた。


「雛果ちゃんは巫女としての性質をしっかり受け継いでる。神を降ろす力はあるし、言霊も強い」 


 彼女と連絡をとったり、身体を短時間借りる事はできても、私と接点を持つのには苦労したらしい。神を身体にしっかり留めることができる証拠だろうと彼は言う。


「それに、あのブレスレット、見かけ以上の丈夫さだった。それは、君が「普通だ」って肯定され続けてきた結果さ。君の「普通じゃない」部分をしっかり封じていた」

「そうなんだ……」

「そうだよ。だから、君は彼女の助けがあれば大丈夫だと思う」


 綾日の表情は晴れやかに見えた。


綾日(僕の名前)を、()へ捧げる。その手順をきちんと踏めば、きっとうまくいくと思うよ」

「……ちょっと、考えさせて」


 私の答えに、綾日はやれやれと言いたげに溜め息をついた。

 

「タイムリミットは僕が意識を保てる間に頼むよ」



 □ ■ □



 写真を持ったまま、床に座り込んでいた。

 頬は涙に濡れていた。


 彼と。綾日と向き合っていた時は落ち着いていたのに、今は重苦しい感情が渦巻いている。これが僕本来の状態だったのに、とても苦しい。「あとり」の感覚を手繰り寄せ、抱えて息をつく。

 綾日と雛果の思い出も、居場所も、全てを奪ったのが自分だったと言う罪悪感と、その罪悪感が理解できない自分が居る。

 理解はできなくとも、このままでは良心(あとり)は壊れてしまうのは分かる。その(良心)が無くなってしまえば、僕はまた、この生活を、この地を、息をするように穢してしまうかもしれない。

 そうなれば。

 今度は、雛果も殺してしまう。


「ああ……それは、嫌だ」


 人間ではない。厄災でしかない、ハリボテの私だけど。

 彼女が笑ってくれる今は。失いたくない。

 普通でありたい。


 身体を綾日に返さなきゃとか、村をもう一度穢れで埋めてしまう可能性とか。

 それ以上に、そんなことを思ってしまった。

 

 随分と。人間らしくなったものだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ