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ぜぇんぶ、筒抜け

 わたしが“わたし”に戻って、一週間が経った。

 あの日、寝間着姿で足が傷だらけのわたしと、びしょ濡れのレナートという異色の組み合わせを発見した薬草学の先生は大混乱だった。そして大騒ぎで医務室へ戻されて、アンナ先生からお説教をされることとなった。

 そのあと、三日間、安静を言い渡された。絶食で身体が弱っていたこと、足の傷がまあまあ酷いこと、さらに精神が錯乱しているのでは?という疑いがあったので様子見のためだ。……何故、目覚めるなり森へ走っていったか、わたしはその理由を言わなかったからね。

 だってさ。レナートの身体に入っていましたって……言わない方がいいと思ったんだもん。それこそ、もっと錯乱してるって思われたかも知れないし。

 ちなみにレナートの方は、たぶん、全身検査をして問題なしだったので、そのまま寮へ帰ったと思う。話す機会がないままなので、詳しいことは分からない。

 四日目から通常生活に復帰し、授業にも出た。特に以前と変わりはない。いや、違う。ディエゴの姿が教室内になかった。誰も何も言わないので、聞くに聞けない。

 そしてレナートとも、特に挨拶はしなかった。

 とても自然に、以前の生活に戻った感じ。

 あのレナートだった数日って……もしかしてわたしが眠っているあいだに見た夢だったのかしら?

 ただ、妹のミアはあれ以来、わたしを避けているようだ。わたしの不注意で階段から落ちて頭を打ったってことになっているけれど、本当はミアが突き落としたことをバラされたくないからだろう。考えなしのミアのことだから、わたしが意識不明の重体という危機的状況になるなんて想像もしていなかったに違いない。

 そして、一週間目の今日。

 何故か急に連絡が来て、レナートと夕食をとることになった。

 食堂の特別個室で。


「体調はどう?」

「えーと……大丈夫、です」

「そう。あ、夕食はマルティナの好きそうなものを用意したよ。無理に全部食べようとしなくていい。食べられそうなものを、食べたらいいからね」

「はい……」

 ……ちょっと待って。どうして、こういうことになった?!

 二人っきりの部屋で、机いっぱいの食べ物。そして、目の前には満面の笑みのレナート。

 満面の笑み!!

 あれ?レナートの中に、まだわたしが入ってる??

「緊張しないでいいよ。……って言っても、こうやって面と向かって話をするのは、この間の池のときは別として、初めてだから仕方ないかな。正直、僕もちょっと緊張してる」

「はあ」

 そのわりに、すっごく笑顔ですけど。

「えーと……とりあえず、一番気になっていたことを聞いていいですか?」

「うん、いいよ。その前に、敬語で話さなくていい。僕とマルティナの仲なんだから」

 どんな仲?!

 ど、どうしよう。だんだん、怖くなってきた。

「その、わたしがダンジェロさまの中に入ってたことは……」

「もちろん、知っている。だって当事者だし」

「そ、それで、わたしが入っていた間、ダンジェロさまはどこへ?」

 レナートの笑みが深くなった。

「ダンジェロじゃない。レナート、だ。君、僕のことをずっとそう呼んでいただろ?」

 ぴゃっ!

“ずっとそう呼んでいた”―――ですって?!

 ま、まさか。まさか……!!

「僕はね。ずっと、僕の身体の中にいたよ。だけど急にマルティナが入ってきて、僕の身体の主導権を奪ってしまったんだ。ちなみに」

 震えて声も出ないわたしに、レナートはうっとりと視線を向ける。

「君の考えていることは、全部、ぜぇんぶ、僕に筒抜けだったよ」

 ……ぎゃーーーーーーっ!!

 わたし、めっちゃいっぱい不敬なこと考えてなかったっけ?!何度も何度も“レナート、もう死んでるんじゃない?”とかも思ったし。勝手に人の身体を奪っておいて。

 死刑だよ、これ!!!


 少し、わたしは気を失っていたらしい。

 いつの間にか横に来ていたレナートに揺すぶられて、意識を取り戻した。

「ああ、良かった。急に動かなくなるから、心配するじゃないか。やっぱりまだ、寝込んでいた後遺症があるのかな?」

 ち、違いますぅ。

 わたしがあなたの中に入っていて、何を思ってどういう行動をしたか、全部バレてるってことにビビっただけですぅ。

「ご、ごめんなさい、ダンジェロさま。でもあの、わたしも、決してダンジェロさまの中に無理矢理入ったワケじゃなくてですね……」

「分かってるよ。ここ数日でいろいろと調べたしね」

「調べた……?」

 何を?わたしの素行とか?そ、その辺は特に悪い部分はない……はず……。

「まあ、その前にこの書類にサインしてよ。詳しい話は、食べながらゆっくりしていくからさ」

 レナートから一枚の紙を渡され、それに目を通す。

 ……ジェンティーレ侯爵家へ、わたしが養子に入るという内容が書かれていた。

「なぜ、わたしが侯爵家へ?」

 なんかもう、頭がいっぱいいっぱいで、話に付いて行けない。

 半分固まっているわたしの前に、レナートが跪く。そして、書類を持つわたしの手を恭しく握った。

 若草色の瞳が、キラキラとわたしを見つめている。

「それはね、マルティナ。君と僕が婚約するためさ」

「……すみません。ダンジェロさまの中に、今度は別の人が入ってません?」

「間違いなく僕はレナート・ダンジェロだよ。……言っただろ、僕は君に救われた。君のおかげで僕は生きている。僕は君に感謝しているんだ」

「全然、意味が分かりません。わたしが中に入ったこと、怒ってないんですか?」

「怒る理由がないよ。だって僕はあのとき、生きる意志を放棄していたんだから。……屋上でね。ディエゴから絶縁宣言され、お前を友人と思ったことは一度もないと言われた。思わず伸ばした手は振り払われ……僕はバランスを崩し、屋上から落下した。ああ、もうこのまま死んでいいやって思ったんだよ、あのとき」

「そんな……」

 レナートの苦しさの一端は、ほんの少し知っている。そうなのか。死んでもいいやっていうくらい、心が思いつめられていたのか……。

「そしたら、マルティナが僕の中に入ってきて……ご飯を美味しい美味しいって食べるし、気軽に誰にでも話しかけて楽しそうだし、父上には“あなたの感覚はおかしい”と言い放ってくれて……なんだろうな。僕は急に呪縛から解けたような気がしたんだよ。いろいろと悩んで、苦しんでいたことが馬鹿馬鹿しくなった。マルティナから見れば、どうでもいい小さなことで悩んでたんだなぁって。だからね。これからは……マルティナ。君と一緒に歩いていきたい」

「わたしと……?いや、でも……」

 公爵家に嫁ぐなんて。

 それはちょっとムリでしょ。だって、レナートの隣に立つって荷が重いんだもん。

 レナートのことは……まあ、中に入って前とは印象が変わったけどさ。婚約者とか……そこまでは考えられないよぉ。

 どうやって断ればいいか必死で考えていたら、レナートがまるで花のようにふわりと綺麗な微笑みを浮かべた。思わず見惚れてしまう。

「ねえ、マルティナ。君は僕の全部を見たんだよ。それなのに、何もお咎めなしで逃げられると思ってる?」

「ほえ?」

「僕が人知れず頑張っている努力のこととか、隠していた弱い部分とか―――そのうえ、僕の身体の隅々まで見たね?」

「そ、そそそそそれは……っ」

 全身から音を立てて血が引いてゆく。

「見たよね?」

「あ、あれは不可抗力ですっ、お、お漏らしして良かったんですかっ?!」

 た、確かに“あれ”、がっちり見ちゃった、んだけど。決して、見たかったワケじゃないし。もちろん、痴女でもないし。

 こればっかりは仕方なくない?

「酷いな、マルティナ。責任、取ってくれないんだ?」

「責任て!あ、じゃ、じゃあ、わたし、今ここで脱ぎます!裸になります!それで痛み分けってことで……」

「今、ここで君の裸を見たら、それこそ世間的には僕が責任を取らないといけなくない?まあ、僕は全然構わないけどさ。ただ、君の裸を見るなら、将来、結婚してからがいいなぁ」

「ひえっ」

 ど、どうしよう、レナートは本気だ。に、逃げられない……!

「まあ、今ここで答えてっていうのは、さすがに性急だよね。でもさ、これからはずっと美味しいご飯を食べられるんだよ。それだけでもかなりお得だと思うから、ちょっと考えてみて?」

「受けます」

「え?」

「婚約者、やります!」

 考えるまでもなかった。即答だよ、この件。

「そうか、僕はご飯に完敗か……」

 がっくりするレナート。

 でもね。ご飯って人生には重要なのよ。美味しいご飯が食べられるんなら……まあ、大抵のことはなんとかなりそうじゃない?

思考筒抜けって怖いですよねぇ……。

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