美味しいは、幸せだ
翌日。
まだ、お腹がいっぱいな感じ。
くっ、レナートめ。そんなだから華奢なんだ。せっかく美味しいものを食べられるんだから、もっと食べればいいのに。
それでもとりあえず、たっぷりのバターを塗ったパンとサラダとスープの朝食をいただく。
はあ、美味しい。
これでもし元の身体に戻ったら、わたしは一生、昨日の夕食と今朝の朝食の思い出を反芻しながら硬いパンを食べることだろう。それだけでも、レナートになった甲斐(?)はあるかも知れない。
―――制服に着替え、学園へ。
「おはようございます、ダンジェロ様」
「ダンジェロ様、おはようございます~!」
すれ違う女生徒から次々に声が掛けられる。
わたしは、それに対してニッコリ微笑んで挨拶を返した。
「おはよう!」
「きゃーーー!!!」
あちこちで凄まじい悲鳴が上がる。
ふふふ。
これこれ。やってみたかったんだ。
レナートって、超絶カワイイ顔をしてるんだもん。愛想良く、笑ってみせたら……絶対、女子受けすると思ってたんだ。笑わないのがイイって言う意見があるのは知ってるけど。
どうせだったら、きゃあきゃあ言われたいよね~。
「ダ、ダンジェロ様。今日は、どうされたのですか?」
「ん?僕もいろいろと思うところがあって……今日からはなるべく笑顔でいようと決めたんだ。変かな?」
少しだけ首を傾げ、わざと上目遣いで、話しかけてきた女生徒を見つめる。
女生徒はみるみるうちに赤くなって……バッタリと倒れてしまった。
あちゃー。やりすぎた?
教室がどよめいている。
もちろん、わたし(レナート)のせいだ。
「やあ、おはよう、ディエゴ」
隣の席のディエゴ・マルケッティにもニコニコと挨拶したら、慄かれてしまった。
「レナート……」
「ねえ、ディエゴ。僕、昨日は予習を忘れて寝てしまったんだ。もし、地理学で当てられたら助けてくれない?」
ディエゴも公爵令息だ。恐らくレナートと仲がいいと思う。何故なら、いつも一緒にいるからだ。とはいえ、こんな風に親しげに話をすることはないのだろう。異生物を見る目でこっちを見られてしまった。
うーん、ディエゴにも冷たい話し方をした方が良かったのかな?でも、一限目のグレコ先生は厳しいから、当てられたときの対策をあらかじめ立てておきたいのだ。だって身体はレナートだけど、頭の中身がわたしなんだもん。ちゃんと解答できる自信がない。
「レナート……君、その……本物、か?」
「あはは、この顔の偽者が用意できるなら、ぜひ、見てみたいね。触って確かめてみるかい?」
フニフニッと頬っぺをつまみながらディエゴに顔を寄せたら、「きゃあぁぁぁっ」という叫びが教室のあちこちで響いた。
「い、いや……。頭、大丈夫なのか」
「うーん、どうだろ?ああ、そうそう。昨日、頭を打ったみたいで。ちょっと記憶がアヤフヤなんだ」
ということにしておこう。
これで、行動がオカシイのは大目に見てもらえるはず?
ディエゴはまだ不審の眼差しでわたしをジロジロ見てきたけど、とりあえず、納得はしてくれたみたいだった。
「……あまり無理せず、今日は休んだ方がいいんじゃないか」
だって。
心配してくれるなんて、いい友達だなぁ。
さて、わたし―――本体のマルティナ・カルーソの方は、本日、お休みだった。
授業に欠席しているということしか現段階では分からず、欠席の理由は残念ながら不明。ただ先生が何も言わないから、死んだってことはないと思う。
詳しいことを知りたいけれど、レナートの身体で女子寮に行くワケにはいかないし……かといって誰かに聞いたら、それも大騒ぎになりそうだし……うーん、どうしよう?
悩んでいるうちに、時間はどんどんと過ぎ―――結局、一日が終わってしまった。
そして、判明したことが一つ。
愛想のいいレナートは最強ということ!
授業で当てられても、「う~ん」と言いつつ可愛く首を捻っていたら、先生も「仕方がないなぁ」と顔を緩ませて許してくれたり、近くの女生徒がこっそり教えてくれたりするのだ。美少年ってズルイよ、ほんと。
ふと思いついて、わたしの本体の情報を集めるために、医務室へ行ってみる。
最後の記憶は、妹に階段から突き落とされたこと。ガツンと角で頭を打って気を失ったので、普通なら医務室へ運ばれていそうな気がするんだよね。
「あら、ダンジェロ様。どうなさいました?」
医務室に入るなり、養護教諭のアンナ先生におっとりと聞かれた。
「昨日、頭をひどくぶつけちゃって。今日も少し頭が痛いので診てもらおうと思ったんです」
「まああ!どうして昨日、来なかったんですか!!」
アンナ先生は慌てて手に丸い硝子片を持ってわたしの診察を始めた。この硝子片は、たぶん身体の悪いところが分かる魔法具だ。
「……どこも腫れたり赤くなったりしていませんね」
「すぐ冷やしたし、眩暈がするワケでもないので、大丈夫と思います」
「でも、頭が痛いのでしょう?」
「あ、えっと、これは……前からときどき痛くなったりするので……それと同じ感じです」
「えええ?それはいつからなの?昨日、頭を打って運ばれてきた子がいるのよ。まだ目が覚めないわ。頭のケガを軽く見てはダメ」
おお!
それってわたしかな?!
奥をそっと窺う。ベッドに誰かが寝ている様子はない。
わたしは利用したことがないけれど、さらに奥の部屋があって、そこは重症の子が入ると聞いたことがある。その部屋にいるのかな?
「頭を打った子、大丈夫なんですか?」
「ええ、ケガ自体は問題なかったから。ただ、あの子、疲れがたまっていたのね……それでなかなか起きないのよ」
一瞬、先生の目が泳いだ。
つい意識不明の子がいるとわたしに言ってしまって、失敗したと思ったのだろう。この発言は、たぶんウソだ。
つまり、わたしの本体、重傷?
まあ、中身がここにいるし、良くはないよねえ。ていうか、レナートは入ってないのか……。どこへ行ったんだろう、レナート。もうあの世なの?
どっちにしろ、先生にこれ以上聞いても教えてくれないだろう。ちぇっ。
「あら?……ダンジェロ様。少し身体と魂の繋がりが不安定になっているように見えますわ。気持ちが悪かったりしませんか?」
「え?いえ……別に……」
「本当に?二重にブレて見える……こんな現象は初めてだわ……」
二重っていうか。
レナートの身体にわたしが入ってることが原因な気がする。
「ちょっと詳しく検査しましょう」
「いえ!大丈夫です。今日、宿題がたくさん出ているので、もう戻ります!気分が悪くなったらすぐ来ますので!!」
「ダンジェロ様!」
わたしは慌てて立ち上がって、医務室を飛び出した。
いや、だって今、この身体から追い出されても元の身体に戻れる保証はないし。レナートの本体もそのまま死んじゃうかも知れないし。
ていうか、中身がレナートじゃないってバレたとき、わたしが無理矢理に乗っ取ったと言われて罰されたりするのかしら?で、そのままどこかに監禁されたりとか?
うわ、やばい。あまりそういうこと考えてなかった。
これからは慎重に行動しよう……!
宿題が出ているのは本当のことなので、図書室へ向かう。
ディエゴ、図書室にいないかな。宿題、写させてくれるとうれしいんだけど。
いや、今日一日、ディエゴはずっとこっちの様子を不審そうに見ていたから、「写させて」って言うのはマズイかも知れない。
頭の良さそうな女子生徒の方に言ってみる方がいいかなぁ。レナートが可愛くねだれば、すぐ写させてくれそう。
そんなことを考えつつ、階段を上って左に曲がれば図書室というところで。
ミアと鉢合わせした。
条件反射で体が硬直する。
ミア。ミア・カルーソ。私より二ヶ月年下の、腹違いの妹。
亜麻色の綺麗な髪がその可愛らしい顔の周りを縁取っている。大きな榛色の瞳がわたしを見て、さらに大きくなった。
「ダンジェロ様。こんにちは!」
ふわっと笑って、可愛く首を傾げる。わたしには向けられたことのない満面の笑顔。でも、それがかえって怖い。
つい、視線を逸らして黙って横を抜けてしまった。
まあ、普段のレナートは愛想悪いから、ミアもおかしいとは思わないだろう。
―――図書室では、残念ながら宿題を手伝ってくれそうな級友は見当たらず、仕方がないので頭を捻りつつ宿題を仕上げた。
成績が落ちたらゴメン、レナート。




