審判者の裁定(1)
「今日は突然呼び出してすまなかったな」
皇太子の執務室の隣りにある応接室。普段客人が訪れた際に使われる城のものより少し小さな造りのその部屋は、皇太子個人が専用で使う場所である。
あまり使われることのない部屋だが、その日は珍しく人口密度が高かった。
「とんでもない。皇太子殿下直々にお呼びとあらば、喜んで駆け付けましょうぞ」
「その通りです!こうしてお会いできる機会を頂けて光栄ですもの」
フェリオルドとテーブルを挟んで向かい合っているのは、カレンベルク辺境伯とその娘のネイジアだ。彼らがこの場にいるのは言葉の通り、フェリオルドに呼ばれたからであるが、その用件についてはまだ聞かされていない。室内には彼らの他には、フェリオルドの側近であるフィニアンが彼の背後に静かに佇んでいるのみである。
まるで内密の話でもするかのような状況に、辺境伯はいつものように食えない笑みを浮かべ、ネイジアはそんなことにも気づいていないのか浮かれたように笑顔を振りまいていた。
「こちらに来てそれなりに経つと思うが、帝都の暮らしにはもう慣れたか?」
「ええ、最初こそ多少戸惑うこともありましたが、今は快適に過ごしています」
「私もです!こちらの方々も良くしてくださいますし」
「そうか、それは良かった。辺境と帝都では環境も習慣も違うだろうからな。早くに馴染んでくれて嬉しいよ」
フェリオルドの言葉に、笑みを浮かべたままの辺境伯の目元がピクリと動いた。一瞬のことだがフェリオルドは見逃さなかった。
特に他意などない発言だが、辺境と比べて帝都は優れているという比較だと勝手に受け取ったのだろう。被害妄想にも程がある。そうやって、辺境の地を田舎だと誰より卑下しているのは辺境伯自身だというのに。
そんな内心を感じさせない穏やかな表情で、フェリオルドは言葉を続ける。
「実は二人には聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと、ですか?」
カレンベルク辺境伯はその言葉に僅かに警戒を滲ませたが、ネイジアはそれに気づくことなくむしろ嬉々として身を乗り出した。
「まあ、何でもお聞きになってください!殿下のお力になれるのであれば喜んで協力しますわ」
「そうか。そう言ってもらえるとありがたい。あなたに聞きたいことというのは……」
フェリオルドはそれまで浮かべていた笑みをスッと消した。
「我が婚約者、ルルアンナへの振る舞いについてだ」
「え……」
全くの想定外の質問だったのか、ネイジアは驚いたように声を詰まらせ、そのまま固まった。いったい何を聞かれると思っていたのかとフェリオルドは内心で呆れる。
「人目のないタイミングで、あなたが度々ルルアンナに対して不敬な態度や発言を繰り返していたと報告を受けている。どういうことか説明してほしいと思ってな」
「殿下、それは……」
「今質問しているのはネイジア嬢に対してだ。辺境伯は黙っていてくれ」
「……っ、失礼致しました」
何も言えずにいる娘に代わりカレンベルク辺境伯が口を開いたが、フェリオルドはそれをぴしゃりと跳ね除ける。
視線を向けられたネイジアは何とか言い訳をしなければと焦燥感に駆られていた。
「そ、そんなことをした覚えは……。そうです、何か誤解があったのでは!?もしくは、私が何かルルアンナ様のお気に障ることをしてしまって、そのせいで私を――」
「ルルアンナが個人的な私情で私に虚偽の報告をしたと言いたいのか?」
先程よりも冷え切った声でフェリオルドに言葉を遮られ、ネイジアは真っ青になった。彼の瞳が刺すようにネイジアを見る。
「あ……い、いえっ!あの、そういうつもりではなく……っ」
もはや何が言いたいのか分からないほどしどろもどろになっているネイジアに、フェリオルドは重たい溜息を吐いた。
「ルルアンナのメイドや護衛騎士だけではなく、城で働く使用人達や登城していた何人かの貴族達からも確認が取れている。誰も見ていないと思ってもどこかには必ず人目があるものだ。城という場所では特にな。それとも、私が何の確認もせず婚約者の言葉を鵜呑みにしているとでも思ったか?」
「そのような……ことは……」
焦りと混乱でとうとう何も言えなくなった娘を見兼ねてか、カレンベルク辺境伯が再び口を挟んだ。
「殿下、どうか発言をお許しください。……殿下のそのお話が本当であれば確かに問題ですが、ネイジアの言い分を聞かずにそのように責めるのはいかがかと。こう言っては失礼かもしれませんが、ルルアンナ様は侯爵令嬢であり未来の皇太子妃でもあります。城の使用人や他貴族達がおもねって、ルルアンナ様の望むように発言した可能性もないとは言い切れません」
真面目な顔でさもフェリオルドを諫めるかのように言うカレンベルク辺境伯に、フェリオルドの眉がピクリと動いた。あれだけのことをしておいてシレッとこの発言とは、とんだ面の皮の厚さである。
本当に忌々しい奴らだと舌打ちしたいのを抑えて、フェリオルドは静かに辺境伯を見据える。
「なるほど、私が片方の言い分だけを聞き入れ、下の者達の忖度を真に受けていると。辺境伯はそう言いたいのだな」
「いえ、そこまでは申しませんが、どうか公平な判断をと思いまして」
「そうか、良く分かった。まあ、そちらの言い分も分からないでもない」
するとフェリオルドはそれまで無言で控えていたフィニアンに手を上げて合図をした。それを受け、フィニアンは部屋の奥にひっそり置いてあった布のかかった大きな二つの箱を静かに運んでくる。
「殿下、それは……?」
辺境伯の質問には答えず、フェリオルドはそのうちの一つからそっとかかっていた布を取り去った。
「ピルルル……」
箱に見えたそれは大きな鳥籠であり、その中には瑠璃色の美しい小鳥が一羽、止まり木にちょこんと乗っていた。明るくなった視界に小さく囀り始める。
「鳥、ですか?」
困惑したように呟く辺境伯に、フェリオルドはフッと口元に笑みを浮かべた。
「ただの鳥ではない。彼らは優秀な証人だ」
フェリオルドの発言にカレンベルク辺境伯はますます混乱した。いったい何を言い出すのかと。どことなく鳴き声は聞き覚えがあるような気もするが、美しくとも鳥はただの鳥だろう。
「殿下、こんな時にお戯れは……」
苦言を呈そうとする辺境伯の言葉を遮るようにフェリオルドがリリリン…と小さなベルを鳴らす。すると、瑠璃色の小鳥は少し首を傾げてから再び声を上げた。
『何なのよ、あの女。どうしてあんなに平然としているの?』
「なっ!?」
突然ネイジアそっくりの声で紡がれる言葉に、辺境伯親子は揃って目を見開いた。
『お父様はどうせ政略結婚だから少しつつけば思い通りになるって言ってたのに、全然ならないじゃない』
さらに続いていく言葉に、ネイジアだけでなく辺境伯の顔にも焦りと混乱が浮かぶ。
そんな二人を眺めつつ、フェリオルドはさりげない仕草で胸ポケットから小さな物体を取り出す。
「驚いたか?この鳥はコルリチョウと言って帝都全域に生息している鳥だ。可愛らしい見た目だが実に有能でね。別名カエシドリという。この鳥の鳴き真似をすると返事をしてくれることから付いた名前だが、本当はそうじゃない」
話しながらコトリと机に置いたのは、ルルアンナから受け取った録音魔道具だった。
「彼らは人の言葉を記憶して、そのまま話すことができる。声まできちんと真似てな。つまり、先程のコルリチョウが話した言葉は、ネイジア嬢が話した言葉ということだ」
「そ、そんな生き物がいるなど聞いたことがありません!それに、その発言がネイジアのものだという証拠には弱いのでは?あの女というのも、ルルアンナ様を指しているとは限りませんし」
なんとか誤魔化そうとする辺境伯に、フェリオルドは目の前の魔道具を起動させた。
『実は私、少し前から度々フェリオルド殿下の執務室にお邪魔させて頂いているんです』
「っ!」
今度ははっきりとネイジアの声で再生される言葉に、彼女の肩が大きく震えた。
「これはルルアンナが持ち歩いていた録音用の魔道具で、証拠として彼女から受け取ったものだ」
フェリオルドが淡々と説明する間にも、音声は流れ続ける。
『あなたが忙しさにかまけてフェリオルド殿下を放っておくから、寂しくしているだろうと思って私が代わりにお慰めしようと思っただけです!それの何がいけないんですか?そうやって――』
「も、もう止めてください!」
再生される音声をかき消すようにしてネイジアが叫んだ。そのまま頭を抱えるようにして深く俯いてしまう。
その隣でカレンベルク辺境伯は呆然とした表情で固まっていた。
「本当にネイジアがこんなことを……?」
「本人の反応を見れば分かるだろう」
隣りで震えている娘の様子に、カレンベルク辺境伯は苦虫を嚙み潰したような表情になる。
「私と過ごしていたという虚偽発言、ルルアンナへの暴言や不敬な発言、はっきりとした証拠がある以上は看過できることではない」
さすがにこれ以上の誤魔化しは無理だと悟ったのか、辺境伯は険しい顔で娘を見下ろした。
「何ということをしたのだ、ネイジア。まさかお前がこれほどまでに愚かな行動を取るとは……」
「お、お父様?」
驚いたように見上げてくるネイジアを無視して、辺境伯はフェリオルドへと向き直り頭を下げた。
「殿下、我が娘が本当に申し訳ないことをしました。謝罪で許されることではありませんが、伏してお詫び申し上げます。いかなる罰もお受けする所存です」
まるで忠臣のごとく深々と身を折るカレンベルク辺境伯を、フェリオルドは目を細めて見下ろした。
「そうか、殊勝な心掛けだな。しかし、随分と他人事のようではないか」
「はい?」
驚いたように聞き返すのを鼻で笑って、フェリオルドは足を組んで背もたれに寄り掛かった。突然の態度の変化に戸惑う辺境伯に、笑みを浮かべて告げてやる。
「ネイジア嬢があなたの言葉を受けて動いていたことなど分かっている。全てを企てた首謀者はあなただということもな。とぼけるふりはもうやめたらどうだ」
「突然何を仰るのです、殿下。私は今回のことは何も知らなかったのですよ。娘のことも初耳で……」
苦笑いで返す辺境伯に溜息を吐いて、フェリオルドはそのままになっていたもう一つの箱の布を取り去った。先程と同じように大きな鳥籠が現れ、中には同じようにコルリチョウが一羽、大人しく佇んでいた。
リリリン…と再びフェリオルドがベルを鳴らす。
『先ほど、皇太子の婚約者に会ったぞ』
今度は己の声ではっきりと紡がれる言葉に、カレンベルク辺境伯は今度こそ驚愕に目を大きく見開いた。
体調が安定せず執筆が滞っておりました。
もしも待ってくださっていた読者様がいらっしゃいましたらお待たせしてすみませんでした。




