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獣は爪を研ぎ終える


夜も更け、一部を除いて城内が静まり返る頃。皇太子の執務室にはぼんやりと明かりが灯っていた。

人払いされた部屋には二人分の影が揺らめいている。


「夕方ごろに突然ルルアンナから届いたものですが、なるべく早くお知らせするべきかと思いましたのでこんな時間ですが持ってきました」


食い入るように数枚の便箋を見つめる部屋の主に、聞こえているかは不明だがフィニアンは深夜に訪れた弁明を一応しておいた。

仕事にそろそろ区切りを付けようかというところで、ルルアンナの専属メイドであるミレットが手紙を届けにやってきたのだ。愛する妹からの手紙に笑顔で封を開けたフィニアンは、書かれていた内容に瞬時に真顔になった。そしてフェリオルドに夜に時間を空けておいてくれと要請しておいたのである。


「なんというか、さすが親子といったところですかね。揃って似たようなことをやらかすとは。まあ、辺境伯のほうがたちが悪いですが」


フィニアンの言葉が聞こえていないかのように黙々と手紙に目を通していたフェリオルドは、最後の一枚を読み終えると深い溜息を吐いた。


「やっと動きを見せたかと思えば……。なぜどいつもこいつもルルアンナを狙うんだ」


「つけ込みやすいと思ったのでしょう。あなたの数少ない弱点であると。ルルアンナをきちんと知っている人間ならばそんな考えは持たないでしょうが」


「ああ、あいつらは知ったような顔をしてこちらのことを何も知らないからな。しかしカレンベルク辺境伯がこんな行動に出るとは……」


パサリと手紙を机の上に置くと、フェリオルドは頭が痛そうに額に手を当てた。


「私はルルアンナに会いたくても会えないでいるのに、なぜ彼女にとって害にしかならないような者達が好き放題会っているんだ。理不尽だ」


「そうですね。ふさわしくない羽虫ばかりがあの子の周囲を飛び回って、非常に不愉快です」


唸るように呟くフェリオルドに、フィニアンも同意するように頷く。落ち着いているように見えて、内心ではだいぶ溜めこんでいたらしい。愛する妹を煩わせる輩がいるのだから、彼にとっては当然と言えば当然だが。


「だが、これでようやく動くことができそうだ。今までは分かっていても決定打に欠けていて手をこまねいていたからな。ちょうど辺境へとやっていた使いの者も戻ってきたところだ。材料としては十分だろう」


「いつの間にそんなもの派遣していたんですか?」


「辺境伯達が来てすぐだ」


「そんなに早くに……さすが、抜かりがないですね。それと、例のお茶会の毒見係ですが、その後についてはきっちりと調査済みです。一度綻びを見つけてしまえば、他にも不自然なものが次々と出てきましたよ」


「そうか、ならばあとはこちらの腕の見せ所ということだな。ルルアンナ達の苦労を無駄にはできない」


歪めていた口元を軽く吊り上げ、怒り交じりの笑みを浮かべるフェリオルドに、フィニアンも同じような笑みを浮かべる。散々引っ掻き回されて、二人も相当頭に来ていた。無駄な仕事は増えるわ、愛する者には会えないわ、さらには知らないところで傷付けようとするわ、それなのにさっさと排除できないストレスが溜まりに溜まっていたのだ。それがようやく解決できるとなれば、ようやく気分も上がるというものである。


「ルルアンナには礼を言わないとな。それと長く悲しませ傷つけてしまった謝罪も。彼女にはたくさん迷惑をかけた」


「そうですね。それに関してはきっちりと償ってください。ですが、それを考えるのはこの件を終わらせてからです」


「無論だ。それと彼女に借りたいものがあるから、それについても話を通しておいてほしい。瑠璃色が欲しいと言えば伝わるはずだ」


フェリオルドの言葉にフィニアンは少し首を傾げながらも、彼が言うなら必要な事だろうと頷いた。


「はい、伝えておきますね。それで、召集はいつ頃に?」


「準備は確実性を高めるためにもしっかりとしておきたい。だが遅すぎて勘づかれても面倒だ。三日後にしよう。……できるか?」


「誰に言っているんですか。目障りなものをさっさと排除したいのは私も一緒です。ガチガチに包囲してあげますよ」


「フッ……君を敵に回すと恐ろしいな」


「一番恐ろしい人が何を言ってるんだか。ところで、ルルアンナは同席させるんですか?」


「それについては彼女の意思に任せよう。できればあんな者達にはもう会わせたくないが、当事者でもある彼女には知る権利がある。ルルアンナの希望を尊重したい」


「分かりました。それも含めて伝えておきますね。では、今日はこれで失礼します」


「ああ、遅くまでご苦労だった」


話し合いにキリが付いたところで、フィニアンは一分一秒も惜しいというように礼をすると素早く出ていった。とっとと家族の待つ邸に帰りたいのだろう。

それを見送り、閉じた扉をしばらく眺めていたフェリオルドは小さく溜息を吐いて目を閉じた。


「……いるか?」


「はい、ここに」


フェリオルドが小さく呼びかけると、姿なき声が即座に答えた。


「辺境の地はどうだった。首尾よくいけたか?」


「はい、殿下の望むものは全て」


「さすがだな。三日後の招集時に必要になった場合にはすぐに出せるよう準備しておいてくれ」


「了解しました」


短いやり取りを終え、フェリオルドはそのまま肩の力を抜くようにして椅子の背に体を預けた。


「はぁ……ようやくだ。ようやくこのもどかしい状況から抜け出せる」


長かった。何よりも愛しい存在と会えなくなってどれほど経ったか。

悲しむその身を抱き締めることも、常に溢れるこの想いを囁くこともできなかった。やっとこの耐えがたい現状を変えられるのだ。


「ルルアンナ……」


零れ落ちた名前は悲哀を滲ませ、静かな部屋に溶けるように消えていった。



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