怒りと謀計
「……何だと?」
人払いがされ静まり返った部屋に、怒りを押し殺したような低い声が落ちる。
ルルアンナから話を聞いたフィニアンは、さっそく報告をするため翌日にフェリオルドの執務室を訪れた。内密に大事な話があると言われ、フェリオルドはすぐにフィニアン以外の人間を部屋から退出させた。そうして報告を聞いた彼の第一声がこれである。
「怒る気持ちは大いに分かりますが、まずはすべて聞いてください」
そう言ってルルアンナから預かったアイテムを取り出し、その場で再生する。眉間にしわを寄せて聞いていたフェリオルドは、聞き終わるころには片手で顔を覆ったまま俯き、その表情は伺えなくなっていた。
「と、まあ……なかなか有益な情報を我が妹が入手してきましたので、お知らせをと思いまして」
「…………」
「はっきりと明言はしていませんが、我々しか知り得ない殿下の状況を知っているかのような匂わせ発言ですね。したくてもできないだろうだとか、平気なはずがないだとか」
「…………」
「そんなにショックが大きかったですか?それとも怒りで言葉が出ませんか」
「……両方だ」
絞り出すような声で呟いたフェリオルドに、それも仕方ないかとフィニアンは小さくため息を吐いた。まさか自分の知らないところで愛する婚約者との仲を壊されそうになっていたとは思いもしなかっただろう。ここしばらく本人とも会えていないから不安は尚更のはずだ。
しばらく沈黙が続いた後、溜まった何かを吐き出すかのようにフェリオルドは大きく息を吐いた。
「何やら動き回ってはいると思っていたが、よもやルルアンナに対してこんな行動に出ていたとは。辺境伯の方をメインに探っていたから、ルルアンナに付けていた影もそっちに回してしまっていた。ベルガードが付いているからと気を抜いてしまったのもあるが、どうせ世間知らずの令嬢一人たいしたことはできまいと高を括っていたのが仇になったか……」
苛立たし気にフェリオルドは前髪をくしゃりとかき乱す。
「最初の一週間ほどはしつこいくらいにここを訪ねてきましたが、すげなく追い返されると分かってからはお付きのメイドを寄こすだけでしたからね。それも二日に一回くらいでしたし」
「ああ、諦めたのだとばかり思っていたが、まさか相手を変えていたとはな。彼女の独断か、あるいは誰かの入れ知恵か……」
「彼女自身を見た限りでは、そんなに賢いようには見えませんでしたがね。黙って立っていれば見た目だけは目を引くようですが」
一部の令嬢達が騒いでいたのを思い出して、フィニアンは微妙な顔をした。憧れの女性騎士とやらはただのハリボテだったようだ。
「だからといってこの態度はないだろう。賢い賢くないの次元ではない。王族に関連した虚偽の発言を繰り返していることも、皇太子の婚約者であるルルアンナに平然と無礼な振る舞いをしていることも、貴族としてあり得ない行為だ。いや、貴族以前に人としての常識がない。誰に教えられなくともいけないことだと普通は分かるだろう。社交界の何たるかもほとんど知らずに出てきたのに、何故こんな強気な態度がとれるのか理解に苦しむな」
「帝都に来て間もない頃に、彼女の纏う独特の雰囲気が物語の女性騎士のようだと一部の令嬢達がはしゃいでいましたかね。その取り巻きにチヤホヤされて勘違いでもしたんじゃないですか?」
「……そういえば、ミュリエルも言っていたな。あの令嬢が自分のために母上がお茶会を開いてくれたととんでもない思い込みをしていたと」
「いや、初対面の辺境伯令嬢のために皇后がお茶会を開くとかあり得ないでしょう。どうしたらそんな勘違いができるんでしょうかねぇ」
呆れたようにフィニアンが零すと、全くだとフェリオルドも溜息を吐いた。
「とにかく、このまま放っておくわけにはいかない」
「まあ、そうですね。ちなみにルルアンナはあの令嬢の発言を何一つ信じていませんでしたからご心配なさらず」
「そうか。聡明な彼女があのような発言を鵜呑みにするはずないからな。しかし、相当に不愉快な思いはしたはずだ。ただでさえ私のこの現状で心穏やかでないはずなのに……」
悲しそうな、悔しそうな、複雑な表情でそう呟くフェリオルドに、妹への愛は変わっていないようで何よりだとフィニアンは苦笑した。
「そうですね。ルルアンナのためにも早急に解決しましょう」
「勿論だ。この録音はいくつか複製を作っておいてくれ。それともう少し確実な証拠が必要だ。これだけでも皇族への不敬罪には問えるが、それでは根本的な解決にならないし、切り捨てられて証拠隠滅されても困る。あの令嬢一人でここまで大胆に動けるとは思えないから、やはり辺境伯が関わっているはずだ」
「すぐに手配します。カレンベルク辺境伯に関しても、最近少し動きが出てきたようなので、徹底的に監視しておきます。何か尻尾を出せば即座に捕まえられるように。それと令嬢の方も一応常に監視を付けておきましょう」
「ああ、頼んだ。隣国との件で相談があると遥々来たわりに、のらりくらりと煙に巻いて話し合いがいまいち進まないからな。他に目的があって来たと見た方がいいだろう」
「はあ…、辺境伯ともあろう方がこのようなことをなさるとは。今後を考えると頭が痛いですね」
「目が届きにくいからと、少々放置し過ぎたのかもしれないな。領土が広ければ広いほど、正しく治めることは難しくなる。もっと僻地や国境にも目を向けねばならない。今後の課題だな」
「そうですね。今はできることを確実にやりましょう」
また忙しくなりそうだと、二人は揃って何度目かも分からない溜息を吐いた。
◇◇◇
与えられている城の一室で、ネイジアは不機嫌そうに歩き回っていた。
「何なのよ、あの女。どうしてあんなに平然としているの?」
もっと落ち込んでいるかと思っていた。こちらのことを悔しそうに見てくるものだと思っていた。それが実際はどうだろうか。
城内でルルアンナと会った時の会話を思い出し、あの時に感じた怒りがまた沸々と湧いてくる。
「私が邪魔をしている?しかも不敬な問題発言ですって?婚約者を奪われるかもしれないっていうのに随分と余裕じゃない!他の女と仲良くしてても気にもしない関係のくせに!」
ソファにあったクッションを思いっきり床に投げつけ、ネイジアはジロリと壁際に控えている人間を睨みつけた。
「あんた、ちゃんと私が言った通りに仕事したんでしょうね?」
視線を向けられた少女はびくりと怯えながらも頷いた。彼女は辺境から連れてきたネイジア付きのメイドである。
「も、もちろんでございます。きちんと言われた通りにいたしました」
「だったら何で焦ってないのよ。いつもと変わらないあの余裕の表情はどういうことなの?」
「も、申し訳ありません。私にも何が何だか……」
「ふん、相変わらずとろくて使えないのね。辺境伯家にふさわしくない役立たずのあんたに仕事を与えてやったっていうのに」
「申し訳ございません……」
「いいこと?次こそはもっとあの女が焦るように信ぴょう性を持たせなさい。何か私が親しくしている明確な証拠でもあるといいんだけど、さすがに殿下の私物とかは手に入れられないし」
もどかし気に顔を顰めるも、さすがにそこまでは無理そうだとネイジアにも分かっている。これほど自分を悩ませるなんて、本当に目障りで忌々しい女だ。
「とにかく、ちゃんと言った通りにやりなさい。いつまでも結果が出ないようならあんたもただじゃおかないわ。分かったら出ていって」
「は、はい。では失礼いたします」
怯えと焦りでどもりながら退室するメイドを睨みつけ、一人になった部屋でネイジアはチッと舌打ちをした。
「お父様はどうせ政略結婚だから少しつつけば思い通りになるって言ってたのに、全然ならないじゃない。計画もよく分からないけど遅れ気味みたいだし、何もかも上手くいかなくて苛々するわ」
部屋の壁に立てかけてあった訓練用の模擬剣を手に取り、ブンと横凪ぎに一振りする。
「守られるだけで何もできないか弱いお飾り女のくせに、態度だけは偉そうに。いつまでも視界から消えてくれないなら、私がこの手で消してやるわ。……そうよ、その方がずっと早いわ。完璧な殿下の隣りに役立たずの女なんていらないんだから」
ギラリと瞳を光らせ、ネイジアは何かをイメージするかのように何度も剣を振り下ろし続ける。
その様子を、一羽の小さな鳥が窓枠に止まってジッと見ていた。




