陽だまりの時間(1)
「ルルお姉様!先日のお茶会では私達が不在だったばかりに嫌な思いをさせてしまってごめんなさい!」
「まさか二人揃って席を外していたなんて思わなかったの。確認不足だったわね」
春の気配が感じられるようになってきた温かく穏やかな昼下がり。先日開かれたお茶会とは違う庭園にセッティングされたテーブルに座って、ルルアンナは上質な紅茶とスイーツを楽しんでいた。目の前には前回会うことの叶わなかった皇后と皇女が並んで座っている。
「そんな…ミュリエル様、謝らないでください。ナルシッサ様も。お二人は何も悪くありません」
どうやら例の騒動を聞きつけたらしく、二人とも申し訳なさそうな顔をしている。ルルアンナに何があったかも聞いたのだろう。日頃から家族として大切にしてくれる彼女達のことだから、我が事のように胸を痛めてくれたに違いない。
「いいえ、主催側がどちらも不在なんて、本来ならばあってはならないことだもの」
「そうね。自分で開いた催しに最後まできちんと責任を持つことができなかったのはこちらの落ち度だわ」
「でも、後回しにできないご用事があったのでしょう?お忙しい立場なのですから仕方がないことです」
皇族である彼女達もフェリオルドも、常に国のため国民のためにと動いている。ただでさえ大きな国家をまとめているのだから、やることなど山のようにあるのだ。
「お姉様は相変わらず優しいのね。もちろんそんなところも大好きだけど、たまに心配になっちゃうわ」
「そうねぇ。そんな優しすぎるルルちゃんが皆好きだから、私たちが守ってあげなくてはね」
「その点では今回お兄様はいい仕事をしたと思うわ。ピンチの時に駆け付けるなんて物語の王子様みたいじゃない!」
くふふ、と楽しそうにミュリエルが口元に拳を当てて笑う。
「……そう思うならこの時間を邪魔しないでほしかったんだが。それに僕はみたいじゃなくて皇子だ」
そこに少し不機嫌そうな低い声が、和やかな空気に割り込むようにして聞こえてくる。
「邪魔だなんて酷い!いっつもお兄様が独り占めしているんだからたまにはいいじゃない。私だってお姉様ともっと一緒に過ごしたいのに」
「僕が一番ルルのそばにいるのは当然じゃないか。婚約者なんだから」
「そうやって婚約者っていう地位に胡坐をかいていると、いつかお姉様に愛想尽かされちゃうかもしれないわよ」
「それは絶対にありえないから無用な心配だ」
拗ねるミュリエルを淡々と受け流すフェリオルド。人前では見せない完全プライベートな二人の姿に、ルルアンナはおかしそうに笑った。
実はこの場には女性三人だけでなく、フェリオルドもずっとルルアンナの隣にいたのだ。
「そもそも、僕たちがお茶をしていたところに乱入してきたのはそっちだろう。せっかくルルと二人でゆっくりできる日なのに」
不満そうに言葉を続けるフェリオルド。少し不貞腐れたようなその姿は、いつも人々の前で穏やかに微笑んでいる姿からは想像もつかない。
今日はフェリオルドが共にお茶をしようとルルアンナを皇城へと招待していた。前回の騒動の後に家にやってきた早馬は彼からの使いで、今日の約束を取り付けるものだったのだ。もちろんルルアンナは喜んで招待を受け、小規模ながらも美しくセッティングされた庭園の一角で二人お茶をしていたところ、ナルシッサ達がやってきたというわけである。
「フェリオルドったら、ルルちゃんが大好きなのは分かるけどあまり独占欲が強いのは良くないわよ。窮屈な思いをさせたりしてないでしょうね?」
「ふふ…大丈夫ですよ、ナルシッサ様。フェリオ様と一緒にいられるならそれだけで私はとっても幸せなので」
「ルル……」
本当に嬉しそうに笑うルルアンナをフェリオルドが愛おしそうに見つめる。
「本当に、ルルちゃんはなんて健気なのかしらねぇ。こんなにフェリオルドを想ってくれて…。余計な心配をしてしまったみたいね」
「お兄様達は年中無休でラブラブだものね。いつもこっちが当てられちゃうわ」
すぐに自分達の世界に入ってしまいそうになる二人をナルシッサは微笑まし気に、ミュリエルは半分呆れ気味に見守る。その視線はどちらも温かさが滲み出ている。
「それにしても、まさかハンネス伯爵家の一人娘がそんな騒動を起こすなんて…」
「伯爵と夫人は特に目立たない良くも悪くも普通の人達なのにね」
悩まし気に溜息を吐くナルシッサに、ミュリエルも微妙な表情で相槌を打つ。
「フェリオルド、その相手にはきちんと対処したのでしょう?」
「はい。ただ、領地から初めて出てきたということで相当な世間知らずのようでしたし、厳しく注意はしましたがそれ以上の処罰はしませんでした。もちろん再び同じ過ちを犯すようなら容赦はしませんが」
「え~、お兄様ったら甘過ぎよ。口で注意するだけなんて、きっと事の重要性を分かっていないわ」
フェリオルドの言葉にミュリエルが不満そうに口を尖らせる。彼女は兄と敬愛する義姉の仲を邪魔する人間が何よりも嫌いだ。ルルアンナに絡んだエリザも彼女の中ではばっちりブラックリストに入っている。
「いいのです、ミュリエル様。感情的にならず公平で思慮深いフェリオ様を私も尊敬していますから。皆様もきっと同じです」
「確かに私情を挟まないところも慈悲深いところもお兄様の長所だけど…。でもなんだかモヤモヤするわ…!」
ムッと頬を膨らませるミュリエルの頭をルルアンナは優しく撫でる。
「私の心情を慮ってくださったんでしょう?ありがとうございます」
巷で聖女と呼ばれるのも頷けるようなルルアンナの慈愛に満ちた微笑みに、ミュリエルは無言でギュッと抱き着いた。
「…それで、そろそろいいか?いい加減僕もルルアンナと二人の時間を過ごしたいんだが」
何とも言えない表情で二人の様子をジッと見ていたフェリオルドが、しびれを切らしたように声をかける。
「ふふ、フェリオルドったら羨ましそうな顔しちゃって。でも、そうね。ちょっとお邪魔しすぎてしまったわ。お詫びというわけでもないけれど、イレーネ湖の方でゆっくりしてきたらどうかしら?人払いはしておくわ」
イレーネ湖とは皇城の裏にある森に囲まれた小さな湖だ。城と隣接しており、皇族の所有する土地となっているため一般の人間は許可がなければ立ち入ることはできない。フェリオルドは皇族なので自由に立ち入ることができるが、森や湖周辺の景観を整え管理しているのはナルシッサのため、イレーネ湖を利用する際には彼女に声をかけるのが暗黙の了解となっている。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「ええ、楽しんでいらっしゃい」
「行こうか、ルル」
ルルアンナはミュリエルの背中をポンポンと軽く叩いてから体を離し、ナルシッサに向かってお辞儀をした。
「ナルシッサ様、お心遣い感謝いたします」
「いいのよ、あなたは可愛い私の娘だもの。またお茶しましょうね」
「私とも遊んでね、お姉様」
ひらひらと手を振る二人にルルアンナも小さく手を振り返し、差し出されたフェリオルドの手を取る。ニコリとほほ笑んだ彼に優しくエスコートされながら、ルルアンナは庭園を後にした。