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空知らぬ雨


ある日の朝、珍しくルルアンナはそわそわと浮足立っていた。何度も大きな姿見の前に立っては己の格好をクルクルと確認する。


「ねえ、ミレット。本当にこのドレスが一番良いと思う?もっと別の色が良かったかしら」


もう本日三度目となる質問に、ミレットがやれやれと言いつつも微笑ましそうに答える。


「ルルアンナ様はいつでも誰よりもお美しいですから何も心配いりませんよ」


「そうかしら。うちはみんな身内贔屓だから信じていいか迷うのよね……」


そう言いながらもう一度自分の姿を確かめ、ようやくルルアンナはよしと頷いた。

いつもの様子とはだいぶ異なる彼女の行動には理由があった。これから二週間ぶりとなるフェリオルドとのお茶会なのだ。

今までは週に少なくとも三回は会っていたため、これほど長く姿を見ないというのはあり得なかった。それがようやく会えるというのだから、いつも落ち着いているルルアンナが少々浮かれてしまうのも仕方がないことであった。


「さあ、そろそろ向かう時間ですよ。遅刻しては大変です」


「そうね。フェリオルド様に会える時間を一秒だって無駄にできないもの」


時間を気にするミレットに促され、軽い足取りでルルアンナは自室を後にした。




◇◇◇




「やあ、ルル。久しぶりだね。やっと君に会えて嬉しいよ」


「お久しぶりです、フェリオ様。私もこの日を心待ちにしておりました」


城にある庭園のうちの一つ、その一角に整えられた茶会用のテーブルでフェリオルドは笑顔でルルアンナを迎えた。以前ならば駆け寄って抱きしめてくれただろう彼は、椅子から立ち上がった姿勢のままだ。そのことに微かな寂しさを覚えながらも、ルルアンナは微笑んだままフェリオルドの向かいの席へと腰を下ろした。

改めて向かい合った二週間ぶりの愛おしい人は、表情こそ笑顔ではあるが隠し切れない疲労が滲み出ていた。心なしか顔色もあまり良くないように見える。


「フェリオ様、とてもお疲れなのでは?もしかして無理をしてお茶会の時間を?」


ルルアンナの遠慮がちな問いに、フェリオルドは困ったように眉を下げた。


「やはり君相手に誤魔化そうというのは無理な話だね。心配をかけてすまない。確かに最近少し疲労が溜まっているが、見かけほど酷くはない。ルルとのお茶会をキャンセルする程じゃないよ」


「ですが……」


「それにこれ以上君の顔を見れないなんて無理だ。二週間も君を放っておいて、いつ愛想を尽かされるかと戦々恐々としていたんだ。ようやく会えて僕も嬉しいんだよ」


ジッと見つめてくるその瞳に、ルルアンナも少しだけ眉を下げて笑い返した。ルルアンナだって彼と過ごしたくない訳ではない。むしろずっと会いたくてたまらなかったのだ。


「分かりました。私もフェリオ様と過ごしたいのは同じです。その代わり、少しでも体調に異変があったら仰って下さいね」


「そうするよ。さあ、ここしばらく君がどう過ごしていたのか聞かせてくれるかい?」


そこからは本当に他愛のない、日常の雑談のような話が続いた。しかし頭を使うような難しい会話ではないからこそ、気を楽にして過ごすことができる。互いの好きな茶菓子を摘まみ、香りの良い紅茶を楽しみ、久々の時間を二人はゆったりと満喫した。


「ふふ、お兄様も相変わらずですね」


「有能でとても助かっているが、相変わらず僕には手厳しいよ」


「フェリオ様の手腕を理解しているからこそ、期待しているのでしょう。ですが最近あまり帰ってきていないようですから、程々にと言っておきませんと。真面目なのはお兄様の良いところですが、根を詰め過ぎてはいけませんものね」


「ぜひ言っておいてくれ」


穏やかに続く会話の中、フェリオルドの側近の一人がスッと近づいてくる。


「殿下、そろそろお時間です」


その言葉に苦々しい顔をして、フェリオルドは申し訳なさそうにルルアンナを見た。


「すまない、ルル。本当に名残惜しいが、そろそろ仕事に戻らなくてはならない」


「まあ、楽しい時間はあっという間ですね」


「久しぶりの時間だったからもっとゆっくりできれば良かったのだが……」


お茶会が始まってから三十分と少し。やはり以前よりも短い時間だった。

しょんぼりとするルルアンナにフェリオルドは本当に申し訳なさそうに謝罪するが、彼のせいではない。我儘を言って大変そうな彼を困らせるのもルルアンナの本意ではない。

ルルアンナはニコリと笑ってフェリオルドを見上げた。


「いえ、いいのです。ただでさえお忙しい中、私との時間を作って下さっただけでもとても嬉しかったですから」


その言葉にフェリオルドは一瞬切なそうな目をしたが、すぐに優しく微笑んだ。


「ありがとう。せめて出口までは送ろう」


そう言ってフェリオルドが立ち上がった時だった。

突然、彼の体が眩暈を起こしたかのようにぐらりと傾く。ふらついて倒れそうなその体を、咄嗟に支えようとルルアンナが手を伸ばした。その手がフェリオルドの腕に触れるその瞬間。スッと僅かな動作で、しかし明確な意図を持って、その腕はルルアンナの手を避けた。

ルルアンナの瞳が静かに見開かれる。

ルルアンナの手を避けた体をテーブルに手をつくことで支えたフェリオルドは、すぐにハッとしたように視線を彼女に向ける。そしてその表情を見て、珍しく動揺を露わにした。


「あ……、ルル、違うんだ。今のは、君を避けた訳じゃ……っ」


「殿下!」


言葉の途中でまたもふらついたフェリオルドを、彼の側近が慌てて支える。大きく息を吐く彼の顔色は、紙のように白かった。


「申し訳ございません、ルルアンナ様。殿下はここ最近の激務が祟って、体調を崩しがちなのです。失礼ながら、このまま下がることをお許しください」


「あ……はい。フェリオルド様のお体が第一です。私のことは構わずどうぞお休みになってください」


「ありがとうございます。騎士が馬車の元までお送りいたしますので。では、失礼いたします」


苦しそうに息をするフェリオルドは、何かを言いたそうにしながらも側近に抱えられるようにして庭園を後にする。その場には、呆然と立ち尽くすルルアンナだけが残された。


「…………」


虚しく空を切っただけの己の手を見つめる。

この程度のことで嘆いていてはいけない。彼の様子は尋常ではなかった。きっと、なにか理由があるのだろう。ルルアンナにも話せない、理由が。彼の役に立つことこそがルルアンナの望み。余計な気がかりを増やすことも、手間をかけさせることも、自分の本意ではない。だから、こんなことは自分にとって何でもないのだ。


そう己に言い聞かせるルルアンナの頬を、たった一筋だけ涙が流れて消えていった。




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