憂いの欠片
城でのお茶会を終えて、ルルアンナは侯爵家の馬車で邸へと帰宅した。ミレットと共に馬車を降りると、行きよりも一人増えた護衛の方を振り返る。
「道中の護衛ご苦労様でした。今日からまたお願いね、ベルガード」
「はい、この数日お側を離れ申し訳ございませんでした。誠心誠意お守り致します」
「それはフェリオルド様に呼ばれていたのだから仕方ないわ。ふふ、相変わらず硬いんだから」
微笑むルルアンナの視線の先には、ダークレットの髪を揺らす鋭い金眼の騎士が敬礼の姿勢を取っていた。
ひと際存在感を放っているその人物、ベルガード・マルクリウスは自国を追われ旅をしていた元騎士である。暴漢に襲われたルルアンナを助けた縁で皇族とも繋がりを持ち、彼の望みで現在はこの国の騎士となった。先の件もあり、フェリオルドからルルアンナの護衛騎士に任命されているため、普段はルルアンナの側に付き従い、身辺警護に務めている。しかし、直接の雇用主はフェリオルドのため、たまに今回のように彼に呼ばれてルルアンナから離れる時もあった。
「……フェリオルド様はお元気そうだったかしら?最近は随分と忙しくされているようだから」
彼の側にいただろうベルガードにそれとなく様子を聞いてみる。真面目な騎士は相変わらずの乏しい表情で頷いてみせた。
「確かに皇太子殿下はお忙しそうでした。健康を損なっている様子はありませんでしたが」
「そう、良かった」
「ルルアンナ様、続きは中に入ってからにしませんか?体が冷えてしまいます」
そのまま邸の入り口で会話を始めてしまいそうな二人の様子に、ミレットが待ったをかける。確かにこんな場所で話すようなことではなかったとルルアンナは頷いた。
「私ったら気が急いてしまって。ごめんなさい、ベルガード。早く中に入りましょう」
時折吹く冷たい風から身を隠すように彼らは足早に扉を潜った。
◇◇◇
母への挨拶もそこそこに自室へと戻ったルルアンナは、ミレットが淹れた紅茶を手にソファへと腰を落ち着け、ようやく息を吐いた。
「やっぱり身内以外もいるお茶会は疲れるわ」
「お疲れ様です。今日はお城のお茶会ですから参加者も多かったでしょうね」
「そうね。ナルシッサ様達に会えたのは良かったけど、後は正直疲れるだけだったわ」
ルルアンナは今日あったお茶会での出来事をミレットに話して聞かせた。初めは穏やかに聞いていたミレットだが、ネイジアのくだりになると眉を吊り上げた。
「まあ、ルルアンナ様に対してそのようなことを?随分と不躾な方ですね。以前にお見かけした時はもう少し常識のある方かと思っていたのに、残念です」
「確かにパッと見は女性騎士のような雰囲気だし、彼女に憧れるご令嬢もいるみたいね」
「そのようなハリボテに何の意味もありません」
尖った口調のままミレットはネイジアをバッサリと切り捨てる。どうやら早くも彼女のブラックリスト入りしてしまったようだ。
「まあ、帝都での常識やマナーを良く知らないのは仕方ないにしても、あの思い込みの激しさは少し問題かもしれないわね」
そこまで口にして、ふと思い出したようにそういえばとルルアンナは入り口付近に控えているベルガードを見た。
「ネイジア様がフェリオルド様と訓練を共にしていると仰っていたのだけど、本当かしら?」
「……皇太子殿下とですか?」
突然話を振られたベルガードは表情を動かすことなく一拍の間を開けたのち、短く聞き返した。
「ええ、領地にいた頃からの習慣らしくて、訓練を申し出たところ城の騎士と一緒に行うことを許されたとか。そこにフェリオルド様も参加していてよくお会いすると」
「……それは、妙ですね」
ルルアンナの言葉にベルガードは僅かに首を傾げた。
「確かにネイジア嬢は訓練に参加しているようですが、あくまで同じ訓練場を使用しているというだけです。広い場所ですから城の騎士とカレンベルクの兵士達と分かれて訓練を行っていますので、何か用事でもない限り特に関りはありません」
「あら、そうなの?」
それが本当ならば、彼女はわざわざルルアンナに嘘をついたことになる。なぜ、そんなことをしたのか。
「ルルアンナ様に嘘をつくなど、何と無礼な!仮に本当だったとしても、殿下の婚約者である方にわざわざ言うことではありません。悪意があるとしか思えませんわ」
先程以上に憤るミレットの言葉通り、わざとだとすればそこに他意がないなどということはあり得ないだろう。皇后への思い込みといい、ルルアンナと張り合おうとしているのだろうか。そうなると目当ては当然――。
「……はあ。何だか、また面倒なことになりそうね」
「仰って下されば、ルルアンナ様のお手を煩わせずとも私がどうにでも致しますよ」
憂鬱そうに額に手をやるルルアンナと、どこか黒い笑みを浮かべるミレットの様子に少々戸惑いつつも、ベルガードは伺うように現在の主の顔を見つめる。
「カレンベルク側の様子を監視しておきましょうか?」
事情が分からないなりに主人の願いを叶えようとする優秀な騎士に、ルルアンナは小さく笑った。
「ふふ、監視まではしなくてもいいわ。でも、そうね。それとなく様子は見ておいてくれると助かるわ。何かあれば教えてもらえるかしら?」
「勿論です。気になることがあればご報告いたします」
「ありがとう、お願いね」
優秀で誠実な味方ができたことは本当に幸運だったとベルガードを見ながら、ルルアンナは当時のことをしみじみと振り返る。願わくば、もう少しその真面目過ぎる部分を緩めてくれたらいいのだけれど。
「それより、あなたがお城にいた間のフェリオルド様の様子をもっと教えてくれる?最近は以前よりもお会いできる時間が少なくて、少し寂しく思っていたの」
「はい、私に答えられることでしたらなんなりと」
とりあえず、今はその距離をもっと縮めるところから始めてみようか。
色々と考えることが山積みの現状に少々溜息を吐きつつも、ルルアンナは業務報告のように話し出した自分の騎士を微笑ましく見つめた。




