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波紋(2)


「皇女殿下にご挨拶申し上げます」


令嬢たちの輪から抜け出しこちらにやってきたネイジアは、まず皇族であるミュリエルへと挨拶をした。


「ええ、あなたもお元気そうで何よりです」


ミュリエルは余所行きの笑顔でサラリと流す。ネイジアは続いてルルアンナ達へ視線を向けた。


「ルルアンナ様、晩餐会以来ですね。そちらの方とは初対面になりますね。お会いできて嬉しいです」


どこか親し気に声をかけてくるネイジアに、ルルアンナとロージアはマナー通りの挨拶を返した。


「ネイジア様はカレンベルク領を出るまでお茶会などに縁がなかったと聞きましたわ」


ロージアの言葉にルルアンナもそういえばと聞いていた情報を思い出す。


「こちらに来て少し経ちますが、いくつかお茶会には出席されましたか?」


「はい、領地の件もあるのでそうたくさんは無理ですが、二度ほど参加させて頂きました」


「規模はその時によって様々ですが、各家門の特色が出ていてなかなか面白いでしょう?」


「ええ、新鮮な事ばかりでとても興味深かったです。お茶もお茶菓子も美味しいですし」


その時のことを思い出しているのか、ネイジアは楽しそうな笑みを浮かべる。


「良い時間を過ごせたようで良かったですわ。では、なおさらに本日のお茶会は楽しいものでしょうね。皇室主催のお茶会となればやはり格が違いますもの」


「勿論です。本日のお茶会は会場も出される物も本当に素晴らしくて。皇后陛下がこのように素晴らしい会を私のために開いてくださったのだと思うと、胸がいっぱいになります」


満面の笑みでそう告げたネイジアに、笑顔のまま動きを止めた三人の脳内には大量の疑問符が飛び交った。彼女の言葉を誰も理解できないからだ。

頬をうっすらと染めて何かの余韻に浸っているらしいネイジアに、数秒の間をあけてからミュリエルが何とも言えない表情で口を開いた。


「……楽しそうなところに水を差すようで申し訳ないけど、本日のお茶会は別にあなたのためではないわよ」


「え?」


「これは庭園の花々が見頃になった時期に定期的にお母様が開いている恒例行事のようなものだもの」


ネイジアは不思議そうに首を傾げる。


「ですが晩餐会でお会いした時に、私がお茶会をしたことがないと知った皇后陛下が近々お茶会を開くと仰って私を招待してくださったんです。つまり私のために開いてくださったんでしょう?」


何の疑問もなくそう言ってのけるネイジアに、ルルアンナは色んな意味で驚いた。

おそらくナルシッサは城の庭園で開く恒例のお茶会の時期がそろそろなので、丁度いいとネイジアを呼んだのだろう。しかしネイジアは恒例となっているお茶会の存在を知らないため、わざわざ自分のためにお茶会を企画してくれたと勘違いしてしまったらしい。

特にそれまで親交があったというわけでもなく、その日初めて会った相手がなぜ自分のためにそこまでしてくれると思うのか。しかも相手はこの国の頂点ともいえる存在だ。

今まで凛々しい雰囲気の彼女しか目にしなかったため、中身も騎士然とした人間をイメージしていたが、どうやらそれはルルアンナの思い違いだったようだ。むしろ辺境の領地での暮らししか知らないために、だいぶ偏った思考や価値観を持っているのかもしれない。


「残念だけど違うわ。この時期にお茶会を開くことはすでに決まっていたんだもの。丁度あなたが来た時期がお茶会の日に近かったから、それならばとお母様はあなたを招待したのよ。一度も出たことがないと言っていたしね」


「帝都に住む人々には周知の事実ですから、令嬢方は皆この日のために準備していますものね」


「そうね。だから強いて言うのなら、このお茶会は帝都に住む令嬢方みんなのためのお茶会なの。誰か一人を贔屓したものじゃないわ」


ミュリエルとロージアの淡々とした言葉に、ようやく意味を理解したらしいネイジアは先ほどとは別の意味で顔を赤くした。


「そ、そうだったのですか。私ったらてっきり……」


恥ずかしそうな声はそのまま尻すぼみになり、最後の方は聞こえなかったが、おそらく自分が皇后のお気に入りになったと思っていたのだろう。それを勘違いだと言外に指摘されたのだから、羞恥を覚えるのも当然である。

意外と単純そうでルルアンナは内心少し呆れていたが、このままでは気まずくなってしまうので話題を変えることにした。


「そういえば、ネイジア様はお城に滞在していらっしゃるのですよね」


突然の話題転換にネイジアは目を丸くするが、すぐに意図に気づいたように話を合わせてきた。


「はい、とても良くして頂いています。毎日多くの方々が訪れるので、色々なお話も聞けますし」


「そうですか。領地での生活とは違うことも多いでしょうが、こちらでの生活も楽しんで頂けているなら安心致しました」


ニコリと微笑むルルアンナに、ネイジアも嬉しそうに笑みを浮かべる。


「確かに違うことも多くて初めは戸惑うこともありましたが、今はとても充実しています。そうそう、剣の訓練なども皇太子殿下とご一緒させて頂いているんです」


「まあ、フェリオルド様と?」


ネイジアの思わぬ言葉に、ルルアンナは純粋に驚く。ミュリエルも知らなかったのか目を見開いていた。


「領地では毎日兵士達に交じって稽古をしていたので、こちらでもできないかとお願いしたのです。それで城の騎士達の訓練に参加する許可を頂き、そこで皇太子殿下ともお会いするのです」


「そういえばネイジア様は体も引き締まっていらっしゃいますし、雰囲気も凛々しいですものね」


「ありがとうございます。こちらのご令嬢は鍛錬や訓練などはなさらないんですね。お話を聞いて少し驚きました」


「私達からするとネイジア様の方が驚きなんですよ。体を鍛えるというのは、あまり貴族令嬢には馴染みがないですから」


「確かに皆様とても華奢ですし、か弱い感じがしますね」


ロージアの言葉に頷き、ネイジアはルルアンナに視線を向けた。


「ルルアンナ様はどうですか?何か嗜んだりは?」


「私もそういったことにはあまり馴染みがありませんわ」


するとネイジアは意外そうに目を見開いた。


「まあ、そうなんですか?ですが、ルルアンナ様は皇太子殿下の婚約者なんですよね?皇太子妃となれば色々と危険もあるでしょうし、ご自分の身を守る術がないと困るのでは?立場的にももう少しご自身を鍛えた方がいいのではないでしょうか」


ルルアンナを批判しているともとれる言葉に、ロージアが目つきを険しくする。


「まあ、なんと不躾な!ルルアンナ様にはきちんと護衛騎士が付きますし、ご自身を鍛える必要などありませんわ。そもそもそれは淑女の領分ではありません」


「ですが、ご自分で身を守れるのなら護衛の数も必要ありませんよね。余計な場所に経費や人数を割く必要もなくなって国にとっても良いのでは?」


「ルルアンナ様の警護を余計な事だと仰るのですか?」


二人の間で急激に雰囲気が悪くなっていく。周囲の令嬢達もどうしたのかと気にし始めているので、これ以上目立つのはルルアンナとしても避けたかった。


「お二人とも、どうか落ち着いて下さいませ。ロージア様、私のためにありがとうございます。ネイジア様も良かれと思って仰って下さっているのですよね」


ルルアンナの柔らかな声に、二人も思わず口を閉じる。ルルアンナはロージアにふわりと微笑んでからネイジアに向き直った。


「ネイジア様の言葉は、効率だけを考えるのならば分からないこともありません。ですが、ロージア様の仰るように、人には役割というものがあるのです。使用人には使用人の、騎士には騎士の、料理人には料理人の役割が」


「そ、そんなことは私も分かっています。しかし無駄を省くのは上に立つ者として大事な事ではないですか?」


「そうですね。しかし、無駄とは何をもって無駄だと判断しますか?」


「え?それは……」


ルルアンナの言葉に戸惑ったように口ごもるネイジアに、ニコリと微笑んで見せる。


「ただ闇雲に経費や人数を削減すればいいというものではないと思います。もちろん必要もないのに過剰に浪費するのは良くありません。しかし、富める者は適度にお金を消費し、経済を回す義務があるのです。持っている者が使わなければ、その下の方々にも回ってきませんからね。人件費を過度に削減することは、人々から雇用を奪うことにも繋がります。騎士や料理人、使用人や庭師など、彼らはその道の技を磨いてきた者達です。自分一人で何もかもやるのは無理がありますし、できたとしても専門職には敵わないでしょう。だからこそ役割分担があるのです。そしてそういった人々を雇用することで彼らの生活も成り立っていく。社会を回すとはそういうことです。そしてそれをするのは私達のような上に立っている者達なのです」


「……」


「私には私の役割があります。そしてそれは剣や体術の腕を磨くことではありません。フェリオルド様を支え、この国をより良くしていくこと。国民のためにできることを常に考えて実行していくこと。他国との関係を良好に保つこと。挙げればきりがありませんが、私がやらなければならないことはたくさんあります。ですからそれ以外を他の方々にお願いするのです。……もちろんネイジア様の領地でのあり方を否定するつもりはございません。その土地にはその土地のやり方がありますから」


あくまでただ自分の意見を述べているというように、説教じみた言い方にならないよう気を付けつつルルアンナはネイジアに語り掛けていく。傍らで話を聞いていたロージアやミュリエルが感動したようにルルアンナを見つめているが、そちらはとりあえず今は置いておく。


「……そう、ですか。どうやら私の考えが浅はかだったようです。まだまだ未熟な身でお恥ずかしい。出しゃばったマネをして申し訳ありませんでした」


羞恥か、憤りか、顔を赤くしながらもネイジアは謝罪と共にルルアンナに頭を下げた。その拳が白くなるほど握り締められているのを視界に入れつつも、ルルアンナは優しく声をかける。


「そんなことはありません。己の意見をはっきり言って頂くのも時には必要なことですから」


「……ご配慮に感謝致します。これからはもう少し己の発言に気を付けたいと思います。では、私はこれで」


軽く会釈をしてネイジアは足早にルルアンナ達のもとから去っていく。一刻も早くこの場から離れたいのだろう。踵を返すその瞬間、彼女の顔が悔し気に歪んでいたのをルルアンナは見逃さなかった。


「……もう少し知的で常識的な方かと思っていましたが、違ったようですわね」


ロージアがどこか不満そうな顔で零すと、ミュリエルも小さくため息を吐いた。


「あの人、お城にいる時の態度がどうにも気になってたのよね。偉そうというわけではないけど、妙に自信がありげというか、新顔のわりに遠慮を知らないというか。私にも変に親し気にしてくるからちょっと苦手だったんだけど、お母様に気に入られていると思っていたからなのね」


「その自信はどこから来るのでしょうね」


呆れたように呟いたロージアは、思い出したように表情を険しくする。


「それにルルアンナ様にあのような発言をするなんて、本当に腹立たしいですわ!いったい何様のつもりかしら」


「確かに身の程を弁えない態度だったわね。まあある意味世間知らずなのでしょうけど」


辛辣な二人の様子に苦笑しつつ、ルルアンナは宥めるように言う。


「初めての帝都ですし、気分が高揚してしまっていたのでしょう。きっと悪気はないと思います。ですが、ずっとあのままではどこかで反感を買ってしまうかもしれませんから、時にはお二人のように諫めることも必要でしょうね。こちらの貴族令嬢の常識とはだいぶ違う考えをお持ちのようですし」


「お姉様ったら相変わらず優し過ぎるんだから。まあ、その分私が目を光らせておくから心配いらないけどね!」


「情報収集なら私にお任せくださいな。ルルアンナ様のお手を煩わせたりなんてさせませんわ」


「まあ、ふふふ。二人とも相変わらず頼もしいですね。その時はよろしくお願い致します。それより、せっかくのお茶会なのですから、今は楽しみましょう。こちらの紅茶、とても良い香りがしますよ」


「そういえばお母様が今日のお茶とお菓子は良いものを取り寄せられたと言っていたわ」


「あら、それは是非とも堪能しなくては」


はしゃぐ二人を優しく見つめながらも、ルルアンナは先ほどのネイジアの様子を思い出す。


(特に注意する必要もない存在かと思っていたけれど、どうやらそうでもないみたいね)


ある意味退屈はしないが、悩みとは本当に尽きないものだとルルアンナは密かに溜息を吐いた。



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