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波紋(1)


皇后陛下主催のお茶会の日は、雲の隙間から柔らかな日差しがほんのりと差し込むような薄曇りの天気だった。暗いというほどでもないが、冬も近づいてきているため日差しが弱いと少々肌寒い。

しかし欠席をするような令嬢はほとんどいない。もちろん皇后からの招待ということもあるが、最近は数か月後に迫るルルアンナとフェリオルドの結婚式のために城中が忙しくしており、皇后のお茶会がしばらく行われていなかったことも大きい。


「この場所は久々に来るわね。今も昔も変わらず素敵な所……」


ミレットを伴ってやってきたルルアンナは、お茶会となる会場を見渡して感嘆の溜息を吐いた。

屋外は少々冷えるということで、本日は滅多に解放されない温室での開催となっていた。温室と言っても皇后所有なだけあり、一般的なものとは比べ物にならないほどに広く大きい。だいたいお茶会で解放される庭園は決まっているので、なかなか立ち入る機会がない場所とあって令嬢達も普段以上に浮足立っているようだ。

屋外の庭園とはかなり異なる様相の花々は美しくも見慣れないものばかりで、まるで異国の地へと迷い込んだかのような心地になる。

ゆっくりと周囲を眺めながら温室内を歩き出すルルアンナに、早々に声がかかった。


「ルルアンナ様、お久しぶりでございます」


「まあ、ロージア様。お会いできて嬉しいですわ」


笑顔で挨拶に来たのは、こういった公の場ではいつもルルアンナと共にいることが多いロージア・ヴァンデットだった。香水事業をしているヴァンデット伯爵家の長女で、実家の伝手を使っていつもルルアンナに様々な情報提供をしてくれている。彼女はルルアンナのことをとても慕ってくれていた。


「本日の装いもとても素晴らしいですわ。ルルアンナ様の美しさを余すことなく表現していますわね」


「ふふ、ありがとうございます。ロージア様も大人っぽさが際立っていてとても素敵です」


ロージアがうっとりとした様子でルルアンナの姿を褒める。

久々のお茶会ということで、ミレットが非常に張り切ったためにルルアンナの衣装はかなり気合の入ったものになっている。しかしそれはやたら派手だとか高価な装飾をゴテゴテと着けているという意味ではない。

ペールブルーの生地に繊細な純白のレースで装飾を施したドレスは、所々に小さなダイヤモンドの欠片が散りばめられ、動くたびに光の粒が煌めく。虹色を帯びた柔らかな白のムーンストーンのネックレスが胸元を彩り、両耳には繊細な造形の水晶のイヤリング。ルルアンナの清楚で美しい聖女然とした容姿を、より美しく、より神聖に、それでいて大人の女性としての魅力もそこはかとなく漂わせた、まさにミレット渾身の出来といえる最高の出来栄えであった。

会場の誰もがすぐにその存在感に気づき、美しさに目を奪われている。しかし全体的に淡い色味でまとめられた衣装は花々の鑑賞の邪魔をすることもない。その様子をミレットは一歩後ろから満足そうに眺めていた。


「お姉様!」


そこへ皇女であるミュリエルが小走りになってやってくる。淑女としては褒められた行為ではないが、それでも粗野に感じさせないところはさすが皇族である。


「最近あまり会えなくて寂しかったわ!」


駆け寄った勢いでギュッと抱き着いてくるミュリエルに苦笑しつつも、ルルアンナも優しく抱き締め返した。ロージアはあらあらと微笑ましそうに見ている。


「確かに最近はあまりお城に顔を出せていませんでしたね」


それについてはフェリオルドとのお茶会の件も無関係ではないが、今ここで話すことでもない。ルルアンナは宥めるようにミュリエルの背中を優しく撫でた。


「色々と忙しい時期なのはちゃんと分かってるの。だから今日は会えるのを楽しみにしてたのよ。今日のルルお姉様もとっても素敵!」


満面の笑みを向けてくるミュリエルに、ルルアンナも優しく微笑む。


「私も楽しみにしていました。今日はたくさんお話しましょうね」


和やかな雰囲気になったところで、お茶会の主催者であるナルシッサがやってきた。自然と注目する令嬢達へと軽く挨拶の言葉を述べる。すでに恒例行事となり何度も開いていることもあり、今更堅苦しい挨拶も必要ないため簡単な言葉で切り上げると、ナルシッサはすぐにルルアンナ達の元へとやってきた。


「よく来てくれたわね」


「こちらこそ、招待して頂きありがとうございます」


ルルアンナとロージアは揃ってナルシッサへとカーテシーをする。


「最近忙しくてルルちゃんが疲れていないか気になっていたの。今日はゆっくり楽しんでいってね。この温室の花達も外の庭園に負けないくらい自慢なのよ」


「ありがとうございます、せっかくの機会ですからナルシッサ様の大切なお花達を楽しませて頂きますね」


「ロージア嬢もいつもお世話になっているのだから、堪能していってちょうだいね」


「光栄でございます、皇后陛下」


軽く会話を交わしてから、ナルシッサは小さくため息を吐いた。


「本当はこのまま一緒にお茶を楽しみたいのだけど、急ぎで確認しないといけない仕事が入ってしまったの。主催者の身で挨拶早々に退席なんて申し訳ないけれど、令嬢達も何度も私のお茶会に参加しているから勝手は分かっているでしょう。後のことは皇女に任せるから、何かあれば彼女に。ミュリエル、お願いね」


「本当に皆忙しいわね。分かった、あとは任せて」


その後声をかけてきた数人の令嬢と言葉を交わしてから、ナルシッサは足早に温室を後にした。その姿を見送り、ミュリエルは大きく息を吐いた。


「最近ずっと周囲が忙しないから、何もしてないのにこっちまで気疲れしてくるわ」


「お城でも皆様このような様子なのですか?」


「そうねぇ。辺境伯が来てからはずっとこんな感じよ。もっとも、お姉様達の結婚準備と重なっちゃってるせいもあるみたいだけどね」


「そうですか……」


やはりフェリオルドの変化は、稀に見る忙しさのせいだったのだろうかとルルアンナが内心で思案していると、ロージアが小さく声を上げた。


「あら、噂をすれば。例の辺境伯令嬢ですわ」


その言葉にルルアンナが視線を向けると、晩餐会の時に見かけた以来であるネイジア・カレンベルクの姿があった。女性にしては長身の体をスッと伸ばし、キリっとした表情のその姿は、ドレスを纏っていながらも騎士のような凛々しさを感じさせた。この国に女性騎士はいないが、流行りの物語などではよく登場する。そのせいかネイジアの周りには、憧れの表情で彼女を見る令嬢達が集まっていた。


「人気者なんですね」


「まあ、珍しいのでしょうね。帝都にいる令嬢達は剣術や訓練などとは無縁ですから。雰囲気も女性というより麗人といった感じですし、物語の登場人物のようだと浮足立っているのでしょう」


「領地から出たのも帝都に来たのも初めてらしいから、お互いに話題が新鮮なのかもね。城での滞在中も色々な令嬢と顔を合わせてるみたい」


ロージアの説明にミュリエルも頷くが、その表情は何故か何とも言えない複雑そうなものだ。どうしたのかとルルアンナが声をかけるよりも先に、令嬢達に囲まれていたネイジアがこちらに気づいたようだった。



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