小さな変化
城で行われた晩餐会から一か月。
シャレット侯爵家にあるテラスの一室で、ルルアンナは小さくため息を吐いていた。その顔には珍しく憂いの色が浮かんでいる。
「ふぅ……」
最近、フェリオルドの様子が少しおかしい。
いや、おそらく周囲にはいつも通りに見えているだろう。今までと変わらず公務をこなし、鍛錬をし、フェリオルドは皇太子の務めを全うしている。そういった点ではどこがおかしいか聞かれてもルルアンナも上手く答えられない。
ルルアンナが違和感に気づいたのは、フェリオルドとのお茶会の時間だった。二人で過ごすその時間が、以前と比べて短いのだ。
フェリオルドはルルアンナとお茶会をする時、最低でも一時間以上は時間を取るし、予定が無ければ時間が許す限り共に過ごす。しかし最近は三十分ほどで切り上げてしまうのだ。しかもその理由を尋ねると、急ぎで処理しなければならない仕事があるのだと言う。だが、フェリオルドが仕事を理由にルルアンナとのお茶会を終わらせることなどこれまで一度もなかった。むしろ仕事や他の雑事のせいでルルアンナと過ごす時間が削られることを嫌がり、何としてでも終わらせて来ていたくらいなのだ。
それでも一度くらいであればルルアンナもそういうこともあるだろうと気にしなかっただろうが、ここのところ毎回となるとやはり違和感を感じてしまう。
急にお茶会の時間が短縮され、会う頻度も以前より少なくなっているように感じる。他の人間に言えば痴話喧嘩か何かかと呆れられそうな内容だが、ルルアンナにとってはそれだけで何かおかしいと思うには十分だった。
だからといって、フェリオルドの心変わりや愛情の低下をルルアンナが疑うことはない。何事にも誠実な彼は、万が一にも他に好意を寄せる相手ができたり、ルルアンナへの愛情が無くなってしまったりすれば、それを隠すことはしないだろう。謝罪と共に理由をきちんと話してくれるはずだ。
それと、もう一つ。ルルアンナがそういった心配をしない理由。
「ルルアンナ様、本日もお手紙が届いております」
「ありがとう、ミレット」
ルルアンナが受け取ったのは、皇族のみが使える純白に金で縁取られた封筒に皇太子の封蝋がされたもの。フェリオルド本人からの手紙である。
お茶会の時間が短くなってからというもの、会えない日は必ず彼からの手紙が届くようになった。以前も時々手紙のやりとりはあったが、さすがにここまでの頻度ではない。まるで過ごすことができない時間を埋め合わせようとするかのように、手紙にはフェリオルド自身の日常、ルルアンナの体調や過ごし方を問う言葉、時間を取れず申し訳ないという詫びの言葉と共に、最後はどれほどルルアンナを愛していて会いたいかという言葉で締めくくられている。そして手紙には必ず白い縁取りの青バラが一輪添えられていた。
そのバラは皇后のナルシッサが己の能力を使って品種改良した彼女の庭園にしか咲かないバラであり、皇族しか扱うことを許されない。庭師さえも入れない場所なので、手に入れるためにはナルシッサの許可を取って自分で採ってくるしかないのだ。それをほぼ毎日の手紙に添えているとなれば、小さいながらもなかなかの手間である。
そのようなフェリオルドの想いが溢れるほど込められている手紙を受け取っているルルアンナが、おかしな誤解をするはずもなかった。
しかし、ならば尚更なぜ急に共に過ごす時間が減ってしまったのか気になってしまう。
「今日のバラも見事ね。色も形もとても美しいわ」
「きっと殿下が一番良い物を吟味してくださっているのです」
「ふふ、そうだと嬉しいわね」
今日の分のバラをミレットに部屋に飾ってもらい、ルルアンナは枚数が多く厚みのある手紙を開く。今日は便箋8枚分だ。いつものようにフェリオルドの近況や当たり障りない程度の公務の話、ルルアンナが元気でいるか気遣う言葉、そして会えない事への寂しさなどが書き連ねられている。これを書いている時の彼の表情が浮かぶようで、ルルアンナは自然と微笑んでいた。
こんなに会いたいと伝えてくれるのに、短い時間しか会えないのはなぜなのか。
今、城には珍しい客人が来ている。滅多に領地を離れることのない辺境伯の地位にいる人間が、国境を隔てた隣国との問題を携えて。それこそ常にはない事態であり、辺境伯の報告の内容によっては様々な対処をしなければならないかもしれないのだ。そう考えれば、本当にただただ忙しいだけなのかもしれない。彼ら皇族は上に立つ者達であり、何より国のために動かなければならない立場なのだから。
しかし、もしも他に何か理由があるとしたら。ルルアンナに伝えることができない事情が万が一にでもあるのなら。
その時は、自分自身で調査し、真相を突き止め、場合によっては彼のために協力または秘密裏の手助けをする準備を整える必要がある。しかしこれはあくまでルルアンナ自身がやりたいからやるのであり、フェリオルドに余計な負担をかけるのは本意ではない。よってルルアンナが直接彼に問うようなことはしない。いつだって彼女の行動の指針は、愛する人のためになるか、否かだ。
「それと、皇后陛下からお茶会の招待状も届いております」
ルルアンナがフェリオルドからの手紙を読み終わったのを見計らって、再びミレットが皇族仕様の封筒を差し出す。
「そういえば、辺境伯家のご令嬢も招いて近々開きたいと仰っていたわね」
今回初めて領地から出て帝都へやってきた彼女のために、華やかなお茶会を開いて招待してあげたいと言っていた。普通の令嬢のように多くのお茶会に出て同年代と交流を図るといったことができなかった彼女に、今更だがその機会を提供してあげたいのだと。国の防衛のために我慢を強いられてきた彼女へのせめてもの詫びの気持ちもあるのかもしれない。
「丁度私も彼女とお話したいと思っていたの。最近の国境の様子や、今回領地を離れてこちらに来た理由も気になるしね」
「では、張り切って準備をしなければなりませんね。ルルアンナ様の美しさを余すことなく引き出せるよう、このミレットがお手伝いいたします」
本人以上に気合を入れているミレットに、ほどほどにねとルルアンナはおかしそうに笑った。だがミレットの言っていることも大事なことだ。他の令嬢達にはもちろん、新顔である辺境伯令嬢のネイジアにも、次期皇太子妃としてのルルアンナの姿を示しておかなければならない。
(それに、運が良ければフェリオルド様にも会えるかもしれない)
言葉通りに忙しければ無理かもしれないが、同じ場所にいるのだからもしかしたらということもある。会えなかったとしても、家族であるナルシッサやミュリエルに最近の様子を聞けるかもしれない。
「有意義なお茶会になりそうね」
優秀なメイドが淹れてくれた紅茶の香りを楽しみながら、ルルアンナは静かに笑った。
非常に暑さに弱い人間のため、ここ最近の猛暑で体調を崩してしまい、小説の更新に支障が出ておりました。この先も暑さが続く間は更新速度が遅れがちになるかもしれません。いるかは分かりませんがもし楽しみに待ってくださっている方々がいらっしゃいましたら、申し訳ありませんがのんびりお待ち頂けたらと思います。




