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プロローグ


薄暗い部屋の中で、一本だけ灯された蠟燭がゆらゆらと揺らめいている。


「まさか、このような物を手に入れる日が来ようとは……」


暗闇に溶けるようにたたずむ影は、手のひらで存在を主張するソレを震えながら握り締めた。

胸を支配する大きなその感情は、恐れか。歓喜か。


「これがあれば、あの帝国を意のままにすることも……夢ではない」


普通ならば大それた望みだと一蹴されそうなものに、もしかしたら手が届くかもしれない。興奮に自然と心臓が早鐘を打った。


「……は、ははは!これぞまさに、神からの贈り物だ……!」


これは、チャンスなのだ。二度とあるかも分からない、奇跡のような。不遇な身をひっくり返すことができるチャンス。この機会を逃すなどあってはならない。

今こそ我々の価値を分からせてやる時だ。馬鹿にしてきた者達に鉄槌を下すのだ。


天を仰ぐその瞳は、不穏な光を宿してギラギラと輝いていた。




◇◇◇




その晩、エーデルシュタイン城では皇族主催の晩餐会が開かれていた。

既に趣向を凝らした華やかで豪華な食事は終えており、現在はあちらこちらに帝国の主だった貴族達が集まり、和やかに談笑している。帝都の流行、政治情勢、近隣や同盟国との関係など、世間話に花を咲かせる振りをしながらも彼らは情報収集に余念がない。高位や力のある貴族であればあるほど、情報という武器の重要さを知っているからだ。

そしてひと際この場を賑わせているのは、こういった場で目にすることは稀であるカレンベルク辺境伯の存在だった。帝国の北側にある隣国との国境沿いに位置する彼の領地は、有事の際には防衛の要となる場所だ。隣国とは同盟を結び表向きは友好的な関係を築いているが、数年前までは幾度となく小競り合いを繰り返していた相手でもある。この先の情勢次第では何が起こるか分からないため、常に軍事力を維持し、緊張感をもって警戒に当たっている。辺境とはそのような土地だった。

そんな場所を長年に渡って治めている一族の主が、滅多に現れない社交の場に姿を現したのだ。帝都の貴族達が浮足立つのも当然といえた。

自ら先頭に立って軍を率いることもあるカレンベルク辺境伯の姿は噂に違わぬ立派な体格の持ち主で、威厳と迫力に満ちている。そして彼のすぐ後ろには、落ち着いた色合いながらも存在感のあるドレスを纏った令嬢が寄り添うように立っていた。大柄な辺境伯と並ぶと小さく見えるが、一般的な女性より背が高いその令嬢は彼の娘である。少しきつめだが凛とした美しい顔は自信に溢れ、スラリとした体つきはドレスで上手く誤魔化しているが引き締まっていてしなやかだ。恐らく辺境伯の娘として自身も訓練を受けているのだろう。

周囲から絶え間なくかかる挨拶を笑顔でさりげなくかわしながら、二人は主催の皇族達が座する場所へとやってきた。


「陛下、お久しぶりでございますな。ますますご壮健のご様子、何よりでございます」


「うむ、遥々よくぞ参った。そちらこそ相変わらずの活躍のようだな、カレンベルク辺境伯」


堂々とした気迫はそのままに、帝国の主へと恭しく頭を下げるカレンベルク辺境伯に、ダリオンも労うように言葉を返した。


「帝国の平和は貴殿達の努力と献身があってこそだ。国のために危険に身を投じてくれていること、改めて礼を言おう」


「勿体ないお言葉です。国を思う臣下として当然のことをしているまで」


謙遜してみせつつも、己の役割を誇るようにその顔は自信に満ちていた。


「そちらはご息女かしら?」


それまで見守っていた皇后のナルシッサがカレンベルク辺境伯の側に立つ女性について話を振ると、彼は嬉しそうに頷いた。


「仰る通り、私の娘のネイジアでございます。なかなか帝都へと来る機会がありませんでしたので、ようやく両陛下にご紹介する機会に恵まれて嬉しゅうございます。息子は残念ながら、領地を完全に空けるわけにはいかないため留守を任せてきましたが」


父に促され、ネイジアと呼ばれた令嬢は綺麗なカーテシーを披露した。


「ネイジア・カレンベルクと申します。名高き両陛下にお目にかかれて誠に光栄でございます」


武人の娘らしい凛とした雰囲気は、初めての帝都だと感じさせないほど緊張も戸惑いも見えない。ダリオンは感心したように頷いた。


「その堂々とした態度は見事だな。いかにも貴殿の娘らしい」


「本当に。近いうちにご令嬢達を招いてお茶会を開く予定ですから、是非あなたも参加してちょうだい」


「お気遣いに感謝致します。喜んで参加させて頂きます」


その後もいくつか会話を交わし、印象良く二人に挨拶できたことで気分が乗ったらしいカレンベルク辺境伯は、そのままネイジアを連れて少し離れた位置にいた皇太子カップルにも声をかけた。


「殿下、お久しぶりでございます。まだ殿下が幼き頃何度かお会いしたことがございますが、覚えていらっしゃいますか?」


「もちろんだ。子供ながらにあなたの活躍はよく耳にしていた。こうして再び会えて嬉しく思う」


「殿下にそう思って頂けるとは光栄ですな」


カレンベルク辺境伯はそのままフェリオルドの横にいる人物へと視線を向ける。それに気づいたフェリオルドは彼女を紹介しようと優しく背中に手を添えた。


「そういえばこうして会うのは初めてだったな。知ってはいるだろうが、彼女はルルアンナ・シャレット。シャレット侯爵家の令嬢で、私の大切な婚約者だ」


フェリオルドの言葉を受けてルルアンナはふわりと微笑むと、優雅にお辞儀をしてみせる。


「お初にお目にかかります。フェリオルド様の婚約者のルルアンナ・シャレットと申します。辺境伯様の武勇の数々は私も聞き及んでおりますわ」


「なんと、光栄なことです。ルルアンナ様の聖女のごとき美しさと慈悲深さも遠い辺境の地へも届いておりますぞ」


「まあ、お恥ずかしいですわ。まだまだ学ぶことの多い未熟な身ですから」


「ははは、慎ましく謙虚なお方だ」


一瞬だけ観察するように目を眇めたカレンベルク辺境伯は、すぐに強面の顔を和らげて礼を返した。


「未来の皇太子夫妻がこんなにも素晴らしい方々ならば、この国も安泰ですな」


「ありがとう。貴殿の言葉に恥じぬようこれからも励んでいくと誓おう」


その言葉に頷いたカレンベルク辺境伯は、傍らに立つネイジアの肩に手を置いた。


「お二方にご紹介しましょう。こちらは我が娘のネイジアでございます。今回ようやく帝都へと来ることが叶いました」


「初めまして、皇太子殿下。ルルアンナ様。ネイジア・カレンベルクと申します」


丁寧な所作で挨拶をするネイジアにフェリオルド達も穏やかに応える。


「ようこそ、ネイジア嬢。遠くから大変だっただろう。今宵はゆっくりと楽しんでくれ」


「帝都に滞在中は是非街の中も見ていってくださいね。辺境伯領とはまた違った良さがあると思いますから」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますわ」


黙っているときつく見えそうな顔に笑みを浮かべて、ネイジアは軽く頭を下げる。小柄で華奢なルルアンナと並ぶと、ネイジアの女性にしては背が高くしっかりした姿はより凛々しく見えた。傍から見ると二人の姿は対照的だ。


「それでは、我々はこれで。いつまでもお二人を独占しているわけにはまいりませんからな」


「ああ。良い夜を」


静かに離れていく二人を、様子を伺っていた貴族達が我先にと取り囲んでいく。


「滅多なことでは領地を離れないという辺境伯の方が急に帝都にいらっしゃるというのは珍しいですね」


「そうだな。距離が離れていて行き来に時間がかかるというのもあるが、隣国と何かあった時真っ先に戦場となることを踏まえて、領主はそうそうあの地を離れられない」


人々に囲まれる彼らの様子をフェリオルドとルルアンナは静かに眺める。


「だが、前々から何度か帝都への訪問を要請する手紙は来ていたんだ」


「そうなのですか?」


「隣国で不穏な動きが段々と活発になってきているらしく、領内の警戒も高まっているそうだ。その報告と今後の対応について、父と話し合いたいという旨が何度か来ていた。しかしこちらも色々とあって時間がなかなか取れなくてな。ようやく最近になって都合をつけられたんだ」


「それで皇族主催の晩餐会に合わせて帝都を訪問したというわけですね」


ようやく合点がいったというように頷くルルアンナに、フェリオルドは笑ってその髪をサラリと撫でる。


「彼らは滅多に領地を出ることはないから帝都にも別宅を持っていない。だからここにいる間は城に滞在することになっている」


「まあ、そうなのですか」


「もしかしたら城に来た時にまた会うこともあるかもしれないから言っておこうと思ってね。とはいえ向こうも忙しいはずだから、そうそうないとは思うが」


フェリオルドの言葉を聞きながらも、ルルアンナは先ほどの二人の姿を思い出す。

まさに雄々しいという言葉がぴったりの北の番人、カレンベルク辺境伯。そして、美しくも女騎士のように凛々しい雰囲気を纏ったその娘のネイジア。

彼らの訪れによって、どのような変化がもたらされるのか。

そっと傍らの温もりに寄り添いながら、ルルアンナは目を細めた。



新しい章が始まりました。今回は少しだけファンタジー要素が多めです。話数も多くなってきましたので、マンネリしないよう頑張りたいと思います。またお付き合い頂ければ幸いです。

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