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お茶会のその後(3)


自室へと下がったルルアンナは、髪飾りやアクセサリーの類をパパっと外すとそのままベッドへと転がった。


「ふぅ……やっと少し休めそう」


ルルアンナが散らかした小物を共についてきたミレットが片付けていく。その様子をベッドに寝転んだままルルアンナはじっと見つめた。

ミレットは家に戻ってきてから一言も言葉を発していない。しかしルルアンナにはその理由が分かっていた。


「ねえ、ミレット。お茶会でのこと、あなたが気にする必要はないのよ」


ルルアンナの言葉にミレットの手がピタリと止まる。少しの沈黙の後、ミレットは僅かに首を振った。


「いいえ。あの令嬢がルルアンナ様に無礼を働いた時、何をおいても割って入るべきでした。主人が傷つくのをただ黙って見ていた私はお付き失格です」


ミレットはルルアンナがエリザに絡まれていた時、助けることができなかったことを悔いていたのだ。身分の低い立場というのは公の場においてとても無力だ。ミレット自身は子爵家の娘だが、侍女として付き従っている時はただのいち使用人に過ぎない。世間知らずの少女の言葉ひとつ遮ることもできないのだ。

己を責め項垂れるミレットに、ルルアンナは心の中で溜息を吐いた。ミレットはとても優秀で頼りになる侍女だが、自分に厳しすぎるところがある。ルルアンナの期待に応えるために常に完璧であろうとしてしまうのだ。

幼いころから共に育ってきた彼女をルルアンナは信頼しているし、向上心を忘れず己を磨き続けることも好ましいと思っている。しかし物事には何事も限度があるし、自分ではどうにもできないこともある。そういったことの見極めもまた、重要なものであるはずだ。


「ミレット、それは仕方のなかったことよ。そんなこと無理だったってあなたが一番分かってるでしょう?」


「それは…」


皇城で行われるお茶会の際には、貴族が連れてきた使用人は基本的に庭園の端に並んで控えているのがルールだ。主人から呼ばれたり用事を告げられたりした場合のみその場を離れ動くことができる。

つまり、あの出来事があった時にルルアンナがミレットを呼ばなかったため、彼女は駆け付けたくてもじっと待機しているしかなかったのだ。だからミレットには負う責任など何一つない。


「もしもあなたがお茶会のルールに背いて勝手に動いていたら、マナーも守れない使用人だと指を差されていたかもしれないわ。たとえそこにどんな理由があったとしても、噂好きで他人の粗探しが好きな貴族達には関係ないもの。特に心の中で私を良く思っていない人達にはね。万が一ミレットが出禁にでもなってしまったら私が困るのよ。あなた以外を連れ歩くつもりなんてないんだから」


「ルルアンナ様……」


「それに、私があんなお馬鹿そうな人間に遅れを取ると思う?」


「いいえ。あのような小娘、ルルアンナ様の足元にも及びません」


「ええ、何も心配はいらないわ。だから、どうにもできなかったことをいつまでも悔やむより、そのことを忘れてしまうくらいのアフターケアで私を癒してちょうだい。そうね、ミレットの作るロイヤルミルクティーが飲みたいわ。隠し味にメルトハニーを垂らした特製のものをお願い」


パチリとウィンクと共に笑顔でそう口にするルルアンナに、ミレットは一瞬だけくしゃりと顔を歪ませてから笑って頷いた。


「はい、最高の一杯をお作り致します」







◇◇◇◇







ミレットが心を込めて作った甘くて濃厚なミルクティーを楽しみながら、ルルアンナはつかの間の休息を満喫していた。


「やっぱりミレットの入れるミルクティーは絶品ね。もちろん普通の紅茶も美味しいけれど」


「ありがとうございます」


ようやくいつも通りに戻った彼女を見て、ルルアンナも小さく笑みを浮かべた。


「それにしてもナルシッサ様の庭園は本当に見事だったわ。あんなことがなければもっとゆっくり楽しめたのに」


「そうですね。でもルルアンナ様ならお願いすればいつでも見せて頂けるのでは?」


「それはそうなんだけど、ちゃんとした用事もないのにあまりお城に行くのもね。あくまでまだ婚約者なのだし」


「まあ、ルルアンナ様は真面目ですね」


「皇太子妃はイメージを保つことも大切だから、日ごろから己の振る舞いには気を付けなくてはいけないもの」


「ご立派な心掛けです」


ミレットと軽快に会話しながら、会うことの叶わなかった皇后と皇女に想いを馳せる。

二人に挨拶できなくて残念だというのはルルアンナの紛うことなき本心である。フェリオルドの母であるナルシッサと妹であるミュリエルとはとても仲の良い関係を築いている。ナルシッサはもう一人娘ができたと言って非常に可愛がってくれるし、ミュリエルはルルアンナをお姉様と呼び慕ってくれる。二人から声がかかって一緒にお茶をすることも少なくない。

特に皇后であるナルシッサからは、いずれ皇太子妃となるルルアンナにとって必要なことをたくさん教わっている。様々な思惑が入り混じる貴族社会で渡り合っていくため、そして皇族に連なる者として国民を導き国家を繫栄させていくために、一般的な教養では知り得ない事を彼女の経験も交えて教えられてきた。ナルシッサは敬愛する義母であると共に手本とすべき先輩でもあるのだ。

ヴァイスナー帝国には他の国々にはないものがある。それは皇族だけに受け継がれる『神の加護』と呼ばれるものだ。

その昔、神々からこの地を賜ったという建国神話をただの御伽噺だと思っている他国は多いが、実はそうではない。神からこの地を治める者へ祝福として与えられた加護は、基本的に代々皇族の血を継ぐ者だけが持っている。しかし、例外として皇后のように皇族から寵愛を受けた者もまた、血を継いでいなくとも加護の恩恵を受けることがあるのだ。

城の庭園のバラが季節を問わず一年中咲き誇っているのは、ナルシッサの加護の力によるものである。現在の皇帝陛下と婚姻を結び皇后となった時、彼女は神の加護として緑を豊かにする力を賜った。どのような能力を授かるかは人によって異なるが、基本的にはパートナーの支えとなれるものが多いようだった。ナルシッサの能力も一見地味なものだが、当時帝国の西部地方を悩ませていた干ばつ問題を解決するのに大いに貢献したと聞く。

しかし、皇族の寵愛を受けた者も加護の恩恵を受けると知っているのはごく一部の中級層以上の貴族達だけであり、能力の内容まで知っている者はさらに限られた者達だけだ。ナルシッサの場合はそこまで重要性が高くないということで知っている者は知っているが、能力の内容によっては本人とその配偶者以外には伏せられることもある。それだけ皇族の加護というものは国にとって重要なものなのだ。

だが必ずしもその恩恵を受けられるというわけではないので、ルルアンナが能力を有することになるかどうかは誰にも分からなかった。しかしナルシッサは可能性があるならばと早い段階からその秘匿されてきた情報をルルアンナに教えてくれた。結果、それは正解だったといえる。ルルアンナはフェリオルドと婚約して一年もしないうちに能力を目覚めさせたからだ。

ルルアンナの加護の能力、それは『生き物と意思疎通ができる』というものだった。お茶会でフェリオルドが来るタイミングを知っていたのも直前に鳥が教えてくれたためである。

このことを知っている者はルルアンナの家族とフェリオルド達皇族のみである。能力が発現した際にルルアンナはフェリオルドに真っ先に報告し、彼はスパイ活動も可能にさせる彼女の力を極力秘匿しようと決めた。詳細を知る者を本当に身内のみに絞ったのだ。

厳密に言えば、ルルアンナの能力の詳細まで把握しているのは彼女自身とフェリオルドだけである。他の家族には生き物が今抱いている感情と、何となく思っていることを漠然と感じられる能力だと伝えている。しかし実際にははっきりと明確に生き物の言っていることが分かるのだ。逆にルルアンナの言葉を伝えることもできる。

使い方によってはかなりの脅威となるであろうこの力を見たフェリオルドは、迷いなく家族にすら伏せておくことを決めた。全てはルルアンナの安全のためであった。

この時、ルルアンナは彼に二度目の恋をした。いや、恋などという生易しいものではなかったかもしれない。心だけでなく、魂の全てを奪われたようだった。皇室にとっての利益よりも、ルルアンナ自身をフェリオルドは優先してくれたのだ。どうして何も感じずにいられようか。

もとよりフェリオルドのために行動することの多かったルルアンナだが、改めて彼のために全てを捧げて生きようとこの時誓った。今も昔もずっと、ルルアンナは彼のためだけに生きているのだ。


「はぁ…、フェリオ様に会いたいわ」


思考がいつの間にか義母達から愛しい婚約者へと移り変わり、彼の優しい笑顔を思い浮かべてため息を吐いた。ルルアンナの頭の中を知る由もないミレットは唐突過ぎる言葉に瞬いたが、すぐに話を合わせて頷いた。


「お茶会の騒動であまりお二人での会話はできませんでしたものね」


「ええ、来てくださっただけでも喜ぶべきなんでしょうけど、つい欲が深くなってしまって駄目ね」


「ルルアンナ様は普段が聞き分けが良すぎるのです。たまには我儘を言っても誰も咎めませんよ」


「ふふ、我が家の人間はみんな私に甘いからその言葉はあてにならないわ。もちろんあなたもよ」


「まあ」


そんな軽口を交わしているところへ、新たにノックの音が響く。


「どうぞ」


「失礼いたします。お嬢様に早馬でお手紙が届いております」


「あら、誰かしら?」


ミレット伝いに手紙を渡され、差出人を確認したルルアンナはパッと顔を輝かせた。会いたいと思っていた相手からの手紙だ。

ルルアンナの表情で手紙の相手を察したミレットがクスリと笑う。


「まるで見ていたかのようなタイミングですね」


「本当ね。フェリオ様はいつも私を喜ばせるのが上手だわ」


嬉しそうに手紙を読み進めるルルアンナを優しく見つめながら、ミレットはそっとミルクティーのおかわりを注ぐ。


「やはり、少しくらい我儘になってみても良いのではないでしょうか?」


「…ええ、そうね。今回はそうしてみようかしら」


ミレットの言葉に顔を上げたルルアンナは、満面の笑みで頷いたのだった。


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