咎人の行く末
「何でよ、何で私がこんな場所に……!」
エーデルシュタイン城にある地下牢、その中層に位置する牢の中でルーナは叫んでいた。少し離れた別の牢には、父親であるトライオン男爵が項垂れるようにグッタリとして座り込んでいる。
数時間前、依頼した相手が報告に来るのを今か今かと待っていたルーナは、代わりに現れた帝国軍の皇族直属の精鋭騎士達によって父親もろとも城へと連行され、抗議する暇もなく地下牢へと放り込まれた。冤罪だ濡れ衣だと騒いだが、誰一人ルーナの主張に耳を貸そうとしなかった。
もちろん冤罪などではない。ルルアンナを襲うように依頼したのは紛れもなくルーナである。彼らはトライオン男爵が私兵として雇っている傭兵であり、彼が商談を有利に進めるために今までも度々脅しなどに使ってきた存在だ。ルーナは父親から彼らを借りて、邪魔な相手を排除しようと差し向けたのである。
無事に依頼が完了したという報告をルーナは待っていたのだが、結果は城の地下牢の中という無惨なものだった。
「こんなの横暴よ!いきなり強引に押しかけてきて、こっちの意見も聞かずに連行するなんて!」
つい先ほどまで一人ずつ連れ出されて尋問を受けたが、その時もルーナは同じような主張を繰り返し、自分は何もしていない、何も罪など犯していないと喚いた。相手が何を質問しようがそれを無視して、ひたすら自分の無罪と誰かに嵌められたのだと言うだけだった。聴取をしても意味がないと判断されたのか間もなく元の牢へと戻され、今に至る。
ルーナより少し遅れて戻ってきたトライオン男爵は、娘よりも厳しい尋問を受けたのか最初の勢いはなく、どこか憔悴したような様子だった。ルーナがこうして騒いで見せても、何を言うこともなく黙って座り込んでいる。中層になると入り口付近よりもさらに辺りは薄暗いため、別の牢にいる互いの姿は見えない。それが余計に不安を煽った。
「ねえ、パパも何とか言ってよ!こんなのおかしいって!いくらなんでも証拠もなくこんなマネ許されないはずよ!」
「…………」
ルーナがいくら声をかけても、トライオン男爵は黙ったまま何も言わない。肝心の父親が頼りにならないことにルーナは内心苛立って仕方なかった。
(何よ、親の癖に大事な一人娘くらい守りなさいよ!このまま待ってたってどうにもならないじゃない)
「パパ、このままじゃ私達お終いよ。どうにかして冤罪だって証明しなくちゃ。あいつらが勝手にやったことにすれば……」
「どっちにしろ、もう俺達は終わりだ」
突然、今まで黙っていたトライオン男爵がルーナの言葉を遮った。
「……え?」
俯いていた瞳がゆらりとルーナを見る。覇気がなく影を背負ったようなその様子はまるで幽鬼のようだった。
「ルーナ、お前……皇太子の婚約者の悪い噂を流したり、茶会で失礼な態度を取ったりという行為を繰り返していたらしいな。しかも前回お前が虐められたと言っていた夜会ではその婚約者を自作自演で陥れようとしたとか」
「な、そんなの嘘よ!逆にそれは私がされたのよ」
「お前がしたことの目撃者も、その証言を証明する者達も多くいると言われた。何より、お前がかけた冤罪を暴いたのは皇太子自身だとな」
「そ、それは……私が元平民だから、皆で口裏を合わせて私を嵌めようと……」
「皇族の秘密裏の調査によりお前の悪事の数々は証明されていると言われたんだ!」
突然声を大きくしたトライオン男爵に、言い訳を続けていたルーナはビクッと肩を竦める。
「お前の言葉を信じて、散々庇って金も力も貸してやったというのに。まさか全て嘘だったとは……」
「そんな、他人の言葉を信じて、娘の言葉は信じないって言うの?」
目を潤ませて悲しそうに訴えるルーナに、しかしトライオン男爵は溜息を吐くだけだった。
「……そうやってお前の言葉を鵜呑みにしてしまった俺も愚かだったな。たった一人の娘と思って甘やかし過ぎたか」
疲れたようにそう言って、あとは何を言うこともなく再び黙り込んでしまった。
味方をするどころか、他の者と同じようにルーナを責める父親の姿に、ルーナは怒りで握った拳を震わせた。誰も自分を信じない。自分の言うことを聞かない。
憤りのまま再びルーナが口を開こうとした時、遠くから小さく響いてくる足音が聞こえた。コツリ、コツリと静かに近づいてきたその音は、ルーナの牢の前で止まる。薄暗い中で手に持った明かりに照らされたその顔は、ルーナが誰よりも憎しみを向ける人物だった。
「あんたっ……!」
「御機嫌よう、ルーナ様」
いつもと変わらない、聖女のような優しい笑顔でルルアンナは床に座り込むルーナを見下ろした。場違いなほど美しく質の良いドレスを纏ったその姿は、この騒ぎですっかり薄汚れ、手枷まで付けられているルーナをより惨めに感じさせる。
「何しに来たわけ?いい気味ねって嘲笑いに来たの?」
「まあ、嘲笑うだなんて」
「その顔も言ってることも全部わざとらしいのよ!本当は誰よりも性格悪い猫かぶりのくせして!」
ルーナの言葉は何も間違っていない。ルルアンナはまさに聖女と称されるような慈悲の仮面をかぶり続けているのだから。
「あんたのせいでこんな理不尽な目にあってるっていうのに、よくものこのこと顔を見せられるわね!少しは罪悪感とかないわけ!?」
ルルアンナを責め立てるルーナに、クスリとさもおかしそうに笑ってみせると、相手が驚きに目を見開く
「私のせい?理不尽?違いますよね。全部ご自分のせいでしょう?」
言葉を失っているルーナに構わず、ルルアンナはまるで詩でも諳んじるかのように軽やかに言葉を紡ぐ。
「あなたとあなたの父親がこんな状況に陥っているのは、今までの自分達の行いが返ってきた結果。あなたの父親は自分の利のためだけに最低限のルールさえ無視し続けた。市場に混乱と不利益を招いた。排除されるのは当然ですよね。……そしてあなたも」
「な、私は悪いことなんて……」
「本気でそう思っているのなら、あなたは人としても一貴族としてもまともな人間とは言い難いですわね。新参者の男爵家の身でありながら、最低限の礼儀も社交界のマナーも無視して自分の思ったようにやりたい放題。謎のお花畑思考で皇太子殿下を運命の相手などと言って馴れ馴れしく接し、注意を受けても反発するばかり。これほど非常識な人間もなかなかいないでしょう」
「またそうやって、身分を鼻にかけて平民だった私をばかに……」
「おまけにその言葉。周囲から忠告を受ければ元平民の自分を馬鹿にしていると嘆いて同情を誘おうとする。もう聞き飽きましたわ。あなたは元平民であったということをむしろ盾にして相手を非難するための道具にしていました。一番自分を貶めているのは自分自身だということにも気づかずに」
ルルアンナの言葉にルーナは怒りと屈辱で顔を真っ赤にした。しかし反論の言葉を持たずに悔し気にギリギリと唇を噛み締める。
「本当に目障りでした。まあ、私が一番許せなかったのは迷惑をかけていることにも気づかずにいつまでもフェリオルド様に付き纏い、自分こそがあの方と結ばれるのだと思い込んで周囲にも吹聴していたことですが。おまけにそのせいで勝手に私のことを敵視して、程度の低い幼稚な嫌がらせの数々。心底鬱陶しくて、付き合うのも馬鹿馬鹿しかったですわ」
「あ、あんた……それが本性なわけ?やっぱり猫かぶってたのね!?」
ルルアンナの辛辣な言葉にルーナは声を震わせながらも、ジロリと睨みつける。ルルアンナは変わらずニコリと微笑み返した。
「ええ、これが本当の私です。驚きましたか?排除しようと躍起になっていた相手の姿が想像と違っていて」
「当たり前でしょ!でもこれで確信したわ。やっぱり皇太子様はあんたに騙されてるのね!こんな性悪女と結婚するなんてあまりにも気の毒だわ。やっぱり私があの方の救世主にならなくちゃ」
急に饒舌になったルーナは、勝ち誇ったようにルルアンナを見上げた。
「あんたのその本性を私が皆にバラしてやるわ!そして皇太子様の目を覚まさせてあげるんだから!やっぱり主人公は私よ!あんたは悪役!」
「まあ、まだその妄想は続いていたのですね」
「妄想じゃないわ。真実よ!今度こそ物語は正しい方向へ進むのよ。私がいるべき場所を奪ってこんな目にあわせたあんたは絶対に許してやらない。一番酷い罰を与えてやるわ」
挑むようにルルアンナを見るルーナに、しかし彼女は焦りもせず再びおかしそうに笑うだけだった。
「ふふ、ご立派な宣言ですね。以前にもあなたのように夢見がちでお花畑思考のご令嬢がいたことを思い出しました。まあ、生粋の貴族であった彼女の方があなたよりいくらかマシだったと思いますが」
「は?何を急に意味わかんないこと……」
「私の本当の姿を知ったところで、どうするというのでしょうか?散々批判の的となり評判の悪いあなたの言葉を信じる方がいると思いますか?しかも一度皇太子殿下の婚約者である私を嵌めようとした前例もあります。今更あなたの言うことに耳を貸すと思いますか?皆、また嘘をついて私を貶めようとしているとしか思わないでしょう」
「そ、そんなこと…!」
「そもそもここから出られないあなたに今更できることなんて何もありません。だって、もうあなた方の罪は明らかとなり、国によって沙汰はもう下されているのですから」
「ちょっと、どういうこと!?捕まってそんなにすぐ処罰が決まるわけないじゃない!だいたい私は何も悪いことしてないって言ってるでしょ!罪のない人間を罰するっていうの!?」
勝気な様子から一転し、ルーナは必死な様子で喚き立てる。ルルアンナは呆れたように小さくため息を吐いた。
「どこまでお馬鹿さんなのでしょうね。あなたがけしかけた襲撃犯達は全員捕らえられています。彼らの口を割らせたり、またはあなた方の邸を調査すれば証拠くらいいくらでも出てきますわ。用意周到な相手ならばともかく、迂闊で杜撰なあなた達なら全ての痕跡を消すなんてできないでしょうから」
明らかに馬鹿にされているが、ルーナはそれにも気づかず焦りで真っ青になる。確かに成功すると高を括っていたため、証拠隠滅など後回しでいいと思っていた。貴族の邸に許可なく押し入ることなどできないだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
「皇太子殿下の婚約者である私はいずれ皇族となる身。それを明確な意図を持って害そうとしたのですから、当然軽い罪で許されるはずもありません。特にフェリオルド様は相当にお怒りでしたわ。だって、私のことを本当に大切にしてくれていますもの」
まるでルーナに当てつけるかのように嬉しそうに言うルルアンナに、ルーナはカッと頭に血が上る。しかし、それはルルアンナが発した次の言葉で一瞬で消え失せた。
「あなた方お二人にこの先待つのは、処刑。その一択です」
「は……」
何を言われたのか分からないというように呆然とするルーナに、ルルアンナは一貫して優し気な微笑みを崩さずに告げる。
「散々不敬な態度を取り続けた挙句、次期皇太子妃である私を襲わせ尊厳も命も奪おうとした。極刑になるのも当然でしょう?」
「…………っ」
何かを言おうとして、しかし声が出ることはなく、ルーナははくはくと魚のように口を動かすだけだった。
こんなはずではなかった。退場するのは自分ではなく、目の前の女のはずなのに。自分は皇太子の相手となる主人公で、邪魔者はこの女のはずなのに。
どうして上手くいかないのか。どうして最後まで自分の思い通りにならないのか。おかしいのは自分ではない。この世界だ。こんなのは間違っている。
嫌だ。死にたくない。やりたいことはまだいっぱいある。だってルーナの輝かしい生活は始まったばかりなのだから。怖い。死にたくない。
ルーナが無意識にルルアンナの方に手を伸ばそうとした時、カツカツと足早に近づいてくる足音があった。
「ルルアンナ」
少しだけ息を乱して現れたのは、ルーナの運命の相手であったはずの皇太子殿下だった。
「フェリオルド様」
少し驚いたように目を見開くルルアンナに、フェリオルドは心配そうな顔で近づく。
「見張りの騎士から聞いて驚いたよ。まさか一人でこんな所に来るなんて」
「申し訳ありません。ですが、刑が決まったことを聞いて、一度だけでも会いに来たかったのです」
「まさか、あんなに酷いことをされた相手にも慈悲をかけようと?」
「そんな大層なものではありませんわ。ただ、少し気になってしまって……」
苦し気に目を伏せるルルアンナの様子が演技であると、今のルーナにははっきりと分かった。しかしフェリオルドは眉を下げてルルアンナの肩を抱く。
「君の相手を問わない慈悲深さは本当に尊いものだ。だが、こんな場所に一人で来てはいけないよ。再び君が傷付けられるかもしれないと思うと私は気が気じゃないんだ。もうあんな思いはしなくない」
「……はい、心配をおかけしてすみませんでした」
「いや、いいんだ。……彼らに何か言われなかったかい?」
フェリオルドの問いにルルアンナは悲し気に微笑んだ。
「……お前のせいだ、そこは自分の居場所だから返せ、と。ですが、そう言われても仕方がありませんわね」
「何を言うんだ。ルルアンナは何も悪くないだろう?悪いのは君を害そうとした方だ。彼らは自業自得なのだから、君が気に病む必要などない。それに私の隣にいていいのは君だけだ」
優しく言い聞かせるフェリオルドに、ルルアンナはコクリと小さく頷く。
目の前で繰り広げられる茶番をルーナは死んだような目で眺めていた。鈍くなった思考でただ目に映るものを映像としてだけ認識する。
「さあ、もう戻ろう。こんな場所に長居するべきではないよ」
「はい。……迎えに来てくださってありがとうございます」
「私がしたくてしたことだ。美味しい菓子と紅茶でも飲んで少しゆっくりしよう」
フェリオルドに促されて、ルルアンナは目の前の牢から離れゆっくりと背を向ける。その瞬間、顔が見えなくなる間際に彼女の唇が動くのがルーナにははっきりと見えた。
――――ご 愁 傷 さ ま
そのままフェリオルドに寄り添われて、ゆっくりと暗闇の向こうに消えていくのをルーナは思考を放棄した状態でぼんやりと見送ったのだった。
今まで作品を読んでくださっている方にはお分かり頂けていると思いますが、ルルアンナ様は過激志向なので平和的解決は基本的にありません。




