皇族というもの
「それでは、何かありましたら遠慮なくお申しつけ下さいませ」
綺麗なお辞儀をして部屋を出ていったメイドを見送り、ベルガードはあてがわれている客室のソファで軽く息を吐いた。
ベルガードがこのエーデルシュタイン城に滞在し始めてから、すでに数日が経過している。初日は色々と疲れもあるだろうという気遣いでゆっくりとさせてもらい、二日目からは皇太子とその婚約者に招かれてお茶を共にするようになった。ベルガードが気を遣わなくて済むようにか、雰囲気も出される物もマナーなど気にしなくていいカジュアルなもので、緊張していたのが嘘のように今では素直に楽しんでいる。
「良ければ君の旅の話を聞かせてくれないか」とフェリオルドは楽しそうにベルガードの話を聞き、「とても刺激的な日々ですね」とルルアンナもワクワクした様子で聞き入っていた。そして彼らの国の特色や歴史、帝都の名所や名産品などを誇らしげにベルガードに教えてくれた。
一度だけこの城の主である皇帝と皇后にも挨拶を兼ねて謁見した。彼らは皇太子と同様に、ルルアンナを助けたことに感謝を表し、ベルガードを快く歓迎してくれた。
(この国の皇族の方々は、素晴らしい人格者だ)
それはベルガードにとって、大きな衝撃であった。
ベルガード・マルクリウスは帝国の隣にある小さな国の、王族の護衛を務める騎士だった。剣の腕は三本の指に入るほどに優秀であった彼は、その容姿も非常に端麗であったために王子の婚約者に言い寄られていた。もちろんそれを受け入れるわけもなく、ベルガードは丁重にお断りを入れた。しかし元々我儘でプライドも高かったその婚約者は断られたことに激怒し、ベルガードに言い寄られて襲われそうになったと真逆の嘘を王子に吹き込んだ。婚約者の話を鵜呑みにした王子は激怒し、怒りを買ったベルガードは護衛騎士の解任と国外追放を言い渡された。必死に身の潔白を訴えたが、王子どころか王も王妃も耳を貸さなかった。
悲しみと失意の中、国を出てあてもなく旅を続けていたところに今回の事件に遭遇したのだ。一人の女性を複数の男が襲っているなど、騎士であったベルガードにとって到底見過ごせるものではない。迷うことなく助けに入った彼は、助けた後でその女性がこの国の皇太子の婚約者だと知った。その瞬間に脳裏に浮かんだのは、謂れのない罪で自分を糾弾する自国の王族達で。
助けた人間がよりにもよって、もう関わりたくないと思っていた王族・皇族関係者であることにベルガードは内心で苦い顔をした。しかし、その強い正義感から襲われたばかりの女性を放置することもできず、複雑な心境になりつつも結局城まで送り届けた。
そこで待っていたのは、皇族直々の感謝の言葉と、温かな歓迎だった。
用件が済んだらさっさと立ち去るつもりでいたベルガードにとって、それらは驚くべきことだった。彼が自国で受けた仕打ちを思えば当然のことだが、王族・皇族とは権力を振りかざす傲慢な者達だと認識していたからだ。仕えていた時に感謝などされたこともないし、周囲が自分達のために動くことは当然と気にもかけない者達だった。自分勝手な要求を繰り返し、叶えられなければ癇癪を起こし相手を理不尽に罰する。ベルガードにとって王侯貴族とはそういう存在だった。
しかしこの国の皇太子であるフェリオルドは深く感謝し、何度も礼の言葉を述べた。ただの旅人であるベルガードに対してだ。ルルアンナも落ち着いた後で感謝と労わりの言葉をかけてくれた。皇帝と皇后までも同様だった。
(このような方々もいるのだな)
今までに自分が関わったことのある王族は、皆強欲で傲慢だった。王族とはそういうものだと思っていた。しかし自分が知る王族など自国の者達だけであり、それで全ての国の王族・皇族まで判断してしまうのは早計であった。己の偏狭さを恥じるばかりである。
今さっきまで参加していた未来の皇太子夫妻とのお茶会も、ベルガードにとっては毎回新鮮で驚くことばかりだ。
彼らは身分を笠に着ることも、権力をチラつかせることもなく、ゲストであるベルガードを丁寧にもてなす。彼の意見を無視したり、何かを強制したりすることなど一度もなかった。
さらに、彼ら二人の仲も非常に良好で睦まじかった。互いが互いを心から慈しみ、信頼していることが会って日が浅いベルガードにも良く分かる。彼が以前仕えていた、体裁ばかり気にして裏では奔放に振る舞っていた皇太子カップルとは雲泥の差だった。
そして国のこと、国民のことを常に考えてより良くしていこうと努力する、まさに国を率いる者の鏡のような存在でもあった。国民に重い税を課しておきながら、金を湯水のように使い贅沢の限りを尽くしていた自国の王達とは存在からあまりにも違い過ぎる。
このような為政者達が納める国に暮らす者達は、きっと幸せだろう。
(彼らならばきっと……)
慈愛と誠実さに満ちた皇太子とその婚約者の姿を思い浮かべながら、ベルガードは物思いに耽るのだった。
◇◇◇
客人を交えたお茶会を終えたフェリオルドは、本日の残りの仕事を片付けるために執務室へと詰めていた。そこへ姿なき声がかかる。
「殿下、賊への聴取は恙なく終了致しました。証拠も全て確認し、あとは実行に移すのみです」
「そうか、ご苦労だった。思ったより早かったな」
「殿下のお言葉を伝えたらあっという間に白状しましたからね。まあその後で騙したのかと大騒ぎでしたが」
「騙したなどと、人聞きが悪いな」
フェリオルドは心外だと言うように肩を竦め、フッと口元に笑みを浮かべた。
「無駄な足搔きをせず正直に口を割るなら、刑を少し軽くしてやると言ったのだ。素直に口を割ったから、長く苦しむ絞首刑から一瞬で死に至る毒殺刑に変えてやった。嘘は言っていない」
「……物は言い様ですねぇ。奴らは極刑を免れると思っていたんでしょう」
「どこまでも愚かだな。未来の国母を害し命を奪う所だったというのに、黒幕を吐いたくらいで許されるわけがないだろう。人としての尊厳まで奪わなかったことを感謝してほしいくらいだ」
「敵に回してはいけない相手を回したという意味では、確かに救いようもないほど愚かですね」
しみじみと語る影の声は黙殺し、フェリオルドは最後の一枚だった書類を仕上げると、鍵のかかっていた引き出しから一つの封筒を取り出した。
「必要なものはすでに全て揃っている。万全の準備をした上で、明日の朝一で動け。万に一つもないとは思うが、抜かるなよ」
「御意」
一瞬で黒衣に身を包んだ者が姿を現し、封筒を手に取って再び姿を消す。微かにあった気配が消え、静まり返った部屋の中。
「……ルルアンナ、もうすぐだ。身の程知らずにも君を傷つけた犯人を始末して、やっと心から安心させてあげられる」
少しずつ闇に染まっていく空を眺めながら、フェリオルドは静かに微笑んだ。




