突然の襲撃(2)
意を決して振り下ろした手に伝わった衝撃は、ルルアンナが想像していたものではなかった。むしろ予想外に加わった力で短剣が手から吹き飛んでしまった。
同時に彼女にのしかかっていた男から悲鳴が上がる。
「ぐあぁっ!」
そのまま崩れるようにして横に倒れた男の下からルルアンナは這うようにして抜け出し、なんとか距離を取った。そしてすぐそばに知らない気配があることに気づく。
「こんな場所でか弱い女性を寄ってたかって襲うとは、救いようのないクズどもだな」
そこにいたのは旅人風の装いをした一人の男だった。背が高く筋肉の付いたしっかりした体格で、腰には騎士のように剣を下げている。サラリとしたダークレッドの髪を靡かせ、鋭い金眼を持つその端正な顔には、隠しもしない嫌悪と軽蔑の感情が浮かんでいた。
どうやらルルアンナを襲っていた男を蹴り倒して止めてくれたようだ。彼女の手にあった短剣を吹き飛ばしたのも同様に彼だろう。
驚きや安堵感、様々な感情が胸を占める中、ゆっくりと体を起こしたルルアンナは男を見上げた。その視線に気づいたらしい相手もルルアンナに視線を向ける。
「大丈夫か?」
「あ、はい……」
すっと屈みこんでルルアンナの体を確認するようにザっと見た男は眉を顰めた。
「チッ、男の風上にもおけない奴らだ」
脱いだ外套をふわりとルルアンナの体を覆うようにかける。今の彼女は傷や汚れでボロボロなうえにドレスも無残な状態だ。それらを見えないように隠してくれたのだろう。
「……ありがとうございます」
「いや、すまないがもう少しこのまま待っていてほしい。すぐに片付ける」
そう言うと彼は未だ呻いていた男の意識を一撃で奪い、素早くその身をどこからか取り出したロープで拘束した。少し離れた場所に倒れていたルルアンナが靴底を叩き付けた男も同様にして、まとめて地面へと転がす。その手際の良さに、やはり彼はただ者ではなさそうだとルルアンナは頭の片隅で考える。壁一枚を隔てたようにどこか意識が現実味をおびていないのは、まだ受けた衝撃へ気持ちが追い付いていないせいだろうか。
「もう大丈夫だ。……動けるか?」
乏しい表情の中にも気遣う色が見えて、ルルアンナはコクリと頷きながら彼の手を借りてゆっくりと立ち上がった。
「危ないところを助けて頂き本当にありがとうございました。図々しいのは承知の上で、もう一つお願いを聞いて頂けないでしょうか」
「……何だ?」
「向こうで私を逃がすために囮になってくれた者がいるのです。どうか彼女も助けて頂けませんか?」
ルルアンナが彼女と言ったことで、囮になった者が女性であると察したのだろう。男は険しい表情で頷くとルルアンナが示した方向へと走り出した。その速さに置いていかれながらも、ルルアンナ自身もふらつく足取りでミレットを残してきた場所へと向かう。
ルルアンナが辿り着いた時には、彼がミレットと対峙する相手との間に庇うように割り込んでいた。そのまま鞘に入ったままの剣で二人の男を一気になぎ倒す。どうやらミレットが相手をしていたのは二人で、あとの二人は彼女が戦闘不能にしたようだ。思わぬ健闘をしたらしい彼女の体は血まみれでボロボロだった。
「ミレット!」
悲鳴のような声を上げてルルアンナは自身のメイドへと駆け寄る。
「ルルアンナ様、ご無事で……」
血と埃にまみれながらも疲れた表情で微笑むミレットに、ルルアンナは勢いのまま抱き着いた。自身の体も痛んだし、おそらくミレットも痛かっただろうが、ルルアンナはその手を緩めなかった。
「ミレットの馬鹿。こんなに無茶して……」
「申し訳ございません。ですが、ルルアンナ様をお守りできて私は本望です」
「もう……っ、本当に、無事でよかった」
しばらく抱き締め合ってから、そっと体を離す。ミレットが問うように傍に立つ男に視線を向けたので、ルルアンナも彼を見ながら口を開いた。
「私が追いかけてきた他の男達に襲われた時に、この方が助けて下さったのです。そういえば、まだお名前も伺っていませんでした」
改めて姿勢を正すと、ルルアンナは淑女の礼と共に頭を下げた。
「シャレット侯爵家の長女、ルルアンナ・シャレットと申します。この度は危ないところを助けて頂きありがとうございました」
「ルルアンナ様のメイドをしておりますミレット・ファーレイと申します。ルルアンナ様を悪党から守ってくださったこと、心から感謝を申し上げます」
「……ベルガードだ。ただの旅人だが、助けになったのならよかった」
ミレットがメイドを名乗ったことに驚きつつも、ベルガードは淡々と必要最低限だけを話した。
「ルルアンナ様は次期皇太子妃となるお方です。その御身に何かあれば大変なことになります。あなた様のおかげで多少の被害で済みました」
「皇太子妃……?」
ミレットの言葉にベルガードは苦々しそうな、なんとも複雑な表情を浮かべた。しかしそれもすぐに消え、元の無表情に戻る。
「いや、とにかく手遅れにならずに済んでよかった。その状態で移動するのは大変だろう。護衛も他にいないようだし、良ければ目的地まで送ろう」
「まあ、よろしいのですか?」
「ああ、また何かあっては助けた意味がないしな。送るくらいたいした手間でもない」
「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
不愛想ではあるが、根は真面目で優しい人間なのだろうとルルアンナは小さく笑みを浮かべた。
「はっきりとした現在地は分かりませんが、ここからですと侯爵家よりも城の方が近いでしょう。それに警備の面でも、城の方がより安全かと」
「そうね。このような姿で登城するのは少し気が引けるけれど…」
ボロボロの己の体を見下ろして、ルルアンナは眉を下げる。こんな薄汚れた姿をフェリオルドやその家族に見られたくはないし、きっと心配もかけてしまうだろう。しかし、そのようなことを言っている場合ではないことも分かる。
「ならばそこまでお供しよう。道案内は任せても?」
「ええ、お任せください。ルルアンナ様、馬車自体は無事ですのでどうぞそちらにお乗りください。御者は私が努めます」
「いや、それは俺がやろう。あなたは彼女と共に中へ」
テキパキと今後について言葉を交わす二人を眺めているうちに、ルルアンナはミレットと共に馬車に押し込まれた。二頭いた馬のうち、残っていた一頭を器用に操り、ベルガードがミレットの説明のもと馬車を走らせる。
ルルアンナは自身が持つハンカチやドレスに付いていたレースなどで、ミレットの痛々しい傷口を覆う。あまり意味がない手当とも呼べない行為だが、それでもルルアンナは何かせずにいられなかった。
ある程度の説明を済ませたミレットが、ルルアンナの顔を見て困ったように笑う。
「ルルアンナ様、そんな顔をしないでください。怪我はあれど私はこうして無事ですので」
「無事じゃないわ。こんなに傷だらけになって……」
「それはルルアンナ様もですよ」
大きすぎるせいかずり落ちる外套を丁寧にかけ直して、ミレットは大きくため息を吐いた。
「本当に、ベルガード様が居合わせてくださって助かりました」
「ええ、彼は命の恩人ね。きちんとお礼がしたいわ」
「そうですね。ですが今はご自身の心配をなさってください。城に着いたらきっちりとお医者様に診て頂きますからね」
「ふふ、そうね。でもそれはあなたもよ、ミレット」
ようやく少し肩の力を抜いて、ルルアンナは小さく息を吐く。このような事件が起こってそのままで済むはずがない。これからきっと慌ただしくなることだろう。
今後のことを思い少し憂鬱になりながら、ルルアンナは城までの道のりをぼんやりと過ごした。




