悪意に染まる華
「何なのよ……何なのよ……!どうなってるのよっ!」
パーティでの騒動の後、ルーナは激しく抵抗したため一時的に城の牢に拘束されていた。そしてそこで、重役らしき人間に今後一切この城への出入りを禁じること、皇太子とその婚約者である侯爵令嬢への接触も禁じることを伝えられた。もちろんルーナは反発したが、それらを破れば今度こそ重い罰が下されると言われるだけだった。
重要事項だけ伝えるとその人間はさっさと去っていき、ルーナは騎士達によって邸へと強制送還されたのである。
まだ父親は帰っておらず、自室へと戻ったルーナは怒りに任せて部屋の物を手あたり次第に投げつけていた。派手に響く破壊音に数少ない使用人は巻き込まれまいと姿を隠してしまった。それにすら苛ついて派手な装飾の付いた手鏡を床に叩き付ける。宝石が砕けて飛び散り、鏡は歪んで無数の亀裂が走った。
「おかしい…おかしいわこんなの。今夜は私が主役になるはずでしょ?いつまでも居座る邪魔者を排除して、ようやく私の物語が始まるはずだったのに。何で誰も目を覚まさないの?いつまであんな女に騙されてるのよ!皇太子様も皇太子様だわ!あの女じゃなく私のことを責めるなんて…」
ルルアンナの側に立ち、ルーナに厳しい目を向ける姿を思い出す。その視線はただただ冷徹だった。
「初めて出会ったあの夜は、あんなに優しく微笑んで手を差し伸べてくれたのに。確かに私を熱い眼差しで見つめてくれたのに…。それなのに今日はあんなに冷たい目で私を見るなんて……っ」
怒りと悲しみ、悔しさでルーナの瞳が滲んでいく。
(私達の出会いは運命じゃなかったの?暗闇で彷徨っていた私と、それを助けてくれた皇子様の出会いなんて他にないじゃない。あんな場所をたまたま何の意味もなく皇太子が通るはずなんてないもの。だから私と彼が出会うことが偶然であるはずがないわ)
「……そうよ。やっぱりあの女が全ての元凶なんだわ。いつもいつも私の邪魔をして。侯爵令嬢だもの、お金と権力に物を言わせて裏で色々やっていたに違いないわ。皇太子様にも私の悪口を言ってあることないこと吹き込んでいたんだわ。きっと彼はそうやって洗脳されてしまったのね」
自分の婚約者さえも私欲のままに操るとは、本当にとんでもない悪女だ。彼女を信じた純粋な皇太子がルーナは不憫でならなかった。
「やっぱり私が皇太子様を助けてあげなくちゃ。そして二人で本当の意味で幸せになるのよ。そのためにはやっぱりあいつは邪魔ね……」
すると部屋の外の人の行き来が激しくなり、玄関の方が騒がしくなった。どうやらルーナの父が帰ってきたようだ。
あの邪魔な女の排除のためには父親の手も借りる必要がある。今夜の出来事も説明しなければならない。
ルーナはさっそく彼と話をするために自分の部屋を後にした。
◇◇◇
「くそっ!ふざけるな!」
帰ってきたトライオン男爵は、ルーナと同じかそれ以上に怒り狂っていた。彼も彼で何かあったらしい。
「商売の何たるかも知らない素人どもがこの俺に意見するとは!俺は商売ひとつで貴族にのし上がった男だぞ!」
そう吐き捨てて勢いのまま上着を執事へと投げるように押し付けると、リビングのソファへと乱暴に腰を下ろす。
「俺の商売のやり方には問題があるからその点を改善するまでは取引を停止しろだと!?何が多方から苦情が来ているだ!駆け引きの下手な奴らが勝手に損をしただけだろう!自分の無能さを人のせいにしやがって!」
どうやら彼の強引なやり口が一部から反感を買ってしまったらしい。自分に有利に事を進めるためにやれる手段はなんでもやっていたため、当然と言えば当然の反応ではあった。しかし商人としてプライドの高い男爵からすれば、どれだけ狡かろうと利を得た方が勝ちなのだ。
自分と理由は違えど、貴族相手に苛立っている父親を見て、ルーナは丁度いいと目を潤ませて泣き顔を作ってから部屋へと駆け込んだ。
「うぅ……パパぁ……っ」
突然泣きながら胸に飛び込んできた娘に、トライオン男爵は驚いた顔でその体を受け止めた。
「ルーナ?いったいどうしたんだ」
ルーナはグスグスと泣きながらトライオン男爵を悲しそうに見上げる。
「今日のパーティで、皇太子様の婚約者の人に……ひっく……虐められて……」
「何?」
娘が虐められたと聞いて、男爵の顔が再び険しくなる。
「あの人に嵌められて……一方的に悪者にされたの…っ。私は何もしてないのに、皆あの人のことを信じて。こ、皇太子様も……」
「なんだと?皇太子の婚約者ということは、シャレット侯爵家の令嬢か。まさか、お前が平民出身だからという理由で皆お前を悪者にしたのか?」
「きっとそうだわ。だっていつもその事で嫌味を言われてたもの。私が最初の頃少し騒ぎを起こしちゃったから、あの人はそれが気に入らなかったみたいで、それ以降ずっと嫌がらせされてたの……。でもいつも私が何かしたことにされて、本人は被害者のふりしてたのよ。酷いと思わない?そのせいで皇太子様にまで悪い奴だと思われて……っ」
「表では慈愛に溢れた顔をして、なんと悪どい娘だ。さすがは高位貴族だな。全く……本当に貴族という奴らには碌なのがおらん!褒めるふりをしながら、裏では妬んで引きずり下ろすことばかり考えている。ルーナ、気づいてやれずにすまなかったな。ずっと辛かっただろう」
「ううん、パパのせいじゃないわ。それにさっきの話も聞いてた。だから私許せないの!こんな仕打ちをされたこともそうだけど、パパが今まで頑張ってやってきたことを否定するなんて。皆して何かと理由を探して私達を馬鹿にしたいんだって……!」
悔しそうに訴える娘に、トライオン男爵もその屈辱を思い出したのか顔を歪める。
「だからね、あいつらに仕返ししてやりたいの。私達を馬鹿にしたことを後悔させてやりたいの!後悔させて、自分達が間違ってたって認めさせなきゃ気が済まないわ!」
「気持ちは分かるが、どうするつもりだ?」
「……パパ、アレを私に貸してくれない?」
ルーナのその言葉にトライオン男爵は目を見開く。
「奴らをか?」
「そう。そうすればあいつら全員痛い目みせてやれるでしょ?貴族だろうと関係ないわ」
「しかし……」
渋る様子の父親に、ルーナはさらに言い募る。
「このまま放置すればますます舐められるだけだって、パパも分かってるでしょ?商売はマウントを取った者勝ちだっていつも言ってるじゃない。私達のことを元平民だって甘く見てる奴らに目に物見せてやらなくちゃ!じゃないとこの先私達の居場所はないわ!」
哀れに泣いていたはずの様子はどこへやら、勢い込んで熱弁を振るうルーナにトライオン男爵も感化されていった。
「そうか、そうだな……。お前の言う通りだ。少しでも身を引いた時点で負けたも同然。あんな卑怯な奴らにそれはプライドが許さん」
帰宅時の怒りを思い出したのか、眉間には深い皺が寄り、目にはギラギラした光が宿る。その表情はすでに正常な思考の人間がするものではなかった。
「あんな屈辱は商人になってから初めてだ。権力にあぐらをかいているだけの威張るしかできない貴族どもに少々灸をすえてやろう。ルーナ、お前の望み通りに奴らを貸してやる。存分にやるがいい」
「ありがとう!さすがパパね。パパの分まできっちりお返ししておいてあげるから待ってて!」
にっこりと上機嫌に笑ってみせると、さっそくルーナは計画を立てるためにすぐさま自室へと戻った。
部屋に入るなりすぐに扉を閉め、物が散らばり荒れたままの空間に一人立つ。
「……ふふふ、あははは!」
ルーナはこみ上げる衝動のままに笑い声を上げた。まるで気でも狂ったかのように笑い続ける。
「やったわ…!これであの女も終わりよ。今更後悔したって許さないんだから。ありとあらゆる屈辱を受けて永遠に私の前から消え失せればいいわ」
床に落ちたままの亀裂の入った手鏡には、歪みに歪んだルーナの笑みだけが映っていた




