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秋の収穫祭(2)


フェリオルドと共にあれから何件かの店を回ったルルアンナは、無事目的のものを購入して今は城へと戻る馬車に揺られていた。


「良いものが買えたようだね」


機嫌が良さそうに窓の外を眺めるルルアンナに、フェリオルドも自然と笑顔になる。


「はい、予定通り皆に良いお土産を買うことができました」


ルルアンナが孤児院にと購入したのは木製の皿やカトラリーなどの食器類だった。丈夫な木を使った職人の手作りだというそれらは一つ一つ形や色合いが違うため、型などで均一に作られる陶器やガラス製の物に比べて素朴で温かみが感じられる。孤児院で使われる備品はどれも古い物が多く、食器などはよく子供達が壊してしまうためあって困ることもないはずだ。割れにくいし全体的に丸みのある物が多いので怪我の心配もあまりないだろう。

家族にはリラックス効果のあるアロマキャンドルを選んだ。それぞれ違う香りで、キャンドルの中に色鮮やかな花びらが混ぜてあり目でも楽しめる。仕事や社交で心身共に疲れることが多い両親や兄の癒しになればというルルアンナの願いが込められている。


「街中は本当にたくさんのお店があるのですね。高級店などではなくても、素敵な物がたくさんありました。貴族の行く店よりも日常生活に根差した実用的な物が多く売っていて、彼らの逞しさや勤勉さの一端を知ることができた気がします」


「その通りだね。彼らがいなければ僕達も快適な生活は送れない。国を支えてくれることに感謝をしなければ」


「はい。……おかげで、このような素敵な物にも出会えました」


そう言ったルルアンナのドレスの胸元には、小ぶりなブローチが光っている。繊細な装飾のシルバーの台座に深い青の宝石がはめ込まれたそれは、派手さはないがさり気ない存在感があった。素材自体は高価なものではないため公式の場には向かないが、普段付けるぶんには違和感がないくらい上品なデザインだった。なによりフェリオルドの瞳に似た宝石が使われていることが、ルルアンナが気に入った一番の理由である。

そしてフェリオルドの上着の胸元にも対となるデザインのものが付けられていた。全く同じではないが似たデザインのシルバーの台座に、こちらは澄んだ紫の宝石が使われている。言うまでもなくルルアンナの瞳の色だ。

一つ一つを手作りしているため同じものが一つとしてないという一点ものを売っているアクセサリー店で、お互いの瞳の色に似たこのペアのブローチを見つけた時ルルアンナはすぐにこれが欲しいとフェリオルドにお願いをした。その意図に気づいた彼が否やを言うはずもなく、二人はお互いの色のブローチを買ってその場で相手に贈り合った。貴族の店で扱っている商品のような高級感も豪華さもなく、素材も安価なものだというのに、この瞬間の二人にとっては何より魅力的な物に思えた。


「普段使いする分には問題ないと思うので、目立たないところにいつも身に付けておこうと思います」


「そうか、なら僕もそうしようかな。公式な行事や要人を迎える時でもなければそう咎められることもないだろうから」


「ふふ、私とフェリオ様でお揃いですね。いつも一緒な気がして嬉しいです」


「そうだね、この色を見るとすぐに君が思い浮かぶ」


二人でそれぞれのブローチを見比べ、相手の瞳を見つめる。そっくりなその色合いを身に付けていることに、不思議なほどの充足感を感じた。これは自分の、自分達だけの特権だ。


「夜のパーティも多くの貴族が集まるから色々あるかもしれないが、あまり気にせず収穫祭の余韻を楽しんでほしい。今夜は公式な夜会ではなく、あくまでお祭りのパーティだからね」


「そうですね。せっかくの年に一度の行事ですから、余計なことは気にせず楽しみたいです」


何事もなく終わるとは二人とも思っていないが、それを抜きにして純粋に楽しみたいというのも本心だ。ワクワクと浮き立つ気持ちと、ほんの少しの緊張感。

今日の夜、きっと何かが大きく変わるだろう。




◇◇◇




城に着いた後は、夜のための準備で非常に目まぐるしい時間となった。公式の場ではないとしても、貴族が集まる場所で侯爵令嬢であり皇太子の婚約者でもあるルルアンナが下手な格好をするわけにはいかない。誰より高貴で美しく、令嬢達の手本となる存在でなくてはならないのだ。

肌も髪も丁寧に手入れをし、化粧を施して、ドレスや装飾品を身に付けていく。ドレスはもちろん『サロン・ベル・ローズ』で誂えたロイヤルブルーのものだ。僅かに光沢のある滑らかな生地に、胸元や袖、裾にバランスよく小粒のダイヤモンドが散りばめられている。動くたびにキラキラと繊細に煌めく星空のようなドレスは、ルルアンナの白い肌にもプラチナブロンドの髪にもとても良く映えていた。


「本当に、とてもお美しいです。まるで夜の女神のようですね」


最後にダイヤモンドのネックレスとイヤリングを付け終えると、支度を手伝ったミレットが感嘆の溜息を吐いた。城の他のメイド達もうんうんと頷いている。


「ありがとう。皆が心を込めて丁寧に支度をしてくれたおかげよ」


そう言って微笑むルルアンナは眩いほどに美しかった。胸の前で祈るように組まれた腕は、肘の部分まで繊細な刺繍が施された純白の手袋に包まれている。艶のある濃い紫のパンプスを履いて部屋の中を歩き回り、ルルアンナが全体の具合を確かめていると、ノックの音が響きメイドが対応に出る。


「やあ、ルルアンナ。準備は終わったかい?」


「フェリオルド様!はい、今終わったところです」


やってきたのはルルアンナを迎えに来たフェリオルドだった。紺色の生地に襟や袖を金色のラインで縁取られた正装に身を包み、胸元にはルルアンナの瞳と同じヴァイオレットのタイを飾っている。深い色味とシンプルなデザインが、より彼の容姿を華やかに、そしてスラっとした長身を優美に見せていた。

そんな彼に見惚れていたルルアンナの姿を見て、フェリオルドは一瞬目を見開いてから蕩けるような笑みを浮かべた。


「ああ…、とても綺麗だ。言葉では言い表せないほどに。どんな賞賛の言葉も今の君を表現するには到底足りないよ」


「ふふ、ありがとうございます。フェリオルド様も本当に素敵ですわ。思わず見入ってしまいました」


ルルアンナのすぐそばまで歩み寄ったフェリオルドは、その完璧な仕上がりを乱さないようそっと頬に手を添える。見上げてくる宝石のごとく美しい瞳は、いつも以上に光を含んで輝いていた。


「こんなに美しい君のパートナーであれることが誇らしい。……が、同じくらい今の君を他の者達になど見せたくないと思ってしまうな。私だけが愛でていたい」


「そ、それは私も同じです。こんなに素敵なフェリオルド様を見たら、皆心を奪われてしまいそうです」


甘さを含んだ眼差しと言葉に頬を赤く染めながらも、ルルアンナも同じように言葉を返す。憶測でもなんでもなく、未だ彼を密かに慕っている令嬢達が多いのは事実なのだ。ルルアンナという正式な婚約者がいるから表立ってそれを見せないだけのことである。


「心配しなくても君以外の者など眼中に入らないよ。私が愛おしく思うのは後にも先にもルルアンナだけだ」


「フェリオルド様……」


深い青の瞳に見つめられてうっとりとしていたルルアンナは、周囲からの視線にハッと我に返る。ある程度は二人のやりとりを見慣れているはずのメイド達だが、顔を赤らめ恥ずかしそうにしていたり、または憧れるような視線を向けていたりと反応は様々だった。共通しているのは誰も視線を逸らさずガン見しているということである。正直見ない振りをしてほしい。


「ルルアンナ様、フェリオルド殿下、そろそろお時間です」


さすがというべきか、一人平然としているミレットが時計を見て二人に移動を促す。パーティの開始時刻はすぐに迫っていた。


「そうだな、もうほとんどの貴族は会場入りしただろう。あまり待たせるのもなんだし、私達も行こうか」


「ええ。それじゃあ、あなた達もせっかくの収穫祭を楽しんでね」


「はい、ありがとうございます」


「いってらっしゃいませ」


ミレットを含めメイド達全員が頭を下げて二人を見送る。パーティの会場に集まるのは爵位のある貴族達だが、使用人や裏方の係りの者達も裏の別の場所で同じように料理や飲み物を楽しむことができる。恵みに感謝するという秋の収穫祭だけの特別な計らいである。そのため会場には立食形式ですでに料理や飲み物がテーブルに準備されており、給仕の必要はない。今日だけは分け隔てなく誰もが楽しむための祝祭なのだ。

最後にミレットに小さく手を振ったルルアンナは、フェリオルドに手を引かれてパーティの会場へと足を向けた。


いよいよ、収穫祭最後のイベントの始まりである。



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