お茶会のその後(2)
一方のルルアンナはというと、帰宅した途端お茶会での出来事をすでに聞いていたらしい家族から総出で出迎えを受けた。皆心配していたのがありありと分かる表情で、尖っていたルルアンナの気持ちは瞬く間に凪いでいった。
「おかえりなさい、ルルアンナ。お茶会で騒ぎがあったって聞いて心配したのよ」
なぜかすでにうっすら涙目になっている母のサラディアがギュッとルルアンナを抱きしめてくる。ルルアンナが心配になるほど純粋なこの母は、猫を被る時の自分が参考にしている相手でもあった。
「相手はハンネス伯爵家だそうだな。怪我はなかったか?」
「そうだよ。何もされなかったかい?」
父のケイオスと兄のフィニアンも心配そうにしながら、ルルアンナの体に異常がないかぐるりと見て確かめている。仕事や当主として動くときはやり手で厳しいと評判のケイオスは、妻や子供達には非常に優しい家族大好き人間だ。兄のフィニアンに至っては、周囲に隠すことすらしないシスコンである。
ルルアンナは己の本当の姿を家族にすらも見せてはいない。それでも自分のことを大切にして愛してくれる彼らのことが大好きだった。いや、大好きだからこそ、彼らには見せられなかった。きっと彼らは本当のルルアンナを知っても、驚きこそすれ嫌いになったりしないだろう。しかし、そのせいでルルアンナに降りかかる面倒事に巻き込んでしまうのは彼女の本意ではない。自分と違って本物の優しさと清き心を持つ彼らにはいつも幸せに笑っていてほしい。
「旦那様、急くお気持ちは分かりますが、まずは落ち着けるようにリビングへ移動なさってはいかがでしょうか。お嬢様もお疲れのようですし」
共に出迎えた後は家族の背後にひかえていた執事のギルフォードがやんわりと口を挟む。その言葉に三人はハッとしたようにルルアンナを中へと促した。
「まあ、本当ね。ルルアンナは疲れているのに私ったら…」
「すまん。気遣いが足りなかったな」
眉を下げる両親の後ろでフィニアンがギルフォードにお茶の用意を頼んでいる。改めて我が家に帰ってきたのだと実感したルルアンナはふっと安堵の溜息を吐いた。
◇◇◇
リビングへと移動し、二人掛けのソファへと腰を落ち着けたルルアンナはようやく体の力を抜いて背もたれに寄り掛かった。隣にはサラディアが座り、ケイオスとフィニアンは向かい側のソファへと並んで着席した。
話を聞きたそうにしつつも急かしては悪いと思っているのか平静を装っている家族に、ルルアンナはおかしくなって思わず口元が緩んでしまう。そしてあまり深刻に捉えられないように気を付けながら、でも少し傷ついたのだと匂わせながら今日の出来事を説明していった。
それほど長くない説明が一段落した頃、ギルフォードと侍女長のジュリアがお茶とお茶菓子を運んできた。紅茶の良い香りが漂い、クリームとフルーツが添えられたシフォンケーキがテーブルに並べられる。シャレット家には料理専門のシェフとスイーツ専門のパティシエがそれぞれおり、クオリティがかなり高い。ルルアンナは自分の家で出されるシフォンケーキが大のお気に入りだった。
「わぁ、苺とチョコレートとふたつある!私の好きな味を用意してくれたのね」
「お茶会ではあまり楽しめなかったでしょう?好きなだけお食べなさい」
「ルルアンナ、僕の分もあげるよ」
フィニアンがプレーンのシフォンケーキが乗った皿をルルアンナの方へと押しやってくる。そんなに食べたら太ってしまうかも、と考えたのは一瞬で、後で軽く運動しようと決めてお皿を受け取った。
生クリームを乗せてふわふわとしたスポンジを頬張ると、口の中に優しい甘さと香りが広がっていく。添えられていた真っ赤なルビーベリーも甘酸っぱくて絶品だ。
幸せそうにシフォンケーキを食べるルルアンナを皆が微笑ましそうに見守っていたが、しばらくしてフィニアンが眉を顰めてため息を吐いた。
「こんなに可愛くて良い子のルルアンナをいじめるなんて頭がどうかしているよ」
「きっと容姿端麗で知的で品もあるルルアンナに敵わないからと妬んでしまったんでしょうね」
憂いの溜息を吐きながらさりげなく相手を貶している兄と母に、なんとなく血の繋がりを感じてしまうルルアンナだった。
「よりによって僕の仕事が休みの日にこんなことが起きるなんて。どうして僕は今日登城しなかったんだ…!」
頭を抱えるフィニアンは実はフェリオルドの側近の一人だったりする。剣の腕はまあまあといったところだが、頭の回転は速く記憶力も良いので参謀として皇太子のために日々力を尽くしている。
「やはりこれからはもう休むことをやめよう」
大事な妹が絡むと途端に残念な感じになってしまうが、普段は冷静沈着で知的な紳士として名が通っているのだ。ルルアンナにとっては自慢の兄である。
「お兄様、お休みはきちんと取らないと体を壊してしまいますよ」
「じゃあルルアンナが登城する日だけ休むのをやめるよ」
「もう、お兄様ったら……」
心配してくれるのは嬉しいが、そのせいで業務に支障が出ては大変だ。
「ルルアンナ、こいつのコレはもう病気のようなものだ。今更どうにもならん。それより、ハンネス伯爵家の娘がそんな人間だったとはな」
「伯爵夫人とは夜会などで何度か会ったことはあるけど、おとなしい感じの女性だったわ」
「ハンネス伯爵もごく普通の人だし、問題なのは娘だけということか。今まで療養していたと聞いたが、大方皆で甘やかしていたのだろう」
腕組みをしたケイオスが呆れたように溜息を吐く。
「そんな奴が一度怒られたくらいで変わるものかな?」
「さあな、ご両親がきちんと教育しなおしてくれることを願うしかない」
「まあ、よほどの馬鹿でもなきゃそんな娘をまたすぐに社交の場に出したりはしないだろうけど…」
難しい顔で話し合っている家族をルルアンナはケーキをつつきながら眺める。自分も無関係ではないのに、やはり安心する場所に戻ってきたせいか他人事のようにぼんやりと意識を漂わせてしまう。結果、黙々と食べ進めることとなったルルアンナが全てのケーキを食べ終えると、それに気づいたサラディアがそっと肩に手を置いた。
「おなかも満たされて落ち着いてきたでしょうから、少し部屋で休んではどうかしら。色々あって体も心も疲れているでしょう?」
「それがいいよ。食事の時間になったら呼びに行くから休んでおいで」
「うむ、こういう時は休養が一番だ」
確かに気が抜けたせいで精神的な疲労感が徐々に押し寄せてきている。ここで意地を張る意味もないので、ルルアンナは家族の言葉に甘えることにした。
「では、少し部屋で休みます。お父様、お母様、お兄様、ありがとう」
優しい顔で手を振る彼らに小さくお辞儀をして、ルルアンナはリビングを後にした。