幼稚な悪意(2)
先程まで話題に上っていた相手との遭遇にルルアンナは驚いたが、目を見開いてこちらを見ていることから相手にとっても予想外のことだったようだ。
驚きを表に出すことなくルルアンナはニコリと微笑みかけた。
「こんにちは、ルーナ様。お城でのお茶会の時以来ですね」
「こ、こんにちは。そうですね、あの時は失礼いたしました。どうやら緊張しすぎてしまったみたいで」
最初こそ少し戸惑った様子だったが、すぐにルーナは気を取り直したように同じく笑顔で返してきた。
「えっと、ルルアンナ様はお買い物ですか?」
たった今ルルアンナが出てきた建物をジッと眺めながらルーナが尋ねる。
「ええ、もうすぐ収穫祭ですから、そのための身支度などの準備があるのです」
「まあ!」
ルルアンナの言葉に、何故かルーナは大げさに驚いたような顔をする。そして少し顔を歪めてキッと強い視線を向けてきた。
「ここって、とても高いお店ですよね?皇族や上位貴族の中でも選ばれた人しか利用できないような。こんな高いお店でルルアンナ様は日常的にお買い物をしているんですか?それって少し贅沢なんじゃないでしょうか」
責めるように言われた言葉にルルアンナはパチリとひとつ瞬きをする。この女は何を言っているのか。
後ろに控えているミレットが小さく舌打ちするのを聞きながら、ルルアンナは不思議そうに首を傾げてみせた。
「日常的にと言うほど頻繁にここで買い物をするわけではありませんが、何かいけないでしょうか?」
「そんなことも分からないなんて!貴族が浪費家で贅沢好きというお話は本当だったのですね」
ルーナはまたも大げさに嘆いてみせ、ルルアンナを非難するように見る。芝居がかった大きい声を出すせいで、周囲にいた何人かが何事かというようにこちらを見ていた。
この通りには貴族御用達の高級店が多く、一般の店が立ち並び常に賑わっている街の中心地よりは人が少ない。しかし全くいないわけでもなく、落ち着いた静かな通りだからこそルーナの声はその場にいる人々に良く響いた。
「帝国民の人達が一生懸命働いて納めた税金で貴族は生活しているのに、それを自分の贅沢のために好き勝手に使うなんて!心が痛まないんですか?それとも自分が良ければ身分が下の者達なんてどうでもいいんですか?」
まるで自分が正義であるかのようにルルアンナを糾弾するルーナに、なるほどと心の中で笑う。
こうして贅沢好きの傲慢な貴族にルルアンナを仕立て上げることでさらに彼女の悪評を立て、自分はそれを諫めようとする善良な貴族という印象を植え付けたいのだろう。この辺りにいる人々は少なくとも一般の帝国民よりは裕福だ。少しでも影響力のある人間を味方にしたいと見える。
なんとしてもルルアンナを悪者にしようと何度失敗しても諦めないその心意気にはある意味感心するが、やはりまだまだ甘い。
「ルーナ様は何か誤解なさっているようですが、贅沢というのはある意味貴族の義務でもあるんですよ」
「はあ?」
何言ってんだこいつとでも言いたげな表情で、ルーナはルルアンナを睨みつける。
「ふざけているんですか?また私が元平民だからって馬鹿にしているんですか?」
「あら、ふざけてなどおりませんわ」
怒りを露わにするルーナに対して、あくまでルルアンナは笑顔を崩さない。
「贅沢イコール悪いことのように捉えられがちですが、私達貴族がする贅沢には意味があるのです。そもそも世の中の経済を回すためにはどういったことが必要だと思いますか?」
「え、どうって……」
突然の質問にルーナは勢いをなくして口ごもるが、一応は商人の娘である。答えが分からないわけではなかった。
「それは、お金を使うとか……」
「ええ、その通りです」
良くできましたというようにルルアンナはニコリと微笑む。
「お金のない人が少額を使ったところで経済に影響はほとんどありません。ですから財力のある私達貴族が定期的に高額なお金を使うことで世の中のお金を回しているのです。そしてそれは、結果的に税金を納めて下さっている方々の助けにもなっていきます」
「は?どこが……」
「こういったお店で私達が買い物をすることで、まずお店にお金が入ります。そしてそれは、服や装飾を手掛ける職人、それらの材料となる物を作ったり採ったりする人々、材料を加工する人々、加工するための道具を作る人々、というように多くの働き手へと繋がり、彼らが生活していくための賃金となるのです。物が売れなければ彼らは仕事を失ってしまいます」
ルルアンナの言葉にルーナは言い返そうとするも、何も言葉が出てこなかった。誰が聞いても真っ当な意見であり、正論だからだ。
「そしてそういった職人の方々の技術を絶やすことなく、発展させていくことにも繋がっていくのです。技術や伝統が失われないように守っていくためには、需要が無ければなりませんから。そういうものは得てして高額になりがちですから、一般の方々が購入するのは少々大変です。日々の生活に必要が無ければ尚更ですね。ですから、お金があり、そういった物を使用する機会の多い私達貴族がこうして買い物をするのです。決して意味のないことでも無駄な浪費でもありません。まだ貴族になったばかりのルーナ様には分からないかもしれませんね」
「………っ」
せっかくルルアンナの行いを責める理由ができたと思ったのに、あっさりとそれを覆され、さらには言外に無知であることを指摘されて、ルーナは羞恥と悔しさで顔を真っ赤にした。
なぜいつも上手くいかないのか。どうしていつも自分の方が恥をかくのか。ただ侯爵家に生まれというだけで苦労も知らずのうのうと生きてきただけの女に、なんで自分は勝てないのか。
先程まで様子を伺うように見ていた周囲の人間達は、今はルーナに呆れたような視線を向けている。それは自分ではなくあの女に向けられるはずだったものだ。
「また、そうやって馬鹿にして……っ」
負け惜しみのようにそう言うのが精一杯で、ルーナは唇を噛み締めた。
そんな彼女をルルアンナは少し困った顔で見つめる。
「前回もですが、今回もルーナ様を馬鹿にしているつもりはありません。知らない方が後々困ると思ったのです。それにあなたがここにいるのも、何か買い物をするためだからではないのですか?」
「それは……」
ルルアンナの言う通り、ルーナがここにいるのも買い物をするためであった。しかしその買い物に関して相手に苦言を呈したばかりの状況で、それを認めることは憚られた。しかもルーナは当初ルルアンナと同じ『サロン・ベル・ローズ』でドレスを買うつもりだったのだ。しかし伝統と品格を重んじる由緒正しい家門であることを顧客に求めるこの店に、つい最近まで平民だった新興貴族のルーナは門前払いされてしまったのだ。その悔しさも相まって、自分のことを棚上げして相手を責め立てていたなどとうてい言えるはずがなかった。仕方なくランクを下げた店で買い物を済ませたということも。
ちなみに『サロン・ベル・ローズ』は基本的には格式を重んじる店だが、意味もなく名声だけに括って顧客を選んでいるわけではない。伝統ある家門は振る舞いも人間性も貴族の手本となるようなきちんとした人間がほとんどだ。逆に下位貴族や新興貴族の方がなけなしの権威を笠に着たり、調子に乗って横暴な振る舞いをしたりと品位の欠片もない人間が多い。下位貴族でも顧客の貴族からきちんと紹介された相手ならば、店側も断ることなく丁寧に対応する。つまりは自身の店に相応しい人間かを見ているのであり、身分の貴賤の問題ではなかった。
ルーナは例の噂のこともあり、たびたび騒ぎを起こす問題児と見られていたのだ。もちろん本人はそれを知る由もない。
「貴族でない方々から見れば、私達が常に贅沢をしているという印象を持つのもある意味仕方がないことだと思います。もちろん本当に意味のない贅沢をしたり、必要以上に大金を浪費したりする者がいないとは残念ながら言えません。しかし皆がそうではないことを知っておいてほしいのです。あなたも貴族としてこれからは、人々の生活を支えていくために行動していくことになるのですから」
無言のまま俯くルーナに、彼女のお付きらしき女性が後ろでオロオロとしているのが見える。その困っている様子に、ここら辺が潮時かとルルアンナも小さく息を吐いた。これ以上自分の時間を割くのももったいない。
「色々と言ってしまってすみませんでした。ですがあなたを嫌ってのことではないということは分かって頂けたらと思います。それでは、この辺で失礼しますね」
軽くお辞儀をしてみせると、ルルアンナは未だピリついた空気を纏うミレットを促して、今度こそ侯爵家の馬車が停めてある場所へと歩いて行った。
後には、俯いた状態のまま、前髪の隙間から憎々し気にルルアンナを見つめるルーナと怯えるお付きの女性だけが残されたのだった。




