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幼稚な悪意(1)


城のお茶会からしばらく経ち、秋もだいぶ深まってきた頃。帝都の街並みはにわかに活気づき始めていた。その主な理由は、一か月後に行われる大きな行事、秋の収穫祭があるためである。

春の感謝祭と対になっている二大行事であり、感謝祭が皇族中心となって帝国民達を楽しませる行事であるのに対し、収穫祭は帝国民が屋台や店を出し、一年の実りを神や皇族に感謝しもてなす行事である。もてなすといっても皇族が回る店は毎年事前に抽選で決められており、それが終われば他の人々も自由に楽しむことができる。この時期にしかお目にかかれないご馳走や特産品などもあるため、貴族平民関係なく多くの人々が訪れる賑やかな行事だ。

そして夜にはちょっとしたパーティが開かれ、収穫祭で献上された物をふんだんに使用した料理が振る舞われる。厳しい冬を迎える前の、人々が楽しむ最後のイベントとも言える。今年も大いに盛り上がることだろう。


皇太子の婚約者であるルルアンナも、収穫祭の最初のイベントである皇族へのもてなしに共に参加することになっている。その準備として現在彼女は行きつけである『サロン・ベル・ローズ』へと訪れていた。


「やっぱりこの青いドレスが素敵ね。色も深みがあってとても綺麗」


「ええ、それにルルアンナ様のプラチナブロンドの髪にも美しいヴァイオレットの瞳にもよくお似合いです」


深みと微かな光沢のあるロイヤルブルーのドレスを手に、ルルアンナはどこかうっとりとした様子で鏡を見つめた。それを流れるように褒めるミレットの横で、この店の店主でもあるローズが楽しそうににんまりと笑う。


「まさに皇太子殿下の瞳の色ともピッタリですしね~」


その言葉にたちまちルルアンナの頬が恥ずかしそうに色付いていく。


「だ、だって……フェリオルド様の瞳の色にあまりにもそっくりなんですもの。どうしても目が離せなくなってしまって。当日はフェリオルド様も私の瞳と同じ色のタイをしてきてくださると言うし……」


「まあ、相変わらず仲睦まじいご様子で安心致しました」


店内中の人間が微笑ましそうに見てくるので、ルルアンナはますます火照ってくる顔をパタパタと手で扇いだ。


「えっと、それじゃあドレスはこの色でお願いするわ。それと小さいダイヤモンドを胸元と裾の方に散りばめたいのだけど」


「まるで夜空に煌めく星のようでとても素敵ですね!ルルアンナ様の気品を引き立てる一着に仕上げてみせます」


「このお店の腕は信用しているから楽しみにしているわ」


それから事前に必要な打ち合わせや使う宝石の色味や形を吟味していき、気づけば店を訪れて結構な時間が経っていた。


「あら、いつの間にかこんな時間になっていたのね。次の予約に差し支えていないかしら?」


「大丈夫です。ルルアンナ様の予約が入っている日は他の方の予約は取っていませんので」


「まあ、そうだったの?」


「もちろんですよ。ルルアンナ様には心ゆくまで当店の商品をご覧になって頂きたいですからね」


「ありがとう。あなたの心遣いのおかげでいつも素敵な時間を過ごしているわ」


ローズの配慮にルルアンナは心から感謝を述べた。そして、ふとつい先日アマンダから聞いた噂について思い出す。皇太子妃候補としてライバル同士であった彼女は今は良き友人として付き合っており、その彼女から面白い話を聞いたと教えられたのだ。


「そういえば、最近面白い噂が流れているみたいね」


「ルルアンナ様、ちっとも面白くありません」


唐突に話し始めたルルアンナの言葉に、ミレットがムスッとした表情で返す。ローズは一瞬ぱちりと目を瞬かせたが、すぐに思案するように視線を俯ける。


「……もしかして、下位貴族の間で流れているルルアンナ様の噂の件でしょうか?」


「ええ、やっぱりローズの耳にも入っていたのね」


「まあ、うちの店にいらっしゃるお客様は噂好きなご令嬢やご婦人が中心ですからね」


ローズは困ったように笑うと、すぐにその表情を苦いものへと変える。


「初めて聞いた時は驚きましたし、そんな噂を流すなんてと怒りも覚えました」


「確か、私がフェリオルド様に助けられたあるご令嬢に嫉妬して、色々な嫌がらせをしたり大勢の人の前で嫌味を言って馬鹿にしたりしたんだったかしら?」


「あるご令嬢だなんて、どう考えても指しているのは一人ですし、そんな噂を流したのも本人しかいませんけどね」


ミレットは忌々しそうに呟き、ルルアンナ本人よりも怒りを露わにしている。余程頭に来ているのだろう。


「まあ、下位貴族と言っても本気でそれを信じているのはごく一部ですし、それもルルアンナ様と直接関わりのない家門ばかりですが。大半は半信半疑のようですし、上位貴族達に至っては相手にもしていないようです」


「上位貴族の方々は皇室ともルルアンナ様とも関わる機会が多いですからね。ルルアンナ様がどんな方か知っているなら、そのような出鱈目な噂を鵜吞みにはしないでしょう」


ローズもミレットの言葉に頷いており、はなから噂の内容など信じていない様子だった。


「ありがとう、二人とも。私は私にとって大切な人達が信じてくれるなら、どんな風に言われたって構わないわ」


「ルルアンナ様は寛大過ぎるのです!それにルルアンナ様が構わなくとも私が構います。大切な主を好き勝手言われるなんて我慢なりません」


「ミレットさんの言う通りですよ。ルルアンナ様が大切に思って下るように、ルルアンナ様を大切に思っている方々も多くいるのですから。その方達にとっては許しがいことでしょう。もちろん私も許せません」


思いのほか熱弁され、内心でルルアンナは驚いていた。正直、不快ではあるがあまり強く気にしていなかったのは本当だ。いずれ排除する存在なのだからそれまで勝手にさせておけばいいと。しかしルルアンナの周囲はそうではないようだ。そこまで想われていることに少しのくすぐったさを感じる。


「確かに大切な人を悪く言われるのは誰だって良い気はしないわね。あなた達の気持ちも考えずに軽く見てしまっていたわ。ごめんなさい」


「あ、謝らないでください!私こそ差し出がましいことを言い過ぎました」


何故か互いにペコペコと頭を下げている状況に、互いに顔を見合わせてクスリと笑う。


「侯爵家の者としても、そして皇太子の婚約者としても軽んじられるのは看過していいことではないものね。もう少し気を引き締めて対応するわ」


「でもお一人で無理は禁物ですよ。ルルアンナ様には味方がたくさんいることを忘れないでくださいね」


「まあ、皇室という最強の後ろ盾もありますしね」


しれっと言うミレットの言葉に、確かにと皆で笑ってしまった。


「大丈夫だとは思いますけど、これ以上噂が悪化したり変な方向に行かないよう私も様子を見ておきます」


「ありがとう。ローズの情報網は素晴らしいから頼りになるわ」


そう笑顔でお礼を言って、さすがにそろそろ帰ろうと退店の準備を始めた。ミレットが素早く荷物をまとめ、注文書など必要書類も揃える。店員達も素早く店内を片付けて見送りの体制を整えた。


「ドレスができ次第、最終確認のためお呼びします。問題が無ければそのまま後日お邸の方までお送りしますので」


「ええ、よろしくね。完成を楽しみにしているわ」


店の店員達に笑顔で見送られ、ルルアンナはミレットと共に『サロン・ベル・ローズ』を後にした。

そのまま侯爵家の馬車を停めてある場所に向かおうと歩き出した時。


「あっ……」


後ろから思わずといった様子で聞こえてきた声に、二人揃って顔を向ける。

するとそこには、噂をすればなんとやら。先程まで話題になっていた件の男爵令嬢の姿があったのだった。



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