目障りな女(2)
目の前で優しげに微笑む女に、ルーナの心は嵐のごとくかき乱されていた。
気に食わない。気に食わない……!
こんな、何の苦労もしてなさそうな見てくれだけの女が、自分の欲しいものを全部持っているなんて。世界はなんて不公平なのか。
ルーナがこの場に来るために何をしてきたのか、この女は何も知らないだろう。
城で三度目の騒ぎを起こしたあの日から、ルーナは父親であるトライオン男爵が一緒でない限り城へと立ち入ることができなくなった。これでは皇太子との接点が本当に無くなってしまうと感じたルーナは、新たに人脈を作ることにしたのだ。
父親が商談で繋ぎを作った家門からお茶会の招待状を持ち帰ってくるので、ルーナはそれに片っ端から参加した。ほとんどが同じ男爵家か、家格が近い子爵家ではあったが、上位貴族のように強い権力や影響力がない代わりに、下位貴族は数が多かった。もちろん全ての下位貴族に会ったわけではないが、それなりの人数の令嬢達と知り合いになり、交流を持てるようになった。
そしてルーナはその中でも自分の役に立ちそうな家を彼女なりに見極め、そういった家の令嬢達には自らお茶会に招待した。そして家に来た彼女達に自分が貴族入りするまでの苦労や、貴族入りしてからの上位貴族達の心無い対応などをまるで悲劇のヒロインのように話して聞かせた。さらには皇太子殿下との運命的な出会いをした初めての夜会のことも。令嬢達は物語のようなその話を興味津々な様子で聞き入った。お茶会の最後にはお土産としてトライオン商会で扱っている宝石をプレゼントしてあげれば、彼女達はすっかりルーナの味方だった。もちろんそこまで高価な価値のある宝石ではないが、所詮は貴族といえど末端の者達だ。そこまで詳しいことは分からないだろう。
そうやってルーナは少しずつ人脈を増やし、ついには皇室主催のお茶会にも出入りできる家門の令嬢と繋がりを作って、そのお茶会に同行することに成功したのである。
この機会にルーナは今度こそ皇太子とさらにお近づきになろうと、それが叶わなくとも他の皇族達と繋がりを持とうと意気込んで今回のお茶会へと参加した。それなのに、肝心の皇太子はおらず、お近づきになりたい皇后や皇女はルーナに見向きもせずに婚約者だとかいう女をチヤホヤしている。
今までルーナがやってきたことを無駄だと一蹴された気がして、その努力も否定された気がして、ルーナの怒りは一層強く燃え上がった。
(ただ侯爵家に生まれたってだけで、ちょっと顔が綺麗だっていうだけで、たいした苦労もせず皇太子の婚約者になれるってわけ?)
自分は平民に生まれて幼いころに母親も家を出ていき、商会が成功するまではたいした暮らしもできなかった。やっと家が裕福になっていい暮らしを手に入れて、平民から抜け出し貴族となり、憧れの生活が始まるのだと期待もした。新入りとして少々理不尽な思いはしたが素敵な王子様と出会い、物語のヒロインのような夢のロマンスが待っていると幸せな気持ちだったのに。なぜこんなに上手くいかないのか。なぜ邪魔が入るのか。
ルルアンナがフェリオルドの婚約者に選ばれた日からどれほどの努力を続けてきたか知らないルーナは、ただただラッキーなだけの女だとその存在を妬んだ。
今ルーナの前で聖女のごとき純真無垢な微笑みを向けてくるこの女は、その仮面の下でルーナを馬鹿にしているのだ。こちらを見る瞳の奥に優越感が滲み出ているのがルーナには分かるのだから。格下の貴族の小娘など、相手にならないと思っているに違いない。
(ふん、いいわ。そうやって余裕ぶっていられるのも今のうちよ)
何故ならこれは、ルーナと皇太子殿下が無事に結ばれ幸せになるための試練なのだから。運命の恋ならば、簡単に成就してはつまらない。昔読んだ恋物語のように、数々の障害を乗り越えてこそ、真実の愛と永遠の幸せを得られるのだ。この女はその乗り越えるべき障害のうちのひとつに過ぎない。ルーナが自分の力で邪魔するもの全てを跳ね除け、成長していくための踏み台だ。
皇族が味方に付いているのは少々厄介だが、きっと何とかなるだろう。方法などいくらでもあるのだから。
しかし、そうは言ってもここまで見下されるのは腹が立つ。周囲はルルアンナの纏う柔和な雰囲気に騙されているのだろうが、だからといってなぜ誰も彼もが彼女に好意的なのか。少しくらいあの女の本性を見抜ける人間はいないのだろうか。
(ならば私が暴いてみせるまでよ)
ルーナはルルアンナの目の前に立ったまま、急にグスッと涙ぐんで見せた。
「ルルアンナ様も私のことを貴族としてふさわしくないとお考えなのですね……」
「まあ、どうしてですか?」
不思議そうに首を傾げるルルアンナに、ルーナはさらにワッと顔を両手で覆って俯く。
「だって…さっきの言葉は遠回しにロージア様の言葉を肯定しているようだったし、仕方ないとは言ってもそんなことないとは言って下さらなかったじゃないですか。きっと内心では私を馬鹿にしているのでしょう?」
「ル、ルーナ様……!」
付き添い人であるハニバル子爵令嬢が顔を真っ青にして諫めるようにルーナのドレスを引っ張るが、ルーナはそれを無視した。
案の定、ロージアが目を吊り上げる。
「ルルアンナ様に対してなんて失礼な!ご自分の被害妄想を押し付けないでくださる?そうやって常に他人のせいにして生きてきたのかしら」
ロージアの言葉には正直腹が立つが、そうやって責めれば責めるほど、周囲からルーナは可哀そうな令嬢に映るだろう。集団でいじめていると思わせれば、ルルアンナの評判も落ちるかもしれない。
「落ち着いてください、ロージア様」
しかしルルアンナはあくまで冷静だった。少し戸惑ったような顔をしながらも、穏やかな声で、しかし周囲には聞こえるくらいの大きさで話をする。
「どうやらあなたに誤解をさせるような言動をしてしまったようですね。決してあなたを貶めようというつもりはありません」
「でも……」
「確かにルーナ様の行いを肯定することはしませんでしたが、それはその行いが正しくないからです。間違っていることを肯定または容認してしまっては周囲に示しがつきませんし、何よりあなたのためにならないでしょう?誰かが間違っていると教えなくてはいつまでもそのことに気づけません。結果、恥をかくのはルーナ様です。そうならないためならば、多少の憎まれ役になるくらいはなんでもありません」
「……っ」
きちんと説明の入った見事なその返しに、グッとルーナは言葉を詰まらせた。逆に周囲はルルアンナの寛大な対応と、相手を選ばない優しさに感嘆している。
「さすがルルアンナ様だわ。下位の貴族相手でも分け隔てなく対応していらっしゃるのね」
「礼を失する相手でも優しさを忘れないなんて、本当に慈悲深くていらっしゃる」
そんな周囲の様子にミュリエルもロージアも誇らしげな顔をした。
「さすがですわ。私もルルアンナ様のような淑女の鏡になるにはまだまだですわね」
「ルル姉様より素晴らしい女性なんてそうそういないものね」
「まあ……過分なお言葉ですわ。ですが、ありがとうございます。これからも精進してまいりますわ」
口々に褒められ、少し恥ずかしそうに、けれどどこか嬉しそうにルルアンナが笑う。
相手の評判を下げるどころかむしろ上げる結果となったことにルーナは怒りで肩を震わせた。そんな彼女を見て、ルルアンナが内心呆れていることになど当然気付くはずもなかった。
ますます居づらくなった状況に、ハニバル子爵令嬢は一刻も早くここを去りたいとルーナに耳打ちする。
「ルーナ様、とりあえずこの場は謝罪してここから離れましょう」
その言葉に悔しそうにしつつも、ルーナもこれ以上ここにいてもどうしようもないと分かっているのか、素直に頷いた。
「ルルアンナ様、失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした。感情が不安定でついあのようなことを……」
「いいえ、きっと精神的にも色々とお疲れなのでしょう。少しお休みなってはいかがでしょうか」
「……はい、お気遣い感謝します」
「で、では私達はこの辺で失礼させていただきます」
ハニバル子爵令嬢に連れられるようにしてルーナはその場を離れた。
「ルーナ様、さすがに先ほどの行動はいけませんわ」
「ごめんなさい、緊張と不安で冷静になれなかったの。招待してくれたあなたにも迷惑をかけちゃったわ。お詫びに最近うちで仕入れたばかりの新作ネックレスをプレゼントするから許してくれる?」
「あら、良いのですか?まあ……誰にでも失敗はありますものね。次からきちんと気を付けてくださればいいのです」
「ふふ、ありがとう」
内心ちょろいと思いながらもルーナは笑顔で礼を述べた。途中で少しだけお茶菓子を摘まんでから、二人でゆっくり出口へと歩いていく。
ちらりとルーナが振り返ると、遠くの方で小さなテーブル席について話に花を咲かせる先ほどの三人の姿が見えた。その中のプラチナブロンドをなびかせる美しい女を睨みつける。
先日、未練がましくも姿だけでも見れないかと城の正門近くに行った時、皇太子とあの女が一緒にいるのを見た。仲睦まじい様子で寄り添う二人はルーナが見ても似合いの恋人同士に見えて、それが一層許せなかった。
抱きしめて、髪にキスをして。皇太子はルーナが見たことのない顔で、とても大切そうに触れていた。
そこは私の場所なのに。私がそうされるべき存在なのに。
いつかは手に入れるとはいえ、一時でも他の誰かのものになっているだなんて耐えがたい。一刻も早く正しい運命に導かなければ。
グッと拳をきつく握りしめて、ルーナは城の庭園を後にした。
(本当にどこまでも目障りな女。早くどこかに消えてよ)




