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目障りな女(1)


その日、城の庭園では久々に皇后が主催するお茶会が行われていた。

皇女のミュリエルも参加しており、彼女達のそばには次期皇太子妃として親しくしているルルアンナの姿もある。優雅で華やかな三人の姿は皆の憧れであり、参加者達は次々と彼女達に挨拶へと向かった。


「本日のお茶会は参加者が多いですね」


「そうね。前回から間が空いてしまったからかしら」


「それに、私達も含め有力な貴族とお近づきになれる絶好の機会だしね」


挨拶の波が途切れて一息ついたところでルルアンナがぽつりと呟くと、ナルシッサやミュリエルも同意するように頷いた。皇后の気まぐれでたまにしか開かれないこのお茶会は招かれることもステータスの一種であり、その選ばれた相手と人脈を築けるという点でも貴族達にとっては喉から手が出るほど招待状が欲しい会なのだ。それを手にして参加しない者などほとんどいないだろう。

そこに新たに一人の令嬢がやってきて皇后、皇女、そしてルルアンナへと丁寧に挨拶をした。彼女はお茶会や夜会でよくルルアンナと一緒にいるうちの一人だ。


「ロージア様、お会いできて嬉しいですわ。あなたにはいつもお世話になっていますから」


「まあ、とんでもございません。こちらこそルルアンナ様には目をかけて頂いておりますもの」


社交界の噂や出来事をいち早くルルアンナに教えてくれるのはいつもロージアだった。香水事業を営むヴァンデット伯爵家の長女である彼女は、実家の顧客である婦人たちの伝手を使い様々な情報に精通している。ルルアンナにとっても頼もしい存在だ。


「先日新しく発売した果実を使った香水、とても良かったわ。最近のお気に入りなの」


「皇女殿下に愛用して頂けるとは大変光栄でございます」


「私もピオニーを使ったものを愛用しているわ」


「私は以前頂いたフリージアの香水が好きですわ」


ヴァンデット伯爵家の香水はナルシッサ達も使ったことがあるらしく、しばらくロージアを交えて香水談義に花が咲いた。


ふと、一部の令嬢達がある方向を気にしてひそひそと話をしている様子が目に留まる。ルルアンナがそちらに視線を向けると、一緒にいた三人も自然と釣られるように目を向けた。

そこには二人の令嬢がいた。一人は何度か見かけたことがある気がするが、もう一人は見覚えがない。


「まあ、あれは……!」


驚いたように声を上げるロージアに、ルルアンナは小さく首を傾げる。


「ロージア様、どうしたのですか?」


するとロージアは少し身を寄せて口元を隠すと、小さな声で言った。


「あちらの黒髪のご令嬢は、一連の騒ぎを起こした件の男爵令嬢ですわ」


「まあ、あの方が……」


見覚えがない一人は、例のトライオン男爵家のご令嬢だったらしい。驚くルルアンナとは対照的に、ミュリエルは眉を顰めた。


「どうして招待した覚えもないのにここにいるのかしら。そもそもよく皇室主催のお茶会に顔を出せたわね」


「きっと招待状を持つ貴族の伝手で連れとして参加したのね。私達への紹介相手を招待状一枚につき一人まで同伴してもいいことになっているから」


そう言うナルシッサはミュリエルと違い感情を顔には出さないが、あまり歓迎しているようには見えなかった。


「だったらあんな所で喋ってないで、さっさと私達の元に挨拶に来るのが礼儀なんじゃないの?」


「皇女殿下の言う通りですわ。そもそも問題を起こした者を連れて来るなんて、お連れのご令嬢も何を考えているのかしら」


余程気に食わないらしく、ミュリエルもロージアも不快そうな表情を隠さない。ちなみに、前回の庭園の開放日にトライオン男爵令嬢に苦言を呈したのも、その件をルルアンナに知らせたのもロージアである。

するとそんな視線に気づいたのか、離れた場所にいた二人の令嬢は何か会話を交わすと、おずおずといった様子でこちらへと近づいてきた。特に男爵令嬢を連れてきたらしいもう一人の令嬢は、歓迎されていないと分かっているのか気まずそうにしている。


「皇后陛下、皇女殿下にご挨拶申し上げます。本日は素敵なお茶会にご招待頂き、ありがとうございます」


「ようやく来たのね。いつ挨拶に来るのかと首を長くして待っていたのよ」


固い動きでカーテシーをする令嬢に、ミュリエルは遠慮のない言葉を浴びせる。ますます身を縮こまらせる令嬢を見兼ねてか、一つ息を吐いたナルシッサが声をかけた。


「ミュリエル、そのくらいにしてあげなさい。それで、そちらの令嬢はあなたの連れとして来ているということでいいのかしら?」


「は、はい。その通りでございます」


「そう。つまり、私達に紹介するに値する相手である、という認識でいいのよね。招待状のない人間を連れて来るとはそういうことよね?」


微笑みを浮かべてはいるものの、確認を取るナルシッサの様子は不機嫌そうなミュリエルよりも余程威圧感があった。

言葉に詰まりそれ以上言えないでいる令嬢から視線を外し、ナルシッサは問題の男爵令嬢を見た。それまでただ黙って成り行きを眺めていた彼女は途端にビクッと肩を震わせ、慌てて拙く頭を下げた。


「あ、えっと……トライオン男爵家のルーナ・トライオンと申します。本日はハニバル子爵家のご令嬢の紹介で参加させて頂きました」


まだきちんとカーテシーができないのかルーナは頭を下げるだけで、挨拶の口上も皇族に対するものとしては少々問題があったが、ナルシッサもミュリエルも特に何も言わなかった。


「どうぞ終わりの時間まで楽しんでいってちょうだい」


ルーナの挨拶に対し短くそれだけ言うと、ナルシッサは静かに踵を返してその場を離れていった。知識に乏しいルーナはその様子に少し首を傾げるだけで特には気にしなかったが、連れの子爵令嬢は顔を青くしてその姿を見送った。

皇后が挨拶を受けた相手とほとんど話をすることなくその場を離れるのは、親しくするつもりはないという暗黙のメッセージである。つまり彼女の不興を買ったか、もしくは全く興味を持たれなかったということだ。

そんなこととは知らないルーナは、むしろ皇族と顔見知りになれたと上機嫌そうだった。しかし、ミュリエルの隣りに立っているルルアンナとロージアを見ると、一瞬だが顔を顰めた。特にロージアは前回のことがあるので良い感情を持っていないようだ。


「相変わらず貴族としてのマナーがなっていませんのね」


その様子にロージアがさっそく指摘をすると、ルーナはグッと一瞬眉を寄せてからすぐに悲しそうな顔をした。


「会うなりそんな冷たいことを言うなんて酷いです。私だってあれからまた頑張って勉強しているのに……」


「ですから、成果が伴っていなければ意味がないと言ったでしょう。それにこうして目の前に来たというのに、あなたより身分が上の私やルルアンナ様に挨拶をしないなんて無礼ですわ」


ぴしゃりとロージアに言われ、ルーナはしゅんとした態度のまま再び頭を下げた。


「ご挨拶が遅くなりました。ルーナ・トライオンと申します」


その様子にルルアンナは優しくニコリと微笑んだ。


「ルルアンナ・シャレットです。お会いできて嬉しいわ」


笑顔を向けてくるルルアンナに、ルーナは少し驚いたようだった。噂の件もあり自分を嫌っていると思っていたのかもしれない。もちろんその通りではあるのだが、ルルアンナはそれを正直に表に出すようなことはしない。


「それで、あなたはお兄様と色々あったと聞いているのだけれど、今日はどういうつもりでこのお茶会に参加したのかしら?」


相変わらずズバッと言いたいことを言うミュリエルの言葉に、あまり深く考えていなかったルーナは戸惑った。


「え、あ……その、迷惑をかけてしまったようなので、謝罪をしようと思って……」


ようなので、とまるで他人事のように言うルーナにミュリエルはピクリと眉を動かすも、はっきりしない相手の様子に溜息を吐いた。


「確かに色々と問題だったし迷惑だったわ。でもそれなら、まずはルルお姉様に謝罪するべきではないかしら?お兄様の婚約者ですもの」


婚約者、という言葉にルーナは悔しそうに手をギュッと握りしめたがすぐに取り繕い、ルルアンナに向かって小さく頭を下げた。


「騒ぎを起こしてしまってすみませんでした。皇太子さまに婚約者がいたなんて知らなかったんです。私のことを不快に思いましたよね」


仮に婚約者がいなくともルーナの行動は問題だったのだが、ルルアンナはわざわざ指摘することなく困ったように笑ってみせた。


「いえ、ルーナ様はまだ貴族社会のルールやマナーに疎いとお聞きしましたし、反省してくださったのならかまいません。フェリオルド様も些末な事だと仰っていましたし、私も気にしませんわ」


優しい口調でルーナを許すと言っているが、言外に不勉強であることや、自分にとってもフェリオルドにとっても取るに足らない事であると遠回しにマウントを取った発言である。何となくだがルーナもそんな雰囲気を感じているのか、ムッとした表情をしている。しかしルルアンナは悪意など微塵もないといった様子で優しく微笑んでいるだけなので何も言えない。

それでも何か言い返したかったのか、ルーナはしおらしい態度のまま続けた。


「皇太子さまは貴族になったばかりで不慣れな私にとても親切にしてくださったのです。優しく笑いかけて手を差し伸べて下さって、そのお礼をしたかっただけなのですが……」


婚約者であるルルアンナに、フェリオルドが優しく笑いかけてくれたなどとわざわざ言うのは完全に当てつけであった。さらにお礼をしたかっただけだと、自分の行動に非があると思っていないような発言までしている。

この場にいるのがルルアンナだけであれば多少の挑発として済んだが、残念ながらいるのは彼女だけではない。特に皇女のミュリエルがいる場では、皇族の不興を買ってしまいかねないかなりまずい発言だった。彼女はルルアンナを姉として慕っているのだから。

案の定、これには一緒に聞いていたミュリエルとロージアも不快感を露わにした。


「お兄様があなたに好意を持って接したとでも言いたいのかしら?それは全くの勘違いよ」


「婚約者であるルルアンナ様に対してわざわざそのような言い方をするなんて失礼ではなくて?上位の貴族に対する態度としても不適切ですわ。しかも未だにご自身の非が何であったか分かっていらっしゃらないようね」


口々にルーナを非難する二人を、ルルアンナはやんわりと宥める。


「お二人とも、私を心配して下さってありがとうございます。きっとルーナ様にも悪気はないのです。昔の感覚が抜けなくて、貴族社会での上手な言い回しがまだできないのでしょう」


「ルルお姉様ったら優し過ぎるわ」


「本当に慈悲深くていらっしゃるわ。このような失礼な者にまで気遣って差し上げるなんて」


ルルアンナの言葉に二人は一転してその懐の深さを称賛する。

ルルアンナがチラリとルーナを見ると、彼女は悔しそうにこちらを睨みつけていた。その瞳の奥には最初から、ルルアンナに対する嫉妬と悪意が渦巻いていることに会った時から気づいていた。だから素知らぬ顔でそれを煽ってやったのだ。


「大丈夫ですわ。きちんとこの社交界のことを学んでいけば、いずれ自分の身の丈に合った行動を取れるようになります。ご自身の振る舞いを見直して、正しくわきまえて下さると信じていますから」


聖女のような無垢な笑みで、身の程を弁えろと遠回しに釘を刺す。ルルアンナの大切な人に手を出そうなんて、とんだ思い上がりであると知らしめてやらねばならない。


(私達の邪魔をする目障りな女はさっさと消えてちょうだいね)



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