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身の丈に合わない恋(2)


フェリオルドにエスコートされるまま連れ立ってやってきたのは、エーデルシュタイン城唯一の温室だった。城で一番大きい庭園の奥にあり、立ち入ることができるのは皇族と管理を任された管理人のみである。ルルアンナは皇太子の婚約者であり次期皇太子妃であるため、皇族の誰かと一緒ならば入ることができる。


「さあ、ルル。中へどうぞ」


フェリオルドに手を引かれるまま、ガラスの扉をくぐり抜けて中へと入る。ふわりと温かい空気と柔らかな花の香りがした。


「ここに来るのはいつ以来でしょうか。相変わらずとても素敵な場所ですね」


温度管理され常に温かいこの場所には、外の庭園とはまた違った種類の植物が溢れている。大ぶりでメリハリのある色彩を持った草木や花達は主に南国の地方で見られるものだ。逆に小さくレースのように繊細な花びらを持つものや、気温や時間帯によって色を変える特殊で珍しいものもここで育てられている。特殊な植物ほど扱いが難しく温度にも敏感なため、この温室で細やかに管理されて守られているのだ。


「ルルはこの場所が好きで落ち着くとよく言っていたからね。ちょうど今は色々な花が咲き始めたところだったから、見せてあげたかったんだ」


優しく促された先には柔らかなエクルベージュの木製のテーブルとチェアが並び、ティーセットとお茶菓子も準備されていた。

そしてテーブルの中央には、薄っすらと透ける花びらが何層にも重なっている淡いピンクの美しい花が飾られている。特にルルアンナが気に入っていた花だ。


「覚えていてくださったのですね。この花を好きだと言ったのはもうだいぶ前のことでしたのに」


「当たり前だろう?君の好きなものを僕が忘れるはずがない」


至極当然のように言うフェリオルドに恥ずかしそうに笑って、ルルアンナは導かれるまま席に着いた。フェリオルドも二人分の紅茶をカップに注いで、ルルアンナの隣りへと腰掛ける。


「フェリオ様、よろしければこれもお召し上がりください。パンプキンパイです」


ルルアンナはフェリオルド用に別に取っておいたパイを籠から取り出す。


「ずっと手に持っていたものはパイだったのか。ルルの手作りかな?」


「はい、お口に合えばよいのですが」


「ルルの作ったものが美味しくなかったことなんてないよ」


少し心配そうにするルルアンナに笑って、フェリオルドは綺麗な焼き色のついたパイにフォークを入れた。サクッ、と小気味よい音と感触がする。


「……ん、パイ生地はサクサクで中のかぼちゃはなめらかで、本当に美味しい。バターの香りも練り込まれたクリームチーズの風味も最高だね」


どんどん食べ進めるその手と表情が、彼の言葉が嘘ではないことを物語っていた。


「ふふ、気に入って頂けて良かったです。材料までお分かりになるのですね。チーズなど少ししか入っていませんのに」


「せっかく普段から良いものを食べさせてもらっているからね。ただ漠然と食べるんじゃなくて、使われた素材や調味料も意識しながら食事をするようにしているんだ。……異物が混入した時もすぐに気づけるしね」


最後の言葉は少々不穏だが、フェリオルドの心掛けは立派なものだ。生産者も料理人達もやりがいがあることだろう。

紅茶を飲みながらルルアンナが笑顔で見守る中、フェリオルドはあっという間にパイを完食した。


「ご馳走様、とても美味しかったよ。小腹も空いていたし少し疲れもあったから丁度良かった」


「そう言って頂けると、作ってきた甲斐がありました」


嬉しそうに笑うルルアンナを見て、フェリオルドも表情を緩める。しかし、ふとテーブルの上の準備されていたお茶菓子を見て、その顔を曇らせた。


「……せっかくルルの手作りお菓子で幸せな気分だったのに、面倒なことを思い出してしまったな」


少し疲れたように溜息を吐いてフェリオルドはルルアンナを見た。


「数日前にあった城の庭園の開放日の出来事はもう聞いたかい?」


「以前にトラブルがあった男爵家のご令嬢のことでしょうか?」


「そうか、もうルルの耳にも入ってしまったんだね。まさか使用人を通して手作りの贈り物をしようとしてくるとは思わなかったよ。あれだけ注意を受けたのだから今後は大人しくしているだろうと……」


再び溜息を吐くフェリオルドに、ルルアンナは眉を顰める。珍しく負の感情を露わにするルルアンナに、フェリオルドは申し訳なさそうに肩を落とした。


「すまなかった。心配する君にもう大丈夫だろうなどと楽観的なことを言ってしまった。今回の件は対応が甘すぎると皆にも注意されてしまってね。何度もこんな話を聞かされてルルが不快に思うのも当然だ」


眉を下げて謝罪するフェリオルドに、ルルアンナは驚いたように目を見開いた。


「まあ、フェリオ様。そのように謝らないでください。私が怒っているのはフェリオ様に対してではありませんわ」


「え?」


きょとんとするフェリオルドをよそに、ルルアンナはもう一度ムッと顔を顰めてみせた。


「私が怒っているのはそのご令嬢に対してです。貴族入りをしたばかりだからといって、あまりにも学習能力が無さすぎます。それにフェリオ様の温情を理解せず何度も迷惑をかけるだなんて、まるで反省の色が見えませんわ」


「ルル……」


「ただでさえお忙しいフェリオ様の邪魔をして貴重な時間を奪っておきながら、そんなことにも気づかず好き勝手に振る舞っていることが私は許せないのです」


滅多にないルルアンナの強い言葉にフェリオルドは驚いたものの、すぐに嬉しそうに笑う。


「そうか。こんな時でも君は僕のことを考えてくれているんだね。個人的感情じゃなく、僕のために怒ってくれてありがとう」


「私が望んでそうしているだけですので、お礼なんて……」


優しく見つめられて、ルルアンナは照れたように俯いてしまった。誤魔化すように紅茶に手を伸ばす彼女をフェリオルドは笑顔のまま眺める。

キラキラと差し込む日の光の下ではにかむ彼女は、この疲れた心を癒してくれる天使のようだった。いや、世間では聖女だったか。


「ルルが僕の婚約者で本当に良かった。君に出会えたことは僕の人生一番の幸運だよ」


「まあ…嬉しいです。それを言うなら私も、フェリオ様と出会えたことは一番の幸せで喜びですわ。誰にも奪われたくありません」


「奪わせないよ。僕の隣りにいるのはルル以外考えられない。この先もずっと僕から離れないで、そばにいてくれ」


「ええ、約束します」


フェリオルドはテーブルに飾られた光に透けるピンクの花を一輪取ると、ルルアンナの美しいプラチナブロンドの髪にそっと挿した。そのまま髪をひと束手に取って優しく口づける。


「ずっと、僕のものだよ」


「……はい」


ほんのりと頬を染めて、ルルアンナは熱いフェリオルドの眼差しを同じように見つめ返した。




◇◇◇




ふたりで過ごす時間はあっという間に過ぎ去り、空が夕暮れの色に染まり始める。

別れが名残惜しいとフェリオルドが見送りを申し出て、二人は並んで馬車乗り場へと歩いていた。


「早くルルと結婚したいな。そうすれば毎回別れる寂しさを感じることなく、同じ場所へと帰れるのに」


「ふふ、そうですね。でもこの切ない気持ちもフェリオ様を想ってだと思うと、それさえ愛しい感情だと感じてしまいます」


「可愛らしくて純粋過ぎる君が眩しいよ」


一見優雅なエスコートをしながらバカップルのような会話をする二人だが、周囲にいる従者達は慣れたように通常の態度で聞き流す。彼らにはこれが日常茶飯事だ。

やがてシャレット侯爵家の馬車が停まっている場所へと到着し、ルルアンナがそっと組んだ腕を離す。するとフェリオルドはルルアンナを正面からギュッと抱きしめて、ゆっくり体を離した。


「もう次に会う日が待ち遠しいよ。体に気を付けて、何か困ったことがあればすぐに言ってくれ」


「はい。フェリオ様も、お忙しいでしょうがあまり無理はなさらないでくださいね」


「はは、もうすぐ秋の収穫祭があるからね。その件についても今度話し合おう」


そう言って、フェリオルドはルルアンナの額に軽くキスを落とした。不意打ちにルルアンナは思わず前髪ごと手で押さえながら恥ずかしそうに見上げる。

その時、ふとどこかから視線を感じた気がした。咄嗟に周囲をさりげなく見回すも、自分達以外に不審な存在は見当たらない。


「ルル?」


「何でもありませんわ。では、フェリオ様。本日はこれで失礼致します。次の約束を楽しみにしていますね」


笑顔でお辞儀をして、ルルアンナは馬車へと乗り込む。すぐにお供として来ていたミレットが続き、扉が閉められる。

手を振ると同時に馬車が動き出し、城をゆっくりと離れていく。

最後まで見つめ合っていたルルアンナとフェリオルドは、お互いの存在が確認できなくなるまで、その視線を逸らすことはなかった。


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