ある少女の思惑(3)
あまり友好的とは言えない視線に晒されて内心は怯みながらも、ルーナは相手を睨み返した。
「……いきなり現れてなんですか?」
どう見ても相手の方が格上なのに態度を改めないルーナの態度に周囲がざわつくが、声をかけた令嬢は目を細めただけで話を続けた。
「城仕えのメイドとなにやら揉めているようでしたので様子を見に来ましたの。せっかくの素敵な時間を台無しにされては困りますし、何かトラブルならお力になれるかもと思いまして。そうしたらとんでもない内容の会話が聞こえてきたものだから驚きましたわ」
呆れたように頭を振り、その令嬢はルーナを強く見据えた。
「あなたがしていることはとても非常識なことですわ。貴族の仲間入りをした以上はきちんとこの世界のマナーやルールを身に付けて頂かないと。知らなかったからでは済みませんのよ。いつまでも平民気分でいられては周りが迷惑ですわ」
辛辣な言葉にルーナは強い苛立ちと不快感を覚えるが、ここで感情のままに喚き散らすよりも哀れな令嬢を演じる方がいいのではと考えた。反抗的な態度を取るより周りの同情を誘う方が共感も得やすいはずだ。
「酷い、私が元は平民だったからってそんな言い方で蔑むなんて……。確かに私はまだまだ知らないことが多いですけど、それでも一生懸命勉強しているのに…!」
ルーナは目を潤ませて悲しげな顔をするが、目の前の令嬢の反応は冷たかった。
「一生懸命勉強しようが、結果を伴っていないのでは何の意味もありませんわ。頑張っているだけで褒められるのは幼子だけです。まだ未熟だとご自分で分かっているのなら、きちんと成果が出るまでこういった会は遠慮するべきでは?」
厳しいが正論である言葉に、後ろの令嬢達も頷いている。周囲もどうやらほとんどは彼女と同じ意見のようだった。
「憧れだった世界に少しでも触れてみたいと思うのがそんなにいけないことなんですか?せっかく機会を貰ったんだから、少しくらい自分のしたいことをしたっていいじゃないですか!」
「まあ、まるで聞き分けのない幼い子供のようですわね。とても年頃のご令嬢の発言とは思えませんわ。そういった感覚でいることが、貴族ではなく平民のままだと言っているのです」
「忠告を受けても素直に聞き入れず反発するところも目に余りますわね」
「貴族社会が階級を重視していることくらいはご存じかと思いましたのに」
「教養の無さを自ら露呈してしまうなんて……」
後ろの三人の令嬢達まで口々にルーナの振る舞いを批判し始めた。周囲の令嬢達もルーナを擁護してくれる様子はない。
(明らかにいじめられてるのに何で誰も庇ってくれないのよ!貴族って本当に性悪ばっかりね!)
今ルーナに話しかけている令嬢が比較的高い立場にいるため、マナーとして周りはその発言に対して勝手に口出ししないだけなのだが、ルーナはそんなことには気づかない。なんとか同情を誘おうと必死だった。
「こんなふうに寄ってたかっていじめるなんて……。貴族の方々は怖くて意地悪なのですね」
両手で顔を覆って泣き真似をしてみせるが、目の前の令嬢は溜息を吐くだけだった。
「わたくし達の忠告を意地悪と取るのですね。今後のあなたのために言って差し上げたのに残念ですわ。あなたがそのような振る舞いを続けたいのなら、どうぞお好きになさって。ついでに言っておきますけれど、本日は皇后様ご自慢の庭園をわたくし達貴族にご厚意で開放して下さっている日。美しい花々を愛でるのが目的の会です。皆それを邪魔しないように控えめの装いにするのがマナーなのです。あなたのようにギラギラと着飾って自己主張の激しい格好をするのはマナー違反ですわ」
「なっ……!」
「それにそんなにゴテゴテとやたら宝石を付けるなんて、はっきり申し上げて品がありませんわ。せっかくひとつひとつが良い宝石でも台無しです。もう少しご自分の格好を振り返った方がよろしいのではないかしら」
ルーナは羞恥に真っ赤になり、思わず拳を握り締める。
それを気にすることなくそのまま踵を返そうとした令嬢は、ふと思い出したようにルーナを再び振り返った。
「ああ、お好きにとは言いましたけれど、皇族の方々、特に皇太子殿下に対する態度はしっかり改めて頂かなくては困りますわね。同じ貴族として恥ずかしくてなりませんもの。殿下に対して最も下位である男爵令嬢が馴れ馴れしくするだなんてとんでもなく不敬な事ですわ。……まさかと思いますけれど、恐れ多くも殿下に懸想しているだなんて言いませんわよね?」
「それは……」
視線を泳がせて言いよどむルーナの様子に、令嬢は眉を吊り上げた。
「まあ、本当にどこまで恥知らずで非常識なのかしら。あなたごときが殿下となんて、万に一つもあるわけがないでしょう?爵位もひとりの人間としても全く釣り合いませんわ。無駄な夢は見ない方がよろしくてよ」
「なっ…どうしてあなたにそこまで言われなくちゃいけないんですか?そんなの分からないじゃないですか。現に私は皇太子さまに親切にして頂いたんですから!」
明らかに馬鹿にされてルーナは勢いよく言い返すが、令嬢はそれを鼻で笑うだけだった。
「あら、皇太子殿下はとてもお優しいことで有名ですから、困っている相手に親切にすることはままあることですわ。まさかそれで勘違いをしてしまったのかしら?そもそも殿下にはルルアンナ様という聡明でお美しい婚約者がいらっしゃいますのよ」
「え……」
「ルルアンナ様は爵位も申し分なく、人格者でいらっしゃるうえに気品もある、素晴らしいご令嬢ですわ。そんな素敵な婚約者をお持ちの殿下が、あなたのような方を相手にするはずがないでしょう?あなたがしていることは殿下にも、その婚約者であるルルアンナ様にも失礼な事なのです。ご自分がいかに身の程知らずの愚か者であるか理解できたなら、これからは節度ある言動を心掛けて頂くようお願いしますわ」
絶句しているルーナにそう言い捨てると、その令嬢は他の三人を引き連れてさっさとその場を去っていった。
残されたルーナは立ち竦んだまま、あまりの怒りと羞恥に身を震わせた。散々な言われようである。
結局彼女に声をかけてくる令嬢はおらず、皆遠巻きに見てはひそひそと何かを囁くだけだった。同情を引くどころかただ人前で恥をかかされただけで終わり、その場の空気と居たたまれなさにルーナは走るようにしてその場を後にした。
待機していた家の馬車に飛び乗り、御者に帰宅する旨を伝える。お茶会に出たにしては随分と早いルーナの帰還に御者は首を傾げるも、余計なことは言わずに馬を引く。動き始めた馬車の中で、ルーナは怒りのまま手に持っていた籠を床に叩き付けた。抑圧されていた怒りが次々と噴き出してくる。
(何なの、皆で寄ってたかって私のことを馬鹿にして!周りも誰も助けてくれないし、貴族があんな最低集団だとは思わなかったわ!元平民だ男爵令嬢だと見下して、本当にうんざり!)
何度も籠を叩き付け、取っ手が折れて壊れたところで大きく息を吐いて動きを止めた。
(しかも婚約者ですって?お付きの世話係か何かかと思ったのに。だいたいそんなこと私が知るわけないじゃない!誰も教えてくれなかったんだから!)
怒りが収まらないルーナは心の中で延々と罵る言葉を吐き続ける。
「許せない……」
なぜ自分がここまでコケにされなければならないのか。
あんな奴らが賞賛する人間など、おそらく同類かもっと性格の悪い人間に違いない。ルルアンナとやらを見たことはないが、きっとお高くとまったプライドの塊のような鼻持ちならない女に決まっている。
(そんな人間、あの素敵な皇太子さまになんて全然ふさわしくないわ!私がなんとかしないと!)
苛立ちのままにそんな思考を繰り返しながら、ルーナは邸に着くまでの長い時間をじりじりとした気持ちで過ごした。




