予想外のこと(3)
その日のお茶会は城の中心にある中庭で行われた。他にも複数ある庭園に比べて少し小さめではあるが、より多くの花々や珍しい木々で彩られ、どこよりも凝った造りになっている。奥まった場所にあることもあり、限られた人間しか入ることができない特別な場所でもある。
ルルアンナは庭への入り口でミレットと別れ、花々が咲き誇る空間へと一人足を踏み入れた。皇族と彼らに許可された人間以外は立ち入ることができないため、いつもは傍に付き従うミレットも今日は使用人や付き人に用意された控え室へと待機している。場所が場所なので警備も非常に厳重であり、ルルアンナが一人で行動しても安全なのだ。
まるで楽園のような美しい空間を進んでいくと、奥には白亜の輝きを放つ美しいガゼボがひっそりと建っている。繊細な装飾が施された柱には薄紅色の花びらをつけたバラのつるが巻き付き、淡い彩りを添えていた。そのガゼボの中、周囲の風景すら引き立て役にしてしまう程に美しい青年が彼女を待っていた。
「フェリオ様」
「ルル、よく来たね」
満面の笑みで近づくルルアンナをフェリオルドも柔らかな笑顔で迎える。ドレスのサイドを持ち上げ軽くお辞儀をするルルアンナの手を取り口づけると、そのまま彼女の体を包み込むように抱きしめた。
「やっと君に触れられた。数日会えないだけでも、その時間がとても長く感じるよ」
「私もです。今日が待ち遠しかったですわ」
少しして抱き締める腕を緩めると、フェリオルドは恭しくルルアンナをガゼボのテーブル席へとエスコートした。導かれるままに腰を下ろしたルルアンナの前には、既に皇家御用達の立派な茶器と、目にも鮮やかな美しいスイーツが並べられている。
ルルアンナを座らせたフェリオルドはというと、用意されていたポットから二人分の紅茶をカップに注いでいる。本来ならば給仕の使用人がいるのだが、二人の時間を邪魔されたくないとフェリオルドが事前に下がらせていた。
「まあ、フェリオ様!お茶でしたら私がお淹れしますのに」
「僕がルルに淹れてあげたかったんだ。さあ、どうぞ」
華やかな香りのする紅茶をルルアンナの前に置くと、フェリオルドも自分の分を引き寄せて席へと腰を下ろした。
「とても良い香りですね。それに並んでいるお菓子も私が好きなものばかりです」
「ルルのために用意したからね。好きなだけ食べてくれ」
「いつもフェリオ様は私を甘やかし過ぎですわ」
「それが僕の楽しみなんだ。生き甲斐を奪わないでおくれ」
「まあ、……ふふっ」
互いを見つめながら、時折お茶やお菓子をつまんで談笑し、穏やかな時間が流れる。会えなかった時間を埋めるように、ルルアンナ達は愛する人を目で、耳で、肌で感じて過ごした。
そして、尽きることのない会話で乾いた喉を潤すために紅茶を飲んで一息ついた時、ルルアンナは例の件を聞いてみることにした。
「そういえば、つい先日ある噂を聞いたのですが……」
様子を伺うように遠慮がちに切り出すルルアンナに、フェリオルドは一度瞬きをした後に何かに気づいたように苦笑いした。
「もしかして、とあるご令嬢がこの城で騒ぎを起こしたというやつかな?」
「はい、その噂です」
「……やはり君の耳にも入っていたか」
はあ、と疲れたようにフェリオルドが溜息を吐くと、ルルアンナは申し訳なさそうに眉を下げた。
「聞きたくない話題だったら申し訳ありません。ですが、フェリオ様も関係があると聞いて気になってしまって……」
「いや、ルルに対して溜息を吐いたわけではないよ。聞かれてまずいと思っているわけでもない」
小さくなるルルアンナにフェリオルドは慌てたように口を開く。
「ただ、こんな話を聞いて君が多少なりとも嫌な思いをするんじゃないかと思ったんだ。誓って言うが、僕からその令嬢に近づいたことはないし、思わせぶりな態度を取った覚えもない。ルル以外の女性に興味なんてないよ」
普段とは違うどこか必死な様子に、ルルアンナは思わず小さな笑みを漏らした。
「ふふ、大丈夫です。フェリオ様を疑ったことはありません。どれだけ誠実で私を大切に思って下さっているか、誰よりも知っていますから」
「そうか、良かった。ルルにだけは誤解されたくないからね」
ホッとしたように表情を緩めて見つめてくるフェリオルドに、ルルアンナの中で微かにモヤモヤとしていたものが消えていくのを感じた。信じている、気にしないと自分で思っていても、やはり不愉快な気持ちはどこかにあったのだ。
「私が心配しているのは、そのご令嬢がフェリオ様にご迷惑をおかけしているのではないかということです。ただでさえ最近は特にお忙しいというのに……」
表情を曇らせるルルアンナに、フェリオルドは安心させるように笑う。
「今のところ二度目の訪問以来は何もないようだし、側近達も目を光らせてくれている。公務にもそこまで支障はなかったから大丈夫だよ。だが、君に不要な心配を抱かせないように僕自身ももっと気を付けるとしよう」
「負担がないのならばいいのです。そのご令嬢は押しかけるのをもうおやめになったのでしょうか?」
「う~ん、二度も止められて注意を受けたのだから普通なら理解して諦めてくれていると思うんだけどね。フィニアンにはもっと注意しろと言われているんだ」
「お兄様にですか?」
「ああ、あの手の人間は常識が通じないからとね。僕としてはルルの方に余計な面倒が起きないか心配なんだが」
フェリオルドの言葉にきょとんとした後、ルルアンナはふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「ふふ、心配して下さってありがとうございます。大丈夫ですわ。私の周囲にも気にかけて下さる方々が多くいますし、私自身もフェリオ様の婚約者として胸を張っていたいですから」
フェリオルドは少し驚いたように目を瞠ってから、フッと嬉しそうに笑った。
「そうか。君の強さにはいつも驚かされるよ。僕はついつい過保護になってしまうからね。ただ、無理だけはしないでほしい」
そう言ってフェリオルドはお皿のクッキーをひとつ摘まむと、身を乗り出してルルアンナのくちびるにそっと押し付けた。
「ね?」と言って微笑むその眼差しは優しく、ルルアンナへの愛情に満ちているのがよく分かる。
口元のクッキーをサクリと齧ると、ルルアンナは頬を淡く染めながらも頷いた。そして同じように微笑んで、お返しとばかりに少し大きめのクッキーをフェリオルドの口元へと押し付ける。流れで口に含んだフェリオルドは、思ったよりクッキーが大きかったせいで口の中がいっぱいになってしまい、何とかそれを流し込もうと必死に口をもごもごと動かした。それを見たルルアンナが楽しそうに声を上げて笑う。
そんなルルアンナの様子にフェリオルドは嬉しそうに笑うと、なんとかクッキーを飲み込んで紅茶でさらに流し込んでから、席を立ってルルアンナのそばへと向かう。そのままルルアンナの肩と膝裏に手を添えて抱き上げると、ガゼボ内の片隅に置かれた小さめのソファへと移動し腰を下ろした。もちろんルルアンナの位置はフェリオルドの膝の上だ。
隣の座席に移ろうと膝から降りようとするルルアンナをギュッと抱きしめて引き留め、フェリオルドはそのまま彼女のこめかみにキスを落とす。
「フェリオ様、くすぐったいですわ」
「僕から離れようとした罰だよ。一回なんかじゃ済まないから覚悟しておいてね」
「まあ、ふふふ」
ルルアンナを膝上に抱いたまま、フェリオルドは何度も唇を落とし、彼女の顔中にキスの雨を降らせる。その度に、ルルアンナの鈴を転がすような楽しそうな声が美しい庭園へと響いていた。
そこは誰にも邪魔されることのない、まさに二人だけの楽園だった。
新しい年となりました。のんびりな更新ではありますが頑張っていきますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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この度の能登半島地震で被災した皆さまに心よりお見舞い申し上げます。どうか皆さまの生活が一日でも早く安全で穏やかなものとなりますように。




