予想外のこと(2)
騒動のあった翌日、フェリオルドは公務の視察のために手配した馬車へと移動していた。供にはフィニアンを含めた二人の側近を連れ、正門の近くに停められた皇族用の馬車へと歩いていく。
「……ん?何か向こうが騒がしいな」
「門の外からのようですね」
フィニアンの言葉通り、正門のさらに先あたりから何かを言い合っているような声が聞こえてくる。城の各門には門番が二人ずつ警備として控えており、安全に目を光らせているはずだ。何か問題が起こったのかと彼らが様子を見に行こうとしたその時。
「あ、やっと出てきた!皇太子様!」
はっきりと聞こえたその声に、その場にいた者達は揃って顔を顰めた。忘れるはずもない。何故なら前日に聞いたばかりの声なのだから。
「皇太子様!門番の人がここを通してくれないんです!ちゃんと用事があるって言ってるのに!私はただお礼がしたいだけで――」
「いい加減にしろ!これ以上忠告を聞かずに騒ぎ立てるなら本当に捕らえて牢にぶち込むぞ!」
どうやら例のご令嬢がまたもややらかしているようだ。
「……殿下、馬車は裏門の方に回しますのでそちらから出発しましょう」
「……そうだな」
はあ、と大きなため息を吐いて言ったフィニアンの言葉に、フェリオルドも苦々しい表情で頷いた。まさか昨日の今日で現れるとはさすがのフェリオルドも思っていなかった。
聞こえてくる声を無視して素早く馬車へと乗り込み、そのまま正門ではなく裏門の方へとゆっくり動き出す。
「まさかここまで話が通じない人間だったとは」
小さくそう零すフェリオルドに、フィニアンは普段は柔らかい印象の目じりをキッと吊り上げた。
「だから言ったではないですか。ああいった話の通じない人間に温情をかけても無駄だと。むしろ最初に厳しくしなければつけ上がっていくのです」
「ああ、私の考えが甘かったようだ」
疲れたように座席にもたれる姿に、フィニアンもそれ以上の小言は控えた。色々とやるべきことも考えることも多く、さらには気配りもできる人間とあってフェリオルドはやることが非常に多い。本人が有能なだけに周囲も無意識に頼ってしまいがちだ。それを支えるのが自分達の役目ではあるが、皇太子でなければできない事もあるためやれることにも限界がある。それなのに余計な騒動に巻き込まれて煩わされては堪ったものではないだろう。昨日の時点で接触をきちんと阻止できなかったことが悔やまれる。
「何かしら対策が必要でしょうが、とりあえず今はあの令嬢のことは置いておいて、殿下はこれから向かう視察の方に集中してください」
「分かっている。今は効率よく動いていかなければ時間が足りないからな」
「余計な些事は我々側近にお任せください」
「その通りです」
もう一人の側近も力強く頷き、フェリオルドはようやくその顔に緩く笑みを浮かべた。
「そうだったな。私には優秀な者達がついてくれている。頼りにしているぞ。まずはこれから向かう街からの陳情についてもう一度確認をさせてくれ」
「ええ、もちろんです」
取り出した数枚の書類を元に、三人は狭い馬車で街に付くまでの間顔を突き合わせて話し合いを続けたのだった。
◇◇◇
あの後の視察自体は有意義なものとなったが、残念ながら騒動はあれで終わらなかったのだ。
「まさかこんなに早く噂が広まってしまうとは僕も思いませんでした」
フィニアンの言葉通り、あの出来事に関する噂は彼らの想像以上に早いスピードであっという間に広がってしまった。曰く、とある貴族のご令嬢が皇太子殿下に連日付き纏っているというものだ。
一度目は城内でのことだったため、目撃していたのは一部の貴族のみだったが、二度目は正門の前で起きたことだ。平民も含め目撃者は多数いただろう。おまけに直接フェリオルドと接触していないとはいえ、あれだけ大声で皇太子と連呼していたのだ。何を目的に騒いでいたのかは明白である。
「幸いというべきか、変な方向に誤解されなかったことだけは良かったが」
「まあ、殿下とルルアンナの仲睦まじさは貴族平民を問わず帝都に住む者にとっては有名ですし、ぽっと出の小娘が騒いだところでそうそう誤解はされないでしょう。だからといって放っておくには目に余る行いですが」
「そうだな。次もまた懲りずに騒ぎを起こすようならさすがに何かしらの罰を与えなければならない」
「最初から処罰しておけば良かったんですよ。そうすれば余計な心配事もなくて済んだというのに」
「悪かったよ。そう何度もいじめないでくれ」
眉を下げて苦笑するフェリオルドに、フィニアンもさすがにこれ以上はくどいかと話題を変える。
「とにかく、またあの令嬢が押しかけてこないよう我々も気を付けますが、殿下も軽はずみな対応をしたりしないよう気を付けてください。それよりも…」
ずいっと執務机に座るフェリオルドの方に身を乗り出すようにして、フィニアンはすっかり肩を落としているフェリオルドをじろりと見下ろす。
「まさかそんなしょぼくれた顔のままお茶会に出て、殿下と会えるのを楽しみにしているルルアンナをがっかりさせるつもりではないでしょうね。噂云々の前に、殿下自身があの子を傷つけたら許しませんよ」
その言葉に目を見開いたフェリオルドは、フィニアンとしばらく見つめ合ったのちにフッと笑みを浮かべた。そして気を取り直すように自分の頬をパチンと軽く叩く。
「全くもってその通りだ。あやうく他のことに気を取られて、大事なものを見落としてしまうところだった。ルルアンナを傷つけるなど、自分自身であっても許しがたいことだ。彼女にはいつも笑顔でいてほしい」
さっきまでのどこか沈んだような雰囲気を吹き飛ばし、いつも通りの自信と気品に溢れる皇太子の姿に戻ったフェリオルドに、フィニアンは満足そうに笑みを浮かべた。
「分かればよろしいのです」
「君にはいつも敵わないな」
「まあ、あなたよりは長く生きていますからね」
そんな軽口を交わすくらいにはそれぞれの纏う空気も和らいだ。側近として支えるということは何も仕事の面だけのことではないのだ。
「さあ、ルルアンナとのお茶会に遅刻などあり得ませんから、遅れていた分も含めてテキパキこなしてくださいね」
「分かっている。そっちの書類をとってくれ」
愛しい婚約者との再会まであと数時間。フェリオルドは遅れを取り戻すように溜まっていた書類を捌いていった。




