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想定外のこと(1)


その日、エーデルシュタイン城の執務室でフェリオルドは朝から大きなため息を吐いていた。


「どうしたんですか殿下、午後からはルルアンナとのお茶会が待っているというのに。書類が全然減っていませんよ」


言葉通り積み上がった書類の束に囲まれているフェリオルドに声をかけたのは、彼の側近の一人であり、ルルアンナの兄でもあるフィニアン・シャレットだった。様々な面からフェリオルドをサポートし、彼からも右腕として頼りにされている優秀な人間である。


「……それとも、まさかうちの天使とティータイムを過ごせるというのになにかご不満でも?嫌なら僕が喜んで代わりますけど」


しかしルルアンナが絡むと途端に頭のネジがいくつも外れてしまうほどのシスコンなのが玉に瑕だった。


「そんなわけないだろう。ルルアンナと過ごす時間が嫌なはずがない。そうではなくて……」


フィニアンからの刺さるような視線を避けるようにフェリオルドは組んだ両手に額を乗せて顔を伏せる。


「あの噂がもうルルアンナの耳に入っていたらと思うと気が気じゃないんだ。そのせいで傷つけたり、嫌な思いをさせたりしているかもしれない」


そうして再び今日何度目かの溜息を吐くフェリオルドに、フィニアンは呆れ顔になった。


「だからきちんと処罰するべきだと言ったじゃないですか。相変わらず殿下は甘過ぎるんですよ」


「……そうだな。今回ばかりは私の考えが甘かったようだ」


フィニアンの言葉に項垂れながら、フェリオルドは数日前の出来事を思い返して苦い顔になった。





◇◇◇





その日、フェリオルドは少しずつ進めている自分達の結婚式関連の準備のため側近達と共に資料室へと寄り、資料を借りて執務室へと戻るところだった。


「これで招待する国についてはだいたい決まったな。あとは各国のしきたり等に気を付けながら招待状を作成して送っておいてくれ。くれぐれも間違いのないように」


「はい、我々が責任をもって抜かりなく手配いたします」


そんな会話をしながら外庭に面した回廊を歩いている時だった。


「皇太子様!」


突然響いたこの場には似つかわしくない少女の声に、皆が驚いて一度歩みを止めた。するといつからそこにいたのか、すぐ近くの植え込みの陰から一人の令嬢が飛び出すように駆け寄ってきた。予想外の出来事に周囲も一瞬反応が遅れるが、すぐに側近達はその令嬢がフェリオルドにたどり着く前に立ち塞がって接触を阻んだ。


「何者だ。皇太子殿下に対して不敬であろう」


「え……」


驚いたように立ち止まった令嬢を間に入った側近の一人がグッと押して遠ざける。他の側近達からも厳しい視線を向けられた令嬢は気圧されたように数歩後ずさった。


「ど、どうしてそんな怖い顔をするんですか?私は皇太子様にお話したいことがあって声をかけただけです!」


その言葉に、フェリオルドの隣にいたフィニアンもピクリと片眉を上げる。この令嬢はいったい何を言っているのか。


「声をかけただけだと?それが問題だと言っているのだ。名も名乗らずに無礼であろう」


「なっ…なんであなたにそんなこと言われなくちゃいけないんですか?そっちこそ邪魔しないでください!」


肝が据わっているのかただの考えなしなのか、側近達に咎められても反発して言い返す令嬢にフィニアンは頭痛がした。まるで癇癪をおこした子供のようだ。こんなことで時間を無駄にしている場合ではないのに。


「自分の話を聞いてほしいのであればまずどこの誰なのか名乗りなさい。その程度の常識も分からない子供なのですか?」


言い合いに割って入るようにフィニアンが冷静ながらも厳しい声で問えば、令嬢はビクッと体を竦めて一度口を閉じた。


「……ルーナ・トライオンです。家はトライオン商会です」


「トライオン?少し前に男爵となった商家ですね」


貴族令嬢とは思えない拙い自己紹介だったが、フィニアンはそこに触れることなく聞いた名前についての情報を記憶から引っ張り出した。


「皇太子殿下は尊き皇族であり、いずれは国の頂点に立つ皇帝となるお方です。たとえ上位貴族であっても事前の申請なしに軽々しく会えるお方ではありません。それを突然大声で呼び止め駆け寄り、あまつさえ手を伸ばして触れようとするなど、厳しく処罰されても文句を言えないほどの不敬であると自覚しなさい」


「そ、そんな…!私はただ、前に助けて頂いたお礼を言いたかっただけなのに」


「お礼?」


「そうです!この前のお城のパーティで迷ってしまった時に皇太子様が私を助けてくれたんです。とても優しくしてくれて、だからその時のお礼をしたいと思っただけなのに、こんな言いがかりをつけて責められるなんて…」


まるで自分には何の非もない被害者のような態度に、話の通じない人種であると早々に見切りをつけ、フィニアンはチラッとフェリオルドを横目で見た。


「お知り合いで?」


「……いや、だが確かに先日の夜会で迷子の人間を会場まで送った記憶はある。多分その時の者だな」


当の本人は助けた相手の顔もろくに覚えていないらしい。とんでもない温度差である。


「舞い上がっているところすみませんが、我が国の皇太子は誠実で優しく誰にでも親切なできたお方です。その程度の人助けは日常茶飯事ですので礼の必要はありません。それよりも、爵位を賜り貴族の人間となった以上はきちんと規則やマナーを正しく身に付けなさい。知らなかったで済まされる甘い世界ではないのです。あなたの非常識な行動で家族にも迷惑がかかるのですよ」


「そんな!お礼をしたいというのが非常識だというんですか!?」


ルーナの言動にさらに頭痛が増した。フィニアンは話の通じない馬鹿が大嫌いだ。


「ここまで言っても理解できないというなら、やはり処罰を与えるしかありませんね」


その言葉にずっと強気だったルーナの顔が青ざめる。何か言おうとするも声が出ないのか口をパクパクとさせるだけだった。


「まあ、待て。フィニアン」


その様子にフェリオルドがフィニアンの方に肩にポンと手を置く。


「彼女は先日貴族になったばかりで、少し前までは平民だったのだ。突然違う世界で生きることになったのだから、戸惑いも多いだろうし分からないことだらけでも仕方がない」


「殿下、知らなかったで許される世界ではないと申し上げたはずです」


「そうだな。一度の失態が大きな損失を招く。それが貴族社会だ。しかし、今は大勢の貴族がいる場でもないのだし、同じことを繰り返さないよう反省すればいい」


「大勢の貴族相手より、皇族に不敬を働くほうが普通はまずいんですが」


「はは、確かにその通りだ。だが、皇族への不敬として処罰するとかなり重い罪になってしまうだろう?貴族になったばかりのまだ未成年の令嬢に与えるには少しきつ過ぎるかと思ってね。危害を加えようとしたわけでもないし、一度くらいは慈悲を与えてもいいだろう」


「……はあ、本当にあなたは甘いですね。お優しいのは結構ですが、その慈悲に報いてくれる相手でなければ意味はないですよ」


「そう願うとしよう」


国民に対して慈悲深い皇太子殿下とはイメージとしては上々だが、時には厄介なこともある。まさにこんな時、余程の犯罪者でもない限りフェリオルドは相手を厳しく切り捨てるようなことはできない。まあ、それを上手くフォローしていくのが周りの役目なのだが。

フィニアンは溜息を吐くと、他の側近達に抑えられているルーナへと向き直る。そしてその表情を見て頭を抱えたくなった。彼女はほんのり頬を染めて呆けたようにフェリオルドを見つめていた。


(…絶対面倒なことになる)


しかし皇太子が決めたことに否やはないのだ。


「…聞いていたでしょうが、本来あなたのした事は厳しく処罰されても仕方のない行為です。ですがあなたの状況を考慮して、皇太子殿下はご慈悲をくださるそうです。しかし、勘違いしないように。あなたの行為が許されたのではなく、一度だけ見逃されたのです。二度目はありません。くれぐれも殿下のお心遣いを無駄にしないよう、自分の言動を十分に反省するように」


本当に聞いているのかいないのか、フェリオルドを見つめたままルーナはコクリと頷いた。そして連絡を受けてやってきた騎士に引っ張られるようにして彼女はこの場を後にした。


「…これで終わるならいいんですけどね」


「なんだ?」


「いえ、何でもありません。それより急ぎましょう。だいぶ時間を無駄にしてしまいました」


「そうだったな」


いつのまにか遠くにまばらに集まっていた貴族達からも離れるように、フェリオルド達は歩みを再開する。たまたま居合わせた者達だろうが、変な噂にならないといいのだが。あの令嬢も本当に反省してくれるならいいが、どうだろうか。


そんなふうに内心で心配していたフィニアンの懸念は、残念ながらすぐに現実のものとなるのだった。



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