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噂(2)


「そのお話、詳しく教えていただけますか?」


口元の笑みを消したルルアンナの様子に、令嬢は思わずといったように背筋を伸ばしながらもコクリと頷いた。


「は、はい。と言っても直接その方と話したわけではなく、聞こえてきた会話の内容を大まかに覚えているだけなのですが…」


「ええ、それで構いませんわ。あなたが聞いたものだけで大丈夫です」


ルルアンナの言葉に彼女はいくらか肩の力を抜いて、記憶を辿るように話し始めた。


「えっと…その貴族の方が用事があってお城に行った日に見た出来事だそうです。なんでも、側近と共に歩いていた皇太子殿下を突然大声で呼び止め、駆け寄っていった令嬢がいたのだとか」


「まあ、そんな無礼ではしたないことをするご令嬢が?」


「ええ、まさかお城に来る貴族でそんな行動に出る者がいるとは側近の方々も思わず、対応が遅れてしまったようです。それでも殿下に手を伸ばすそのご令嬢をなんとか触れる寸前で阻止したそうですが」


「え、皇太子殿下に触れようとしたのですか!?」


「なんて恐れ多い…。不敬罪を問われても何も文句は言えない振る舞いですわ」


噂のご令嬢とやらの暴挙に、聞いていた令嬢達は驚きで目を見開く。貴族として淑女教育を受けてきた彼女達にとっては信じがたい行動だった。


「しかもそれだけではないんです。周囲に止められたその令嬢は皇太子殿下に以前に助けてもらったとかで、お礼をしたいから話をさせろと騒いだそうなんです。あまりの礼儀の無さにすぐに騎士達に引っ張られていったらしいのですが、なんと翌日にも現れたらしくて」


「ま、まあ……」


もはやなんと言っていいか分からない様子の3人に構わず、さらに話は進んでいく。


「さすがに連日登城する理由がなかったらしく、その日は中に入れず城門の外で殿下が外出するのを待ち伏せしていたらしいのですが、2度目だったので側近の方々もしっかり警戒していたため接触は叶わなかったのだとか。ただ、その時は外だったため目撃者も多く、1回目の出来事を目撃していた貴族の方々がそれを聞いて殿下に付き纏っている令嬢がいると噂しているようなんです」


話していた令嬢がそう締めくくると、一瞬だけその場に沈黙が広がった。


「…その令嬢は正気なのですか?そのように非常識な振る舞いを繰り返すだなんて」


「そもそもそんな無礼を働いて処罰はありませんの?」


「それが、その令嬢は例の男爵位を買って平民から貴族になったトライオン男爵家の娘だったらしいのです。周囲は不敬な振る舞いに憤っていたのですが、皇太子殿下はまだ貴族社会のルールもよく分かっていないだろうから次から気を付ければ良いと」


「相変わらず殿下はお優しいのですね」


「ええ、素晴らしいことです。ですが、それでその令嬢が調子に乗ってしまわないか心配ですわ」


そうして彼女達は、ここまで一言も喋っていないルルアンナへとそっと視線を向ける。それに気づいたルルアンナは笑みを消していた口元をフッと緩ませた。


「私は大丈夫です。むしろ詳しい話を聞きだしてお茶会の雰囲気を壊してしまってごめんなさい」


「そんな、ルルアンナ様が謝ることなんてありません!」


「そうですわ。婚約者に関する噂なのですから気になるのは当然のことです」


口々にフォローしてくれる彼女達にルルアンナも微笑み返した。噂について話した令嬢は、内容が内容だけにルルアンナに申し訳なさそうにしている。


「あなたも、そんな顔をしないで。あなたのおかげで早くにその話を知ることができて助かりました」


「ルルアンナ様……」


優しく微笑んでお礼を言われ、彼女は感動したようにルルアンナを見つめた。他の二人もホッとしたようにその様子を見ている。もちろんルルアンナの内心は穏やかではないが、それを彼女達に悟らせるような事は当然ながらしない。


「それにしてもそこまでするなんて、その令嬢は殿下に何をして頂いたのでしょうか?」


「ついこの前皇室主催のパーティがあったでしょう?あの時に城内で迷子になっていたところを助けて頂いたらしいのですが、その際にとても優しくしてくださったのだとか」


「ああ、それで勘違いしてしまったのですね。最近まで平民だったのなら殿方からのエスコートにも慣れていないでしょうし」


彼女達の話を聞きながら、ルルアンナは3日ほど前に行われた夜会を思い返す。確かにあの日、フェリオルドは途中で用事があって一度退席し、しばらくして戻ってきた。それ以外はずっとルルアンナと一緒だったのだから、そういった出来事があったとすればそのタイミングだろう。戻ってきた時フェリオルドは何も言っていなかったが、その程度の親切は優しい彼には良くあることだし、わざわざ言うことでもない。

ルルアンナとてフェリオルドの気持ちを疑う気など一ミリもない。彼から向けられる愛情を信じているし、自分の想いも届いていると確信している。

それでも彼女がなんとなく気になったのは、そんなことがあったのに自分が全く知らなかったことだ。夜会以来お互いに忙しくてまだ会えていなかったし、まだ3日しか経っていないのだから事件が起きたのは昨日、一昨日の話だ。フェリオルドから話を聞いていないのも、広がり始めたばかりの噂を自分が知らないのも、仕方がないことではある。フェリオルドに至っては、わざわざどこぞの令嬢に絡まれたなどとルルアンナに報告してくるはずもない。

それでもルルアンナは、愛するフェリオルドに関することで自分が知らないことがあるというのは気に入らなかった。何もかもすべてとは言わないが、彼を一番知っているのも、一番理解しているのも、常に自分でありたい。自分勝手で我儘な願いだが、ルルアンナを動かしている原動力はまさにこうした想いなのだ。


「ルルアンナ様、気にすることなんてありません。お二人の間に入る余地などないことは誰もが知っていますもの」


「件の令嬢も、注意されたのならきっと同じことはしないでしょう。反省せず繰り返すようなら社交界で爪弾きになるだけですわ」


「ええ、そうですね。その事は今度お会いした時にでもフェリオルド様に聞いてみます。お気遣いありがとうございます」


少し寂しそうに見えるように微笑むと、他の令嬢達はさらにルルアンナを気遣う言葉をかけてくれた。ルルアンナとフェリオルドの仲をきちんと知っている貴族や彼女達のようにルルアンナと関わりがある者達は、きっと味方をしてくれるだろう。新参者の貴族というのはただでさえ警戒され疎まれやすい。

ルルアンナ自身はフェリオルドに絡んだ令嬢には直接会っていないが、見当はついていた。あの夜会で爵位を賜った者達を彼女はフェリオルドと共に遠目から見ていたからだ。そして男爵位を賜ったのはトライオン男爵家だけである。あの時男爵の少し後ろに控えるように並んでいた少女がその令嬢だろう。

無知とは時に大きな罪となる。今まで平民だったとしても、貴族の世界に足を踏み入れた以上知らなかったでは済まされないのだ。

彼女がどういったつもりなのかは知らないが、ルルアンナの愛するフェリオルドに手を出そうなど、身の程知らずにもほどがある。ましてや彼の手を煩わせ、邪魔をするというのならルルアンナも新興貴族だろうと容赦はしない。

今回で手を引くなら良し。しかし、彼の慈悲に気づかずまだ厚かましくも手を伸ばそうというのなら、その時は全力をもってルルアンナが排除するのみである。


「……馬鹿な女はいつになっても消えないのね」


吐息のように呟かれた言葉は、誰にも届くことなく空気に溶けるように消えていった。



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