噂(1)
皇室主催の夜会から数日後、ルルアンナはとある伯爵家のお茶会へと招待されていた。
「本日は素敵なお茶会にご招待して頂きありがとうございます」
「こちらこそ、お忙しい中ルルアンナ様にお越し頂けて光栄ですわ」
ニコリと笑い歓迎の意を述べるのは、主催者でもあるラザフォード伯爵家の一人娘ジュリアだった。
彼女の家は主に服飾関連の生地の取り扱いをしており、他国の珍しい生地や飾りなども独自に輸入するなど貿易も手掛けている。あの貴族御用達の店『サロン・ベル・ローズ』とも取引をしていてその界隈では有名だった。
ジュリアはその後継として幼少の頃からノウハウを学んでおり、すでに様々な面でその手腕を発揮している。
ルルアンナとフェリオルドの結婚式が半年後に迫り、それらに関連した準備で忙しくなっていく中、ルルアンナが着るウェディングドレスの生地は彼女の家にお願いすることになっている。その件で『サロン・ベル・ローズ』とは密な打ち合わせを重ねているようで、何回かに一回はルルアンナも顔を出している。とはいえルルアンナ自身も色々と忙しいため本当に時間がある時だけなのだが。
「こうしてお茶会に参加するのは久しぶりなので、楽しみにしていたのです」
「あら、それなら全力でおもてなししなくてはなりませんね」
ルルアンナの言葉にジュリアは嬉しそうに微笑む。何度かの打ち合わせで話が弾んだこともあり、歳も近い二人は短期間で親しくなっていた。
今回のお茶会はルルアンナが気を張らなくて済むようにと、ジュリアが少人数の集まりにしてくれたようで、彼女達も含め四人ほどの小さなものだった。他の二人の令嬢は顔は知っているものの、あまり話した記憶はない。
「初めまして、ルルアンナ様。こうしてきちんとお話する機会がなかったので、本日はお会いできてとても嬉しいです」
「私もです。ルルアンナ様は私の憧れなので、ずっとお話してみたいと思っていたのです」
彼女達も伯爵家のご令嬢であり、それぞれ家門の事業繋がりでジュリアと知り合ったらしく、公私ともに長く付き合いがあるようだった。
「まあ、そのように言って頂けて光栄です。私もお二人とこのようにお会いできたこと嬉しく思いますわ」
優しい笑顔で見つめるルルアンナに、二人の令嬢は微かに頬を染めて見惚れる。
「さあさあ、そろそろ座ってお茶とお菓子を楽しみましょう。せっかくの機会なのですから心行くまで楽しんで頂かなくては」
ジュリアの一言で、庭に設置された白木のテーブルへとそれぞれ着席する。そこへ控えていたメイド達が素早くかつ丁寧に紅茶やお菓子をセッティングしていく。華やかな紅茶の香りが広がり、目にも楽しい色とりどりのお菓子が綺麗に並べられた。
「この紅茶、とても良い香りですね」
「このお菓子は初めて見ますけれど、とても美しいですわ」
一気に賑やかになる空間に、ルルアンナは不思議と心地良さを覚えて少し肩の力を抜く。最近の忙しさで少し気を詰めすぎていたのかもしれない。
「そういえば、ルルアンナ様は久しぶりのお茶会と仰っていましたが、やはりお忙しいせいなのですか?」
「ええ、今はとにかく色々な準備を進めていかなくてはいけませんから。」
「ルルアンナ様と皇太子殿下の結婚式まで、もう半年もありませんものね」
そう、ルルアンナのここ最近の忙しさの原因は、約半年後に控えているフェリオルドとの結婚式の準備のせいだった。
皇族の婚姻ともなれば、帝国だけでなく周辺の国や親交のある国にも大きな影響がある。とにかくやることが膨大で、式の予定の一年前から準備は始まっていたがそれでもてんてこ舞い状態なのだ。かかる費用も動く人手も並大抵の規模ではない。
ルルアンナもそれに携わっているが、それに加えて彼女は皇族のしきたりやマナー、他にも必要と思う教養を改めて学んでいた。
もちろん彼女は基本的なお妃教育はとうの昔に終えているし、淑女としてのマナーも身に付いている。それでももう一度学ぼうと思ったのは、復習も兼ねてより完璧にしたいというのもあるが、常に武器を磨いておきたいからでもあった。その武器とはすなわち『情報』である。
国の情勢は常に変わり続けており、文化や技術、人々の関心や流行も同様だ。それは帝国のみならず、他国でも同じであり、またその国々との関係さえも変化し続けている。周囲が絶えず変動し続けている中にあって、たった一度の学びで満足していてはあっという間に置いていかれてしまう。
情報の最先端を行くことは大きな武器になる。ルルアンナはお飾りの皇太子妃ではなく、愛する人を支えられる存在になりたいのだ。そのための苦労ならば、惜しんでいる暇など彼女にはない。
「しかし少々ご無理をしているのではありませんか?ルルアンナ様が大変な努力家であることはもちろん存じておりますが」
ジュリアが心配そうにルルアンナを見る。もしかしたら僅かに疲れを滲ませてしまっていたのかもしれない。彼女はルルアンナと接する機会も多いため、他の人間よりもそういうことに敏い。
「ご心配ありがとうございます。確かについ張り切り過ぎていたかもしれません。ずっと待ち望んでいましたから」
苦笑してみせるルルアンナに、他の二人の令嬢たちは目を輝かせる。
「そうですよね。愛するお方とやっと一緒になれるんですもの!」
「お二人の仲睦まじさは有名でしたから、私達も待ち遠しく思っておりましたわ。きっと素晴らしいお式になるのでしょうね」
自分のことのように楽しそうに話す彼女達の姿は、ルルアンナ達の結婚を帝国の人々皆が祝福してくれているかのようでじんわりと胸が温かくなる。
最高の舞台にしなければとルルアンナが内心で改めて決意をしていると、二人の令嬢のうち一人が急に顔を曇らせた。
「ですが、私…この前気になる噂を聞いてしまったのです」
「まあ、どんな噂ですか?」
あまり良い内容ではなさそうな様子に他の二人も神妙な顔になる。
「私の実家はカフェの経営もしていまして、そこまで大きくはないこじんまりとしたお店ですが、贔屓にしてくださる常連の方も多いのです。少し前にお店の様子見も兼ねて顔を出しに行った時に、ある貴族のお客様が話しているのを聞いたのです。…本当はお客様のプライベートでの会話は秘密にしなければいけないのですが」
そう言って彼女はルルアンナの方を気遣うように見ながら、おずおずと続きを口にした。
「つい最近のお話だそうですが……なんでも、皇太子殿下に付き纏うご令嬢がいるとか」
その瞬間、ルルアンナは僅かにピクリと眉を動かし、スッと令嬢を真っすぐに見つめた。




