邂逅(2)
突然現れた見目麗しい青年の姿に、ルーナの視線は釘付けになった。
(素敵……まるで絵本に出てくる王子様みたい!)
薄暗い中でも、廊下の明かりに照らされてキラキラと輝く金色の髪に、深みのある煌めきを宿すロイヤルブルーの瞳。すらりと背の高い体を包む上品かつ華やかな衣装。
これ程までに美しいという言葉が似合う男性にルーナは初めて出会った。
「すまない。突然声をかけて驚かせてしまったかな?」
自分を凝視したまま固まってしまったルーナに、青年は少し困ったように眉を下げた。そこでハッとなったルーナは慌てて返事をする。
「あ、ごめんなさい!実は、道に迷ってしまって……」
思わぬ出会いにどぎまぎとして上手く言葉が出てこないルーナに、彼は急かすこともなく静かに待ってくれた。そのおかげでつっかえつつも何とか彼女は一人こんな場所にいる理由を伝えることができた。
「なるほど、慣れない場所で帰り道が分からなくなってしまったのだな」
「は、はい。深く考えずに会場を出てしまって」
「今日この辺りに来るとしたら警備の者くらいだから、こんな場所にどうして女性が一人でいるのかと不思議に思っていたんだ」
「お、お恥ずかしい限りです……」
そう言って小さくなるルーナに、青年はフッと優しく笑った。端正な顔に浮かぶ柔らかい笑みに、思わずルーナは頬を染めて再び見惚れてしまった。
「初めて来たのなら迷うのも仕方がない。この城は広いからな。私が会場まで案内してあげよう」
「あ……ありがとう、ございます」
付いてくるように促され、ルーナはおずおずと青年の少し後ろを歩いて付いていった。重たいドレスと高いヒールのルーナを気遣うように彼女に合わせて歩いてくれる彼の紳士的な態度に、ルーナの胸はずっと高鳴りっぱなしだった。貴族の男性は皆こうなのだろうか?いや、さっきの会場でルーナに優しくしてくれた人などいなかった。目の前の彼がきっと特別なのだ。
それほど会話はなかったが、時折青年がルーナを気にかけ声をかけてくれるので気まずいと思うこともなかった。むしろ何とか彼に良い印象を持ってもらいたいとルーナは必死に淑女らしい自分を取り繕う。こんなことなら貴族のマナーの授業を面倒くさがらずに真面目に受けておけばよかった。
「しかし見回りの騎士がいるとはいっても、このような人気のない場所に若いご令嬢が一人でいるのは危ない。大事なその身に何かあってからでは遅いからな。次からは誰かと共に行動したほうがいい」
「は、はい。気を付けます」
「それと、もう夏も終わりだから夜は意外と冷える。何か羽織るものを持参するといい」
あれこれと気にかけてくれているらしい彼の言葉に目を瞬かせていると、それに気づいた彼が少し恥ずかしそうに笑った。
「すまない。初対面でお節介すぎたかな」
「そ、そんなことありません!お気遣いありがとうございます!」
目が覚めるような美しいその顔は普段なら近づき難そうなのに、どこか照れたように笑った表情は妙に可愛らしくもあって、ルーナはずっと目が離せなかった。
しかし、そんなに長い道のりではなかったらしく会場までの道案内は思ったよりも早く終わりを告げた。
「さて、ここまで来たらもう大丈夫だろう。君の連れも心配しているだろうから早く戻るといい」
「あ、えっと……わざわざ送っていただいてありがとうございました!」
「大したことではないよ。それでは、終わりまでの時間を楽しんでくれ」
「あ……」
着いた途端あっさりと背中を向ける青年に咄嗟に引き留めようとするも、名前も聞いていなかったことになんと声をかけていいか分からず、ルーナはそのまま見送るしかなかった。遠くなっていく背中に、なぜ一緒に入っていかないのかという疑問は今のルーナの頭にはない。
「あんなに素敵な人がいるのね……」
未だ熱に浮かされたようにぼうっとしたまま会場へと戻ると、丁度父が向こうからやってくるところだった。
「ルーナ、ここにいたか。思ったより話が弾んでしまってな。放っておいて悪かった」
どうやら父はルーナが会場の外へ出たことにも気づいていないようだった。非常に紳士的だったあの青年との落差に一気に現実に戻されたような気がしたが、ルーナは笑顔で答えた。
「ううん、美味しい料理とか食べて楽しんでたから大丈夫」
「そうか、初めての夜会を楽しめたのなら何よりだ。そろそろパーティもお開きの頃だろうからな」
思っていた以上に時間を潰してしまっていたようで、父の言う通りそれからほどなくしてパーティは終了となった。それまでの間ルーナは会場のあちこちに視線をやっては先ほどの青年の姿を探してみたが、人も多いせいなのか見つけることはできなかった。それを残念に思いながらも、会場まで送ってもらった時のことを思い出すと自然と口元が緩んでしまう。
良い話ができたのか上機嫌な父に連れられて帰りの馬車に乗り込み、ルーナは帰宅するまでの時間をぼんやりと揺られながら過ごす。彼女の頭の中はあの優しくも麗しい青年のことでいっぱいだった。
「……ふふ、見つけちゃった。私の運命の王子様」
自分を見つめる優し気な眼差しを思い出して、ルーナは一人胸を熱くするのだった。




