罪の代償
「陛下、この度は急な謁見にも関わらずお許しいただき感謝申し上げます」
「こうして顔を直接見るのは久々だな。よく来た、ルルアンナ。そう堅苦しくならず楽にしてくれ」
フェリオルドと共に城へとやってきたルルアンナは、事前に話が通っていたためかすぐに要請に応じてくれた皇帝を前に深く腰を折って首を垂れた。
ダリオン・アレフ・ヴァイスナー。この強大なヴァイスナー帝国を治める現皇帝にして、フェリオルドの父親でもある。その婚約者であるルルアンナのことも、ナルシッサと同様に実の娘のように目にかけてくれていた。
実年齢より若く見えるが、どちらかというと強面なその顔は外交面では威厳が増すと大変役に立っているものの、初対面の相手には委縮されがちで本人はひそかに気にしていたりする。常に国と民のことを考える良き賢帝として皆から慕われており、フェリオルドが目指す目標でもあった。
「フェリオルドから簡単に聞いてはいるが、改めて事の経緯を説明してもらえるか?」
「はい。実は―――」
夜会での件や孤児院に関しての件など、アイヴァンとの間に起きたことをルルアンナは客観的になるよう心掛けながら詳しく説明していった。そう長い時間ではなかったが、ひと通りの説明が終わった時には、ダリオンは頭が痛いというように眉間に手を当てて目を閉じていた。
「……成程、そのようなことがあったのか。よもや正式に皇太子の婚約者として公表されている相手にちょっかいをかける者がいようとは」
深々と溜息を吐くその姿は、日々の公務の忙しさも相まって随分と疲労しているように見える。余計な手間を増やしてしまうだろうことにルルアンナは少しの申し訳なさを覚えた。もちろん撤回する気はないのだが。
「もとからオルコット伯爵家の振る舞いは少々目に余るものがあった。最近では憚ることなく愛人を連れ歩いているようだしな」
苦々しい表情でダリオンが言うように、最近のオルコット伯爵夫妻は社交界でもあまり評判が良くなかった。貴族としての振る舞いもそうだが、それぞれが愛人の存在をまるで隠していないということも大きな要因であった。
帝国の皇帝の伴侶は皇后ただ一人であり、側室や愛妾は一人もいない。これは初代皇帝の時代からずっと変わらないことであり、その理由は皇族が持つ加護にあった。
神々から直接領地を賜ったとされる建国神話の中に、特に人間を愛したとされる命と繁栄を司る神アルキオスから加護を受けた、というものがある。この加護により皇族は例外なく後継に恵まれるようになり、代々必ず男女が一人ずつ健康体で生まれるようになった。おかげで側室や愛妾を迎える必要はなく、不要な後継争いなどが起きることもないため、盤石な国を築き続けることができたのだ。一見地味にも思える加護は、国を治める皇族や王族にとっては非常に有用なものであった。
この一夫一妻制が帝国では常識となり、現皇帝のダリオンも伴侶は皇后ただ一人である。彼はナルシッサただ一人を愛し、子供達も同じように大切にしている。
国のトップがそうであれば当然、帝国の貴族も平民も自然とそれに倣っていくものだ。愛人がいることは罪ではないが、非常識で恥ずべき行いとして周囲からは白い目で見られる。そのためそういった者達はこっそり人目を忍んで密会するのだが、オルコット伯爵夫妻は忍ぶどころか白昼堂々と連れ歩いているのである。
「非常識な人間の子供もまた非常識であった、ということでしょう」
少々不機嫌そうにそう言ったフェリオルドに、ダリオンも唸りながら同意した。
「皇太子の婚約者に少々絡んだ、というだけであれば、厳重注意と軽い罰則で済ませることもできたかもしれんというのに。格上の貴族相手に故意に損害を与え、あまつさえ騙ろうとしたとは…。正気の沙汰とは思えんな」
「私も驚きましたわ。まさかそのような暴挙に出る者がいるなんて…。ですがまた同じようなことを繰り返されても困りますし、他の上位貴族にも迷惑をかけないとも限りませんのできちんと相応の対応をして頂きたく存じます」
ルルアンナは悲しそうにしつつ、用意してきていた書類をダリオンのそばに控えている側近へと渡す。アイヴァンへは脅し程度に言ったが、偽の契約書でやりとりした人間も印章を偽造した人間もすでに調べは付いていた。この書類は彼の悪行に加えてそれらを証明するものでもある。
側近経由で書類を確認したダリオンは重々しくルルアンナに頷いてみせた。
「このように明確な証拠があるのだ。それと我が息子の証言もな。オルコット家はどうあっても言い逃れなど出来ぬだろう。この件は私がしかるべき方法で責任をもって処理しよう」
「はい、お願い致します。ただでさえお忙しい陛下のお手を煩わせてしまうのは心苦しいですが…」
「なに、そなたはもう家族のような者だ。心を砕くのは当然のことだとも。それに今回の件は貴族社会の秩序を乱しかねない重大な問題でもある。きちんと周囲に知らしめて厳しく裁かねばならぬ」
大国を治める立場である以上、感情的になったり私情に引っ張られたりするようなことはないが、だからといって冷たい正論や規律にばかり縛られ決まった通りにしか動けないような融通の利かない機械人間でもない。彼ならば、この国に、そしてシャレット侯爵家にとってより良いように取り計らってくれるだろう。
「本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました」
「うむ、そのうちナルシッサとばかりでなく私とも茶会をしてくれ」
「ふふ、陛下のお時間が空きましたらいつでも」
「楽しみにしておこう。フェリオルド、ルルアンナを送ってあげなさい」
「もちろんです。…行こうか、ルル」
フェリオルドから伸ばされた腕にそっと手を添えて、ルルアンナはダリオンにもう一度軽くお辞儀をしてから謁見の間を後にした。
後日、オルコット伯爵一家は皇帝からの召喚命令により強制的に呼び出しを受けた。
息子の所業を知らなかった夫妻はまさに寝耳に水といった様子で、あれこれと言葉を並べては何とか責任逃れをしようとした。しかし、まだ一応成人前である子供の様子を把握せずに放置していたということで、彼らは親としての義務を怠ったとして厳しく追及された。今まで散々に好き勝手してきたツケが回ってきたのだ。
一方、アイヴァンに関してももうとっくに善悪の判断がつく年齢であり、未成年と言えど自分がしたことの重大さを理解しなければならないとの判断により酌量の余地なしとされた。
結果、一家は爵位と領地を没収され、揃って平民へと落とされた。今回は二度と同じことが起きないよう見せしめの意味も含まれた厳しい裁定が下され、彼らの慈悲を求める声は聞き入れられることはなかった。
この出来事は一気に社交界に広まり、その思惑通り今一度貴族社会のルールが再確認され、僅かながらもどこか緩みつつあった空気は引き締められたようだった。
◇◇◇
一連の事件がとりあえずの収束を見せたため、ルルアンナはその報告も兼ねて孤児院を訪れた。
「こちらへ来るのも久々に感じますね」
「ここのところずっとバタバタとしていたものね」
巻き込まれて大変な思いをした子供達のために、今日は手作りのシフォンケーキやブラウニーなど、いつもより豪華なお菓子を準備してきたのだ。きっと皆安心して笑顔を見せてくれるだろう。
ミレットと連れ立って建物の中へと入ると、何故か辺りは騒然としたようにざわついていた。
「…どうしたのかしら?」
ルルアンナが誰かに声をかけようと周囲を見回すと、彼女に気づいた数人の子供達が駆け寄ってきた。
「ルルアンナ様!」
「うぅ…ルルアンナさま~」
ルルアンナにしがみつく子供達の顔には不安や悲しみが浮かんでおり、中には涙を浮かべている子もいた。思わぬ雰囲気にルルアンナも少し戸惑ってしまう。
「皆、いったい何があったの?」
しゃがみこんで目線を合わせると、子供達はさらにグスグスと泣き出した。
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」
「ひぐっ……ぐす……」
泣いている子供達では要領を得ないため、ルルアンナがどうしようかと悩んでいると、奥からシスターの1人が駆けてくるのが見えた。
「ルルアンナ様、すぐに気づかず申し訳ございませんでした」
「いいえ、お気になさらないでください。それよりも何があったのですか?」
ルルアンナの言葉にシスターの顔が悲し気に陰りを帯びる。
「それが……」
言い難そうに口ごもるも、少しの沈黙の後に小さく口を開いた。
「実は、ルディカが……その、自殺を……」
「……………え?」
シスターの言葉を一瞬理解できず、頭の中で繰り返してようやく意味を悟ったルルアンナは、ふらりと後ろによろめきそうになった体をミレットに支えられる。
いつも控えめに優しく微笑んでいた少年の顔が心に浮かび、そこからルルアンナの頭は真っ白になってしまったのだった。




