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チェックメイト(1)


夜会の翌日、ルルアンナはすぐに行動に移した。

無駄に時間を引き延ばして万が一何かに勘づかれて、対策でも取られては困る。それに煩わしいことはさっさと終わらせてしまいたかった。

侯爵家の馬車に揺られてしばらく、着いた先はオルコット伯爵家。アイヴァン・オルコットがいる邸だ。


「さぁ、面倒なことは早く終わらせてしまいましょう」


「準備はできております」


ミレットの言葉に頷いて、ルルアンナはオルコット家の門を潜った。

伯爵家の中でも勢いがある家門なだけあって、庭も邸宅も立派な造りである。所狭しと植えられた花々は少々賑やかすぎる気もするが。

対応に出てきたのは、この邸の執事であろう老齢の男性だった。侯爵令嬢であるルルアンナの突然の訪問に目を白黒させていたが、すぐにアイヴァンへと取り次いでくれた。応接室へと案内しようとする執事に急な訪問のためここでいいと断りを入れると、上位貴族を待たせるわけにはいかないと慌ててアイヴァンを呼びに走っていく。客人を玄関に立たせたままなど普通はあり得ないので、彼が慌てるのも無理はないのだが。

ミレットと二人で庭の花壇や木々を眺めて待っていると、急いで来たのか少しだけ息を切らせたアイヴァンが現れた。その顔は戸惑いつつもどこか不機嫌そうだ。


「御機嫌よう、アイヴァン様。本日は先触れもなく訪ねてしまい申し訳ありません」


「……全くです。急に家までやってくるなんて、いったい何の用ですか?」


本来ならば貴族の邸を訪ねる時は、先触れを出してあらかじめ知らせておくのがマナーである。相手が上位であろうと下位であろうとそれは変わらない。ルルアンナの行動は少々マナー違反ではあったが、先触れなど出せばアイヴァンが逃げてしまう恐れもあったため仕方のないことだった。


「執事が部屋へ通そうとしたのにそれも固辞したそうですね」


「ええ、ここの方が都合が良いのです」


「……よく分かりませんが、それで何の用なんです?私の誘いに急に応じてくださる気になったわけでもないのでしょう」


「私の用事が何なのかは、アイヴァン様がよくご存じなのでは?」


「はい?」


「我が侯爵家の支援する孤児院に随分な悪戯をしてくださったようですね」


「…!」


一瞬その目が見開かれるも、すぐにアイヴァンは表情を取り繕って澄ましてみせた。


「いったい何のお話です?急に来たと思えば今度は訳の分からない言いがかりですか?いくら私に怒っているのだとしてもあんまりではないですか」


溜息を吐いて大げさに嘆いてみせているが、ルルアンナは彼の茶番に付き合うつもりはない。彼女だってそんなに暇ではないのだ。

ルルアンナがちらりとミレットに目配せすると、彼女は腰に下げていた巾着から布に包まれた何かを取り出し、その中身をアイヴァンにも見えるように広げてみせた。何気なく視線を向けたアイヴァンの目が驚愕に見開かれる。


「なっ…なぜそれがそこに……っ!?」


「あら、やはりアイヴァン様はこれが何なのかご存じなのですね」


ルルアンナの言葉にアイヴァンはハッとして口を閉じるが、誤魔化すには少々遅すぎたようだ。

布の中にあった物、それはアイヴァンがシャレット侯爵家の契約書を偽造するために作らせた偽の印章だった。彼の部屋にある机の引き出しに仕舞ってあったはずのそれは、ルルアンナにお願いされた孤児院に棲みつくリス達によって運び出されていたのだ。

厳重に仕舞っていたはずの証拠品が相手の手にあるのだから、アイヴァンが動揺を隠せなくなるのも当然であった。


「いえ、それが何かは知りません。急によく分からない物を出されたので驚いただけで…」


「それはおかしいですわね。たった今アイヴァン様はそれは何だではなく、なぜそれがそこに、と仰いました。これが何なのか知っていて、かつここにあることがおかしいと分かっていなければ出てこない台詞です」


往生際悪く誤魔化そうとするアイヴァンの言葉を遮って、ルルアンナは偽造の印章を片手に追及を続ける。


「孤児院の子供達からも話を聞きました。ちょうどあなたとよく似た特徴をもつ貴族風の男から脅しを受けたと。契約している業者の者に我が侯爵家からだと言って偽の契約書を持って行った人間や、この印章を作った人間をさらに調べていけばもっと確たる証拠が出てくるでしょうね。お望みならば全て揃えてきてもう一度ここに来ましょうか?」


ルルアンナの言葉にアイヴァンの顔色は明らかに悪くなった。それを彼女は冷めた気持ちで見やる。あんな杜撰なやり方でバレないと本気で思っていたのだろうか。そしてこの程度の追及で顔を真っ青にするくらいなら最初からやるなという話である。


「なぜこのようなことを?あなたの誘いを断った私への腹いせですか?」


「っそうだ!一度だけじゃなく、何度も何度も俺をコケにしただろう!一度くらい誘いに乗ってくればまだ水に流してやったのに、ずっと俺のことを馬鹿にし続けていたじゃないか!婚約者が皇太子だからって伯爵家の俺を下に見やがって…っ。俺はそういうお高くとまった生意気な女が一番嫌いなんだよ!」


突然人が変わったように罵倒し始めたアイヴァンにルルアンナは顔を顰める。いつも貼り付けたような笑みがどこか胡散臭いとは感じていたが、まさかその素顔がこんな男だとは。


「お前に振られるたびに俺は仲間の笑い者になったんだ!今まで女に断られることなんかなかったのに……俺の面目は丸潰れだ!お前のせいでプライドが傷ついたんだぞっ!」


「なぜそれが私のせいなのでしょうか?相手からの誘いを受けるか受けないかの権利なんて、別に私だけが持っているものでもありません。ご自分の誘いは受けて当然などと言うあなたの方が傲慢で非常識でしょう。まあ、常識がない方だから婚約者のいる相手に誘いをかけたりするのでしょうが」


「チッ……本当に可愛げのない女だな。お前みたいな猫かぶりの性格悪い女、知っていたら手を出そうなんて考えなかったのに。見事に騙されたよ。それで?俺の罪を突き付けてきてどうするつもりだ?脅して言うこときかせようってか?」


悪態をついたことで気でも大きくなったのか、横柄な態度を隠さないままアイヴァンは開き直ったようにルルアンナを見下ろす。


「まあ、あなたのような人間と一緒にしないでくださいな。あなたみたく卑怯な真似をする気はありません。ただ罪を認めたなら、しかるべき正しい方法できちんと償って頂こうと思っているだけです」


「ハッ、実は馬鹿なのか?そんなの、俺がここでその手にある証拠を奪い取ればどうにもできないだろう。侯爵家だろうと証言だけじゃ証拠とは言えないからな。のこのこと持ってきてくれるなんてご苦労なことだ」


「馬鹿は貴様だ」


嘲笑うようにルルアンナを見て手を伸ばしたアイヴァンの後ろから低く鋭い声が放たれ、驚いた彼が振り向く前にその体は地面に這いつくばるように押さえ付けられていた。



我ながらいつも登場の仕方が一緒で自分で突っ込みたくなります。

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