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包囲網は抜かりなく(1)


ルディカと話をした一週間後、ルルアンナは久々に夜会へと参加していた。

そこまで重要な集まりもなかったためここしばらくは例の調査を優先していたが、必要な情報は手に入ったのでタイミングよく届いていた招待状を利用させてもらうことにした。フェリオルドはまだ視察から戻ってきていないため、当然ながら今回もルルアンナは一人だ。


「ルルアンナ様、ようこそお越しくださいました」


「こちらこそ、ご招待頂きありがとうございます」


「未来の皇太子妃様にいらして頂けるなんて光栄ですわ。今夜はどうぞ楽しんでいってくださいませ」


にこやかに歓迎してくれる主催者夫婦に挨拶をして、ルルアンナはゆっくりと歩みを進める。ノンアルコールのグラスを片手に、挨拶にやってくる貴族と軽く会話を交わしながらもルルアンナは視線を巡らせていた。探しているのは最近彼女によく絡んできていたあの男――アイヴァンだ。

あの夜、二度と現れるなと言葉を叩きつけた前回の夜会以降、彼とは会っていない。しかし彼はたいていの夜会には顔を出しているようだったので、今夜も来ていると思ったのだが、それらしき姿は見当たらなかった。まだ来ていないだけなのか、それともこの夜会には出席しないのか。


(いつもは鬱陶しいくらいに周りをうろついているくせに、用がある時にはいないのね)


別にルルアンナとてアイヴァンに会いたいわけではない。顔を見たくないと拒絶したくらいなのだから当然だ。それでもこうして探しているのは、彼女が支援する孤児院にちょっかいをかけていた犯人がまさにあの男だからである。

ルルアンナに振られ続けた腹いせかなにか知らないが、とんでもないことを仕出かしてくれたものだ。今まで散々に不快な思いをさせられてきたのもあり、ルルアンナはあの男を許すつもりなど到底ない。その件について追及するつもりで来たのだが、肝心の本人はいなかった。

もう少ししたら遅れてくるかもしれないと時間を潰しているものの、今日は来ないかもしれないとも感じた。ルルアンナに顔を見せるなと言われたからと素直に従うような人間ではない。侯爵家に手を出したことでこちらを避けている可能性もある。

ふう、と苛立ちを逃がすためにルルアンナは深呼吸をして、そのまま会場となっている部屋の出口へと向かった。

ドアマンに開けられた扉を通って廊下へと出ると、一気に喧騒が遠くなる。まだ夜会は中盤で、招待客達もダンスや会話を楽しんでいるさなかであり人気はほとんどなかった。

ここで会えないならばどうするかとルルアンナが考え込みながら歩みを進めた時、唐突に後ろから声をかけられた。


「こんばんは、ルルアンナ様」


振り返ると、自分の後を追ってきたのか今しがた出てきた扉のそばに男が一人立っていた。


「パーティはまだこれからなのに、もう帰ってしまわれるのですか?」


見覚えのない男に声をかけられて一瞬訝しく思うも、その顔をよく見ると見たことがある相手だと気づく。何度かアイヴァンと共にいるのを見かけたことがあった。


「…ええ、この後は用事がありますのでお先に失礼いたします」


「夜に女性ひとりは危ないですよ。僕が送っていきましょう」


このタイミングであの男とつるんでいた相手が声をかけてくるなど、何かあると警戒しない方がおかしい。


「いいえ、結構です。馬車もすぐそこですから、あなたは戻って残りの時間を楽しんでください」


「僕ももう抜けようと思っていたんです」


ルルアンナが遠回しに断っているにもかかわらず、わざとかそうでないのか男は引こうとしない。それどころか無遠慮にスッと距離を詰めて顔を近づけてくる。


「どうせなら共に抜け出しませんか。今夜は僕とでどうでしょう?」


は?とルルアンナは思わず軽蔑の視線を向けるところだった。この男はいったい何を言っているのか。


「仰っている意味が分かりませんわ」


「ごまかす必要はありませんよ。僕は知っていますから」


ニヤリと笑う男に鳥肌が立ったが、かろうじて突き飛ばすのは堪えた。代わりに距離を取ろうとその体をやんわりと押してみるも、逆に腕をがしりと掴まれる。


「…放してください」


「アイヴァンから聞きましたよ。皇太子殿下がご不在でその退屈を他の男達で紛らわせているのでしょう?問題にならないよう利害の一致する相手を選んで夜遊びをしているとか。あいつが今日は来れないから代わりに相手をしてきたらどうだと勧められたんです。こう見えて結構上手いんですよ」


強い嫌悪感に思わず顔を顰めるのを止められなかった。類は友を呼ぶと言うが、クズな男の仲間はクズということか。

ルルアンナにとっては耐え難い侮辱である。他の男などそもそも眼中にないし、フェリオルドの代わりになれると考えることが烏滸がましい。


「その方が何を勘違いしたのかは存じませんが、他の殿方と夜を共にするなどあり得ないことですわ。フェリオルド様の代わりなど誰にも務まりません。そもそも、次期皇太子妃としてそのような品性を疑う行動をすると思われていることが心外です」


不愉快だと表情に出して言葉を返すルルアンナに、男は少し意外そうに瞬きをした。


「違うんですか?確かにあいつが言ってたんですが…。別に誰にも言いませんから隠さなくてもいいんですよ。こうして一人で参加しているのだって相手を物色しているからじゃないんですか?僕もこんなに美しい方とお近づきになれる機会なんてそうそうないですし、ぜひお相手したいのですが」


「ですから、そんな事実はないと言ってるのです。そのような出鱈目を信じるなんて、もう少し情報の真偽を見極められるようになった方がよろしいのでは?」


「…へえ、お優しく清楚な時期皇太子妃サマはそれが素なんですか?気が強い女性も嫌いじゃないですよ」


こちらの言葉を聞いていないのか楽しそうにグッと腕を引かれ、ルルアンナの苛立ちは募るばかりだった。誰も見ていないしいっそのこと頬を張り飛ばしてやろうかと思考が物騒になりかけた時。


「私の婚約者に何をしている?」


聞きなれた心地良い声が耳に届くと同時に、腕を掴んでいた手が引き剝がされ、代わりに新たな手に肩を引き寄せられる。反応する間もなく突然抱き締められたルルアンナは、しかし驚くことなくむしろホッとしたかのように力を抜いて己を抱く腕に身を任せた。


「こ、皇太子殿下…!?」


その場の不穏な空気を壊すように現れたのは、ルルアンナがずっと会いたいと待ち焦がれていた愛しい婚約者だった。


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