犯人捜し(1)
「お父様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
帰宅後、ルルアンナは資料を任せたミレットと別れすぐに父であるケイオスの書斎を訪れた。
「今日は帰りが早いな。何か急ぎの用事か?」
「ええ、早急に取り掛かるべきことです」
ルルアンナの様子に何かを感じたのか、ケイオスはペンを置くと机からソファへと移動し、娘にも座るよう促した。ルルアンナも素直に対面へと腰を下ろす。
「それで、何があった?」
「お父様もご存じの通り、今日は孤児院へと行って参りました。実は少し前に違和感を感じていて、ジゼル院長に事情を聞いたところ、我が侯爵家から支援されている食料が半分にまで減らされていたというのです」
「何……?」
やはりケイオスも初耳だったようで、訝し気に顔を顰めている。
「お前が指示したことではないんだな?」
「もちろんです。そのようなことをするはずがありません」
つい口調に怒りが滲み出てしまい、息を一つ吐いてルルアンナは心を静める。
「担当業者は確かに侯爵家の者からそう指示を受けたと言っているそうです。つまり、我々の知らないところで我々侯爵家を騙る不届き者がいるということですわ」
「貴族の、しかも侯爵家の名を騙るなど重罪だ。余程の怖いもの知らずか、ただの馬鹿かのどちらかだな」
ルルアンナからしてみればどちらも馬鹿でしかない。ただの身の程知らずである。
「次に業者が食料を届けに来るのは二日後とのことですので、私もその日立ち会う予定です。詳しく話を聞いて、減らされていた分も元に戻すように契約を修正しなければなりませんので」
「ああ、孤児院はお前の管轄だ。必要だと思うことは好きにやってみなさい。ただし、困った時は躊躇せずこちらを頼るように」
「はい、ありがとうございます」
一見厳しく見えても本当は娘に甘いケイオスの言葉にルルアンナは笑顔でお礼を言った。
◇◇◇
二日後、ルルアンナはミレットを連れて約束通りに早い時間から孤児院を訪れていた。
「ルルアンナ様、このように早い時間から来ていただいて申し訳ありません」
「少し早く来るくらい何の問題もありません。それに食料が届くのは午前中ですもの」
食料配達はだいたい午前中にする業者がほとんどのため、立ち会うためには早めに来ておかねばならない。ルルアンナは朝いつまでも寝ているタイプではないので、いつもより早く活動するのも特に苦ではなかった。
「あ、ルルアンナさまがもう来てる」
「おはようございます!」
少しだけ眠そうな子供達が、それでも元気にルルアンナに挨拶をする。
「ふふ、おはよう皆。きちんと起きられて偉いわ」
眠そうな子供達とすれ違うように、顔を洗ってきたらしくすっきりした様子の子供達がやってくる。
「昨日は野菜と果物がいっぱい届いたんだよ!おかわりしても足りなくならなかったの!」
「院長先生がルルアンナ様のおかげだって言ってた」
「ルルアンナ様いつもありがとう!」
満面の笑みで素直に感謝を述べる子供達に、ルルアンナも自然と笑顔になる。なんと無垢で愛おしい存在だろうか。たまに眩しすぎて、偽りと打算にまみれた自分が関わっていていいのかと思う時もあるが、愛想笑いと腹の探り合いが常の貴族社会で疲れた心が癒されるのも事実だった。彼らには自分のようにならずに己の感情に素直なまま生きていってほしいとルルアンナは思う。
「ルルアンナ様、業者の方が来たようです」
「今行きます。皆、また後でね」
ジゼルに呼ばれたルルアンナは子供達に手を振り、業者の人間が待っているという場所へと向かった。
案内された場所は、大通りに面した入り口に近い倉庫の前だった。そこに停められた大きな台車には様々な食材が乗せられ、すぐそばに業者の人間らしき男が一人立っている。
「あなたがいつも届けてくださる方でしょうか?」
「はい、私が担当しております。いつも侯爵家の方々にはご贔屓頂き感謝を申し上げます」
三十代半ばほどの業者の男は丁寧にルルアンナへと頭を下げた。見たところ礼儀正しく、格好も身綺麗で好感が持てる。業者側が何か関わっているようには見えなかった。
もちろんきちんと調べる必要はあるが、おそらくこちらは白だろう。
「こちらこそ、あなた方の働きに感謝致します。それで、少し前から孤児院に届ける量が半減したとお聞きしました」
「はい、シャレット侯爵家の使いだという方が契約書を持って商会の方へとやってきました。この孤児院への物資を半分にするようにと言われたので、その通りにしたのですが…」
どこか困惑した様子で話す業者の男も、この事態に戸惑っているようだ。
「その契約書を見せて頂きたいのだけど、今お持ちかしら?」
「はい、こちらです」
渡された白い封筒から一枚の紙を取り出し、広げて見る。そこにはシャレット家からの通達として今後の食料物資を現在の半分程度にするようにといった内容が記されていた。文の最後に、確かにシャレット侯爵家のものである印章が押されている。
「…確かに我がシャレット家の家紋の印が押されていますね。しかし、もうお聞きと思いますが我々はジゼル院長に話を聞くまでこのことを把握しておりませんでした。おそらくあなたに契約書を持って行った人間は、シャレット家とは全く関係のない者です。侯爵家を騙る人間を放っておくわけにもいかないので、調査のためにこの契約書を預かりたいのですがよろしいですか?」
「は、はい。もちろんです」
「契約内容はこの偽物ではなく、以前の契約書通りにお願いします。今日の物資も足りない分は追加で持ってきてください」
「はい、直ちに手配いたします」
業者の男は頭を下げると急いで荷物を下ろし始めた。他のシスターと年長組の子供達がそれを手伝い始め、静かだった空間が賑やかになっていく。
その様子を微笑ましそうに見ているジゼルの横で、ルルアンナは厳しい表情で契約書を見つめていた。
「ジゼル院長、この業者と孤児院の契約書、そしてそれを保証する侯爵家の契約書がここに保管されていたと思うのですが」
「ええ、重要な書類ですからまとめてきちんと仕舞ってあります」
「そちらも少しの間お預かりしてもいいでしょうか?」
「もちろんです。すぐに持って参りますね」
ジゼルはすぐに必要な書類を取って戻ってくるとルルアンナへと差し出した。それを受け取ったルルアンナはそれらと業者の男から預かった契約書をじっくりと見比べる。
「印章はもちろんですが、契約書の書式も一緒ですね。本物を見たことがなければここまで同じものは作れないはずです」
「まあ、この契約書は院長室の鍵のかかる棚にきちんと保管しているのです。いったいどうやって…」
戸惑ったようにジゼルは口元を手で覆う。ルルアンナも彼女を疑う気はなかった。しかし、何らかの方法で相手がこの契約書を見たことがあるのは確かだろう。
「それも含めてこれから調べていきます。このようなことが再び起きないように必ず犯人は捕まえてみせます。狙いが何かはまだわかりませんが、孤児院をこのようなことに巻き込んでしまってすみません」
「そんな、ルルアンナ様が謝る必要などありません!それに孤児院が巻き込まれただけかどうかもまだ分かりませんもの。こうしてすぐに対処していただけただけで十分です」
「今まで以上に目を光らせていますし大丈夫だとは思いますが、また何かおかしいと感じたらすぐに教えてくださいね」
「はい、ルルアンナ様のお心遣いに本当に感謝致します」
そこへ業者の様子を見張っていたミレットが戻ってくる。
「特に怪しい様子はありませんでした。迅速に荷を下ろし終え、追加分を補充するために急いで引き返していったようです」
「そう、ご苦労様でした。やはりあちらは関係なさそうですね」
「犯人に目星は付きそうですか?」
「証拠はまだないけれど、大丈夫よ。私にはとっておきの手があるもの」
ルルアンナは不安など微塵も感じさせない真っすぐな眼差しで、クスリと笑ってみせた。




