異変(2)
訪問から二日後、ルルアンナは再び孤児院を訪れていた。
本当はその翌日すぐに行きたかったが、フェリオルドが少し離れた町や村の視察に行くということでその見送り等があったため、時間を取れなかったのだ。
前回よりも早い時間にやってきたルルアンナは、またも外に子供達がいないことに眉を顰めた。あの時は昼食時だったからと深く気にしなかったが、何か別に理由があるのかもしれない。
「やっぱり子供達がいないわね」
「そうですね。さすがに違和感を感じます」
訝し気に辺りを見回すミレットと共に、建物の扉を潜る。入ってすぐの場所にある呼び鈴を鳴らすと、奥から足早にジゼルが姿を見せた。
「ああ、ルルアンナ様。ようこそお越しくださいました。先日は所用で席を外していて申し訳ありませんでした」
「こんにちは、ジゼル院長。こちらが勝手にお邪魔しているのですから気にしないでください」
出迎えたジゼルは朗らかに笑っているが、どこか疲れた様子にも見えた。
「今日は子供達は外で遊んでいないのですね」
何気ない風を装ってルルアンナが話を振ると、ジゼルは困ったように視線を落とした。
「…ええ、実は何人か体調を崩しておりまして。最近、あまり体調の良くない子が多いのです」
「まあ、風邪か何かですか?」
「いえ、病気というわけではないのですが…」
どこか言い難そうに言葉を濁すジゼルに、やはり先日から何かがおかしいとルルアンナは目を細める。管理する者として見過ごすことはできない。
「実は前回伺った時も、少し違和感を感じたのです。もしかして何か問題が起きているのではないですか?」
ルルアンナの言葉にジゼルが思わずというように顔を上げる。
「もし困っているのならどうか隠さずに全てお話しください。必ず私が力になりますから」
まっすぐと見つめてくるルルアンナの真摯な様子に、ジゼルは小さく息を吐いた。
「分かりました。とりあえずこちらへどうぞ」
◇◇◇
ルルアンナとミレットは院長室へと通された。応接用に置かれたソファにジゼルと向かい合うように腰を下ろす。
「それで、何があったのですか?」
「実は、少し前から孤児院に届けられる食料が減ってしまったのです」
「え、減った…?」
「はい、以前の半分ほどしか届かないのです」
ルルアンナは驚きに目を瞠った。当然そのようなことに覚えがないからだ。
どういうことなのか詳しく聞いてみると、ある時期を境に急に孤児院に届けられる食料品が半減してしまったという。しかも届けてくれる業者に尋ねたところ、契約している侯爵家からそのような指示があったと言うのだ。そしてそのせいで今までは十分にあった食材が足りなくなってしまい、子供達の食事も量が減ってしまったとのことだった。
それらを聞いてルルアンナは先日の訪問の際に感じた違和感が勘違いではなかったと知った。子供達の昼食のメニューが少ないと感じたことも、シスターの1人が何か言いたげな様子だったことも。食料品の件を聞きたくても、ルルアンナの指示だったらと考えて下手に質問できなかったのだろう。
しかし気にするべきはそこではない。重要なのはなぜそんなことになってしまっているのかだ。ジゼルから話を聞くまで知らなかったように、当然そんなことをしたのはルルアンナではない。
「まさか、そんなことになっていたなんて…。すぐに気が付かずにすみませんでした」
「とんでもありません!私どもがすぐに相談すればよかったのです。ルルアンナ様が理由もなくそんなことをされる方ではないと分かっていたのに。申し訳ありませんでした」
「どうか謝らないでください。悪いのはこのような悪質なことを仕出かした者なのですから」
この孤児院の管理責任者はルルアンナだ。彼女の承諾なしに契約を変更するなどあり得ない。つまりは何者かが侯爵家を騙って悪事を働いたということだ。
「我がシャレット家に喧嘩を売るとは…。しかも何の罪もない子供達を巻き込んで。許せることではありません」
厳しい表情のルルアンナに、ジゼルは懇願するように頭を下げる。
「満足に食事ができていないせいで、最近になって体調を崩す子供が増えてきているのです。そうでなくともいつもお腹を空かせているようで、以前のように駆け回る元気もないようで。私達も交代で街まで買い出しに行って足りない分を補っているのですが、体調不良の子供達を看るためにその余裕もなくなってきてしまいました。どうか早い改善をお願いします」
「そこまで影響が出ていたのですね」
あまり元気がないように見えたルディカや、室内で大人しくしていた子供達を思い出す。なぜ少しでも違和感を感じていたのにすぐ動かなかったのか。ルルアンナは己の失策を恥じた。
「もちろんすぐにこの件に着手させていただきます。次に業者が食料を届けに来るのはいつでしょうか?」
「二日後の予定です」
「分かりました。その日は私も立ち会います。それまでは侯爵家から食料を届けさせましょう」
「まあ、ありがとうございます…!」
深々とお辞儀をするジゼルに、今日の分のお菓子が詰まったバスケットを渡す。
「前回の訪問で気になって、今日はいつもより多くお菓子を持ってきたのです。少し多すぎたかなと思いましたが、役に立ちそうで良かった」
中身は隙間がないほどぎっしりと詰まったクッキーとマフィンだった。マフィンは腹持ちが良いし、クッキーは日持ちするので子供達の空腹を満たすことができるはずだ。
「本当に、なんとお礼を言ったらいいか。ルルアンナ様のご慈悲に心から感謝致します」
「まあ、ジゼル院長。私も子供達の笑顔が見たいのです。ですからこのくらいのことは何も大変ではありませんわ」
優しく微笑むルルアンナに、ジゼルは改めて感謝と尊敬の念を込めて頭を下げた。
◇◇◇
話し合いを終えたルルアンナはミレットと共に孤児院の廊下を歩いていた。見送りを申し出る彼女に、体調を崩している子供達に付いてあげてほしいと断りを入れ、玄関へと向かいながら院内の様子を観察する。
「ルルアンナ様、もう帰っちゃうの?」
気付いた子供達がそばに寄ってくる。彼らの顔色は普通だが、やはり以前のような溌溂とした元気さはない。
「ええ、ちょっと用事がてきてしまったの。遊べなくてごめんね。お詫びに今日はお菓子をたくさん作ってきたの。いっぱい食べてね」
「ほんと?いっぱいあるの?」
「最近あんまりお腹いっぱい食べられないからうれしいな!」
彼らの何気ない台詞に切なくなる。
「でも、ルルアンナ様と一緒に食べたかったなぁ」
残念そうに口を尖らせる女の子に、ルルアンナは視線を合わせるように屈んで頭を撫でた。
「じゃあ、次は一緒にお菓子パーティしましょう。約束よ」
「お菓子パーティ!ぜったいだよ!」
嬉しそうに笑う子供達を順番に撫でてから、ルルアンナは孤児院を後にした。
「ミレット、帰ったら孤児院と契約しているすべての業者に関する資料を準備してもらえる?」
「はい、戻り次第すぐに」
「私のものに手を出したこと、死ぬほど後悔させてあげるわ……」
いつも人々を慈しむような紫の瞳には、いっそ鮮やかなほどの怒りだけが爛々と輝いていた。




