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「ルル、ぼうっとしてどうしたんだい?」


フェリオルドからかけられた声に、ルルアンナはハッと意識を引き戻した。

今日はようやく時間が取れたフェリオルドとの二週間ぶりのお茶会だった。城の庭園の一角で、ルルアンナが持ち寄った手作りのクッキーをお供に紅茶を楽しんでいたのだ。


「申し訳ありません。せっかくフェリオ様が多忙な中で作ってくださった時間なのに、考え事をしてしまうなんて…」


「いや、そんなことは構わないよ。それより、何か悩みでも?」


フェリオルドといる時にルルアンナがよそ事に気を取られることなど滅多にない。そのためフェリオルドも何かあったのではないかと心配しているようだった。


「いえ、特に何かがあったわけではないのです。ただ、最近は以前よりもフェリオ様に会える機会が減ってしまったので、寂しさを感じることもあって…。こんなことでは皇太子妃など務まりませんね」


本当は、夜会のたびにルルアンナに絡んでくるアイヴァンが悩みの種になっている。しかしルルアンナがそのことを言わなかったのは、フェリオルドに心配をかけたくないというような理由ではなかった。せっかく得られたフェリオルドと共に過ごす貴重な時間を、無駄なことで消費したくなかったからだ。ましてや他の男性の話など、彼との会話の話題にしたくもなかった。きっとルルアンナが同じことをされたら、いい気分はしないはずだ。

フェリオルドに悩みを隠したのではない。取るに足らない事柄だと判断しただけだった。

ルルアンナの言葉に、フェリオルドは少し眉を下げて微笑む。


「寂しさを感じるくらい誰にだってある。僕だってそうだ。皇族だって人間だからね。僕と会えないことを素直に寂しがってくれるのは嬉しいよ。そうさせてしまっている現状に関しては情けない限りだが」


「まあ、フェリオ様が今とても大変で、それでも国のために頑張っていることは皆も私も分かっております。情けないだなんて思いませんわ」


「そう言ってもらえると少し気が楽になるな。いつルルに愛想を尽かされてしまうかと戦々恐々としているんだ。最近は夜会も一人で行かせてしまう時があるし」


本当に心配そうにこちらを見るフェリオルドに、ルルアンナは思わずクスリと笑った。


「ふふ、それこそ無駄な心配というものです。私がフェリオ様に愛想を尽かすなんて、絶対にありえないことですもの」


ひょいと手に取ったクッキーをフェリオルドの口元に近づけると、彼はルルアンナの手首に手を添えてクッキーに噛り付いた。


「それを聞いて少し安心した。だが慢心は禁物だからな。ルルのその愛情に胡坐をかかずに、愛し愛されるための努力はこれからも欠かさないよ」


そう言ってそのまま掴んでいた手を引き寄せて粉の付いた指をペロリと舐めるフェリオルドに、ルルアンナはパッと頬を染めた。相変わらず彼の前では初々しい様子にフッと口元が緩む。

フェリオルドが手を離すとルルアンナは慌てたように自身の手を胸元に引き寄せた。


「あの、フェリオルド様の方は最近どうなのですか?まだまだ今の忙しさが続くのでしょうか」


誤魔化すように話題を変えるルルアンナにおかしそうに笑って、フェリオルドは素直にそれに乗っかることにした。


「あと少し忙しいが、予定通りに進めばその後は以前のように余裕ができると思う」


「そうですか」


どこかホッとしたように笑みを浮かべるルルアンナに、思っていた以上に寂しい思いをさせていたようだとフェリオルドは苦く笑った。


「君との未来を確かなものにするためにしたことが、君と過ごす時間を削ってしまうとは…。儘ならないものだな」


寂し気に笑うフェリオルドを見て、ルルアンナはそっとテーブルの上にある彼の手に自分の手を重ねた。


「いいのです。こうしてフェリオ様と二人きりで、穏やかな時間が過ごせるのなら。その時に甘やかして頂ければ、それだけで私は幸せです」


フェリオルドは少しだけ目を見開いてから、そのほっそりとした華奢な手をキュッと握りしめた。


「そうか。それならうんと甘やかしてあげないとね。常に僕のことを忘れないでいてくれるくらいに」


「……そんなの、もうとっくになっていますわ」


照れたように小さな声でそう呟くルルアンナに、フェリオルドは満足そうに笑ってその体ごと腕の中へと引き寄せた。






◇◇◇






夜も深まった頃、自室で書類に目を通していたフェリオルドはふと小さくため息を吐いた。


「いつも僕のためにと考えていてくれるのは嬉しいが、悩みを素直に打ち明けてもらえないのは案外寂しいものだな」


唐突に呟かれた独り言に、静かに答える声があった。


「殿下の手を煩わせたくないんでしょうねぇ。ただでさえ多忙なわけですし」


「それは僕も分かっている」


あっさり返事をした影に、フェリオルドも特に驚くこともなく返す。


「そうした少しの遠慮すら本当は取っ払ってしまいたいんだがな…」


「殿下至上主義の婚約者様にそれは無理なんじゃないですか」


「……」


「気持ち悪いんでニヤけないでください」


「うるさい」


ルルアンナのそうした健気さも慎ましやかなところもフェリオルドは愛しているので、本気でどうにかしようという気は実際ない。遠慮してほしくないというのももちろん本音ではあるが。


「それで、調べは付いたのか?」


「もちろんです。あんな小物の情報に時間なんてかけませんよ」


「小物、か。そのような分際でよくルルに声をかけられたものだ」


そう言って口元を歪めるフェリオルドの瞳には、確かに獰猛な光が宿っていた。


「間違ってもとち狂った真似をしないよう見張っておけ。ただし、直接ルルに害を成さないならすぐ手出しはするな。知られたくないという彼女の気持ちも尊重したい」


「了解しました。その時には殿下の判断を仰ぎます」


「ああ、頼む。…本当ならそんな虫がつかないよう僕がそばで守ってやりたいのだが」


「まあ、もう少しの辛抱ですよ。そちらの調査もきちんと進めていますから」


「何から何まですまないな」


「そう思うなら給料弾んでください」


「考えておこう」


脳裏に誰より愛しい婚約者の姿を思い浮かべながら、フェリオルドは数日後に控えた視察の関連書類を手に取った。


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