不穏な夜(1)
満月の美しい夜。帝都のある貴族の邸ではパーティが開かれていた。
邸の規模はそこまで大きくはないが、華美過ぎず程よく調和の取れた内装は品があり、持ち主のセンスの良さを感じさせる。
「今宵はようこそいらっしゃいました。ルルアンナ様に我がパルテア子爵家のパーティにお越しいただけるとは大変光栄です」
「こちらこそ、このような素敵な場にご招待頂けて感謝致します」
主催者からの挨拶を受けてルルアンナは柔らかな笑みを浮かべる。
相手はパルテア子爵とその妻の子爵夫人で、この屋敷の主でありパーティを開催した人物でもある。彼らは友好国との貿易において帝国が有利になるよう尽力したとの功績で、皇帝から栄誉と共に新たな領地を賜ることになっている。今宵はそれを祝うパーティであり、祝いを述べるためにルルアンナも参加したのだ。
本当はフェリオルドと共に来る予定だったが、彼に外せない急用が入ってしまいルルアンナだけで来ることになった。先の祝典で皇太子としての手腕を認められたフェリオルドは、任される仕事が増えたことで今まで以上に忙しくなった。視察であちこち飛び回ることも多く、共に過ごせる時間は以前よりも少なくなった。
しかしフェリオルドは忙しいその合間を縫って、公務以外の時間のほとんどをルルアンナと過ごすために費やしてくれている。疲れているなか無理をしているのではと心配するルルアンナに、共に過ごす時間が癒しだからと彼は笑ってくれるのだ
そんなふうに気遣ってくれるフェリオルドに対して、前より会えないのが寂しいなどとルルアンナが弱音を吐くことはできなかった。愛する人の邪魔になるなどあってはならないことなのだから。
「フェリオルド殿下は急用が入ってしまいまして、こちらに来られないことをとても残念がっていらっしゃいました。パルテア子爵夫妻には直接お祝いを述べたかったと」
「もったいないお言葉です。そのように我々を気にかけて頂けるとは」
「どうか殿下にもよろしくお伝えください」
「ええ、もちろんです」
パルテア子爵も夫人も穏やかで非常に感じの良い人物だった。彼らのような人材がこれからの帝国の力になってくれることはとても心強い。
「料理なども色々と趣向を凝らしてありますので是非楽しんでいってください」
「まあ、ありがとうございます。堪能させて頂きますね」
参加者への挨拶回りに戻った彼らを見送り、ルルアンナは小さく息を吐いた。今回は労いの意味も兼ねての顔見せだったため、挨拶が済めばここに長居する必要もない。しかしだからと言ってさっさと帰ってしまうのも少々失礼である。
もう少しだけ時間を潰していくことにして、ルルアンナは近くのウェイターからグラスを受け取るとバルコニーへと向かった。
夜特有の匂いを感じる空気は、まだ春と夏の境目ということもあり穏やかで過ごしやすかった。微かに吹く涼しい風が頬と髪を撫でつけていく。
皆まだ中で会話や料理を楽しんでいるらしく、誰もいないバルコニーをルルアンナは静かに進んでいった。
「はぁ……」
凝った装飾の手摺りに手をかけ、ルルアンナは溜息を吐いた。
フェリオルドの皇太子としての地盤を確かなものにするためにも、こういった場に出席して人脈を築くことは必要なことだ。彼が来られない場にはルルアンナが代わりに来て交流を深めれば良い。それは分かっていても、やはり一人で社交の場に出るのは少しだけ寂しい。ほとんどの人がパートナー連れで出席するため余計にそう感じるのかもしれない。
しかし、ルルアンナが気分を沈ませる原因はそれだけではなかった。
「おや、このような場にお一人でいるのは危ないですよ」
ふいに後ろからかけられた声にルルアンナはピクリと眉を動かす。しかし一瞬後にはすぐに取り繕って笑顔で振り返った。
「まあ、ご心配ありがとうございます。ですがこのような祝いの場で無粋な真似をする方などきっといらっしゃらないと信じていますので」
「さすがは聖女と名高いお方だ。慈悲深くていらっしゃる」
どこか揶揄うような声にルルアンナは珍しく不快そうに眉根を寄せる。すると相手はさらに楽しげな声になった。
「こんばんは、ルルアンナ様。今日もお会いできましたね」
そう言葉を続けるのは、ルルアンナと同年代に見える令息だ。そこそこに高い背に、そこそこに整った顔立ち。夜会服をかっちりと着こなしてはいるが、フェリオルドを見慣れたルルアンナにはどれも魅力的には映らない。
「……こんばんは、アイヴァン様」
彼はアイヴァン・オルコット。オルコット伯爵家の一人息子であり、最近ルルアンナに絡んでくる厄介な相手であった。




