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春の感謝祭(8)


エリザが連れていかれたことで、騒然となっていた現場も僅かな騒めきを残して徐々に落ち着いていった。

ルルアンナを抱き起こして寄り添うように立ったフェリオルドは、改めてぐるりと周囲を見回す。


「せっかくのめでたき日に騒がせてすまなかった。そして私の婚約者への気遣いに感謝する。我が国の国民達は誠実で素晴らしいと再確認できて私も誇らしい。これからもどうかよろしく頼む」


「皆様のおかげで、あれ以上何事もなく済ませることができました。本当にありがとうございます」


フェリオルドとルルアンナからの感謝の言葉に、居合わせた人々の顔にも安堵の笑みが浮かぶ。


「もったいないお言葉です」


「本当に。お役に立てて良かったです」


「お二人をこのように間近で拝見できるなんて、むしろ幸運でした」


感謝祭の明るい雰囲気に戻りつつあるのを見て、フェリオルドはそっと手を挙げて何かの合図をした。するとどこにいたのか、彼の側近の一人が現れ短く言葉を交わして去っていく。

ルルアンナが不思議そうにフェリオルドを見上げると、彼はフッと楽しそうに笑みを浮かべた。いったい何をしようとしているのかと尋ねる間もなく、先ほどの側近がぞろぞろと人を引き連れて戻ってきた。その手には大きめの箱が抱えられている。中に詰められていたのは軽くラッピングされた焼き菓子だった。


「詫びと感謝のしるしに簡単なものではあるが菓子を用意した。味は保証するので良ければ受け取ってくれ」


その言葉にワッと軽く歓声が上がる。子供や若い女性を中心に多くの人が集まってくるが、誰も他人を押しのけたりせず順番にお菓子を受け取っていく。


「わぁ、綺麗なお菓子!」


「美味しそうだね」


城の料理人が上質な材料で作った焼き菓子は、簡単なものといえど味も質も最高級の出来栄えだ。皇族や上位貴族ならば食べる機会もあるが、下級貴族や庶民には普通なら手の届かないものである。降って湧いた幸運に人々は手を合わせるように喜び合っている。

瞬く間に広がっていく笑顔に、先ほどの騒動のことなど完全に忘れ去られていた。


「いつの間にあのような物を?」


「何かあった時のためにと思ってね。どんなことが起きても対応できるように、準備は常に万全でなければ」


ぱちりと小さく片眼を閉じてみせるフェリオルドに、ルルアンナもクスリと楽しそうに笑った。

事前に用意していなければ、あんなにすぐに菓子を持ってきて配ることなど不可能だ。そのための人員配置まで手を回していたのだろう彼の周到さには本当に恐れ入る。おかげで騒ぎは必要以上に大きくなることもなく、人々の記憶も揉め事の代わりに楽しいものへと上書きされたはずだ。


「さすがフェリオルド様ですね。いつも人々のためを思って、本当にお優しい…」


「だが、その根底にあるのはいつも、君に何の不安もなく笑顔で過ごしてほしいという私の願いだよ」


さらりとルルアンナの髪を撫でて微笑むフェリオルドに、幸せそうに彼女の頬が薄紅に染まる。それを見たフェリオルドは満足そうに口角を上げた。


「私達もそろそろ戻ろうか」


「そうですね」


ルルアンナの背に手を添えたフェリオルドが最後に人々の方を振り返る。


「広場でも簡易ではあるが食事を用意し振る舞う予定だ。時間のある者は是非食べに来てほしい」


「この後も楽しい時間をお過ごしくださいね」


二人の言葉に感謝をこめて深々と頭を下げる彼らに見送られ、ルルアンナとフェリオルドは寄り添いながらその場を後にした。




その後、噴水のある広場では皇室の料理人により祝典用にアレンジされた様々な料理が振る舞われ、貴族も平民も身分に関係なくそれらを楽しんだ。子供も大人も、若者も年配者も、日常を忘れて特別感を満喫した。その盛り上がりは都全体に広がり、どの屋台や店も大変な盛況となっていた。まさに祝福に相応しい一日といえただろう。

ルルアンナもフェリオルドものんびりと街中を見て回り、時にはその輪の中に招かれながら、人々の様子を見守った。

その熱気は夕方まで続き、最後はこの感謝祭の象徴として色々な種類の野菜や果物、花の種が配られ、広場に飾りつけられていた花々も希望者へと贈られ、人々の止まない歓声の中で幕を閉じたのだった。







◇◇◇







その日の夜、ルルアンナは城のバルコニーでフェリオルドと共に街を眺めていた。こんな日くらいは泊まってゆっくりしていきなさいと皇族一家にすすめられ、ルルアンナ自身ももう少しフェリオルドと一緒にいたい気持ちが強かったため、お言葉に甘えることにしたのだ。


「夜の街もこうして見ると美しいですね」


「ああ、特に今日はいつもより明るいからね」


彼らの視線の先には、後夜祭で未だに熱気の冷めやらぬなか盛り上がっている人々がいた。後夜祭とはいっても、公的な祝典は昼間で終了しているため、その延長として街の者達が勝手に楽しんでいるだけなのだが。

いつもならすでに閉まっているようなお店も今日ばかりは営業しており、普段より道や建物の周囲がライトアップされているせいで昼間のように明るかった。


「感謝祭を何事もなく、と言っていいかは微妙だが、大きなトラブルなく終えることができて良かった」


「そうですね、本当にお疲れさまでした。とても華やかで素晴らしい祝典だったと、皆絶賛しておりましたわ」


「今回は初めて僕一人で行事のほとんどを取り仕切った。国民や臣下、父上達に、皇太子としての実力を示すための機会でもあったからな。期待を裏切るようなことにならなくてよかった」


「まあ、そのようなことはあり得ませんわ。フェリオルド様が普段からどれほど努力していらっしゃるか、その頑張りを知らない者などこの帝都にはいませんもの」


「はは、そうかな。ありがとう。ルルアンナも今日はご苦労だったね」


「私、ちゃんとお役目を果たすことができたでしょうか?」


「もちろん、とても立派だったよ」


労うように髪を撫でられ、ルルアンナは照れたように手に持っていたグラスを口元へ運んだ。カラリと涼やかな氷の音を響かせ、それはすぐにテーブルへと戻される。

夜の風が頬を撫で、特有の澄んだ香りを運んでくる。不意に訪れた沈黙が柔らかな空気の中に溶けていく。

なんともいえない静寂が二人の周囲を満たしていた。


「ルルアンナ」


そんな空気をそっと揺らすように、フェリオルドがルルアンナの名前を呼ぶ。顔を上げた彼女の瞳に、真剣な顔をした精悍な顔が映った。


「この祝典で、皇太子としての資質を完全にではないが周囲に示せたと思う。もちろんこれだけで一人前を名乗るつもりはないが、今までよりもやれることは増えていくだろう」


穏やかさの中にも重みを感じさせる落ち着いた声が、ルルアンナの耳を打つ。


「君に恥じない自分に、ようやくなることができた気がする」


「フェリオルド様……」


「今は、今だけは国や政治的なことを抜きにして、皇太子としてではなく僕自身の想いを改めて伝えたい」


すっと動いた彼の両腕がルルアンナの首元に伸び、シャラリと何かを取り付けて戻っていく。ルルアンナが落とした視線の先には、翼を模したモチーフに青と紫の水晶を散りばめた繊細で美しいネックレスが輝いていた。

そのまま流れるようにルルアンナの手を取ったフェリオルドは、騎士のごとく彼女の前に跪く。


「愛している、ルルアンナ。この世の何よりも、誰よりも。君さえいてくれれば、僕は何だってできるだろう。どうかこの先もずっと、魂が神々の御許に帰るその時まで、僕のそばで笑っていてほしい」


そう言ってルルアンナの手に口づけるフェリオルドに、驚きで見開かれていた彼女の瞳が潤んでいく。


「フェリオルド様…。なんて、なんて私は幸せなのでしょうか。世界で一番愛おしいお方に、これ以上ない愛の言葉を頂けるなんて」


自分より大きな手をキュッと握り返し、ルルアンナは満面の笑みを浮かべた。


「私も、誰よりもフェリオルド様を愛しております。一時も離れたくないほどに。神のもとへ旅立つその時も、この手を離さずに寄り添っていたいです」


ルルアンナの言葉にフェリオルドも愛おし気な笑みを浮かべ、素早く立ち上がるとその華奢な体をギュッと抱きしめた。


「ありがとう。大切にする。何者からも君を守ると誓う。……1年後の春の頃に、結婚しよう」


「はい……っ!」


明確に示された将来の約束に、今度こそルルアンナの瞳からは透明な雫が零れ落ちた。キラキラときらめくその儚い宝石を優しく指で受け止めながら、フェリオルドはその顔を目に焼き付けるようにジッと見つめる。


「本音を言えば今すぐにでも式を挙げたいけれど、皇族の婚儀ともなれば多くの準備や根回しが必要となるからね。近隣国にも周知の必要がある。もどかしいけどそこは我慢するよ。この先、君の隣を譲るつもりもないしね」


「ふふ、私も待ち遠しいですけれど、その準備期間を指折り数えて結婚式の日を迎えるのも、きっとワクワクして楽しいと思います」


「相変わらず、発想が可愛いな。そんなところも愛おしい」


顔中に降ってくるくすぐるような口づけに、ルルアンナが小さく笑い声を上げる。そしてお返しにと背伸びをしてフェリオルドの顔にも触れるだけのキスをする。

そんなふたりの甘やかなじゃれ合いを、優しい光で照らす月だけが見ていた。



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