春の感謝祭(6)
ルルアンナがエリザと会うのは、『サロン・ベル・ローズ』にドレスを見に行った時以来だった。
「エリザ様、お久しぶりですね」
ルルアンナは笑顔で挨拶をするが、エリザは険しい表情でルルアンナを睨みつけたままだ。そして掴んでいたドレスの袖を乱暴にグイっと引っ張るため、ルルアンナはされるがままエリザと向き合う形となった。
「いったいどういうことなの?」
強い口調で再びエリザが問うてくるが、ルルアンナには当然何の話なのか分からない。何に怒っているのかさえ不明なため、不思議そうに首を傾げてみせた。
「どういうこと、とは?先ほどからどうして怒っていらっしゃるのですか?」
「とぼけないでよ!」
ルルアンナの態度に苛ついたようにエリザが声を上げる。その声の大きさと、ビクリと体を震わせるルルアンナに、周囲の人々が何事かと様子をうかがい始めた。
「フェリオルド様はこの色が好きだって言ったじゃない!せっかく可愛い私を見てもらえると思ったのに、彼どころか皆あなたのことばっかり注目して誰もこっちを見てないなんて…注目されるのは私のはずだったのに!私に嘘をついたのね!?」
全くもって言いがかりもいいところである。どちらかといえば被害者なのは注文していたドレスを奪われたルルアンナの方だ。
それにエリザが注目されないのにはちゃんと理由があった。彼女はなぜかルルアンナから強引にドレスを奪った時の基本形のままで着ており、何も装飾を施していなかったのだ。いくら質の良い生地で作られていても、何の装飾もなくては当然華やかさに欠けるため、この日のためにと精一杯お洒落をしている令嬢達と比べると霞んでしまう。
自分好みにドレスを装飾していくことは当たり前のことなのだが、ずっと領地暮らしだった彼女は知らなかったのかもしれない。例えそうでも普通なら店側が教えそうなものだが、彼女は店主のローズ相手に随分な態度を取っていたので店側も関わるまいと見て見ぬふりをしたのだろう。
「まあ、嘘など言っておりませんわ。それにそのドレスはそこから自分で好きなように宝石やレースで飾り付けていくものです。そのままではシンプル過ぎて地味な印象になってしまうのも仕方ありませんわ。誰か教えてくださらなかったのでしょうか?」
困ったような言い方は優しいものだが、当たり前のことを知らないなんてと驚いている様子は、エリザにとっては馬鹿にされているように感じた。
ギュッと手を握って唇を噛み締める彼女に、本当に教える人間が誰もいなかったのか、ドレスの値段が高すぎて装飾まで施す余裕がなかったのか、果たしてどちらだろうかとルルアンナは思案する。
なにせ侯爵家のオーダーメイドドレスである。装飾がなくともかなりの費用であることは想像に難くない。まあ、それが分かっていてルルアンナはあの段階のドレスを譲ったわけだが。
「そ、そんなの知らないわ!それより、フェリオルド様の好きな色だって言っていたから期待していたのに、チラリとも見てもらえなかったのよ!どうせ私のことが気に入らないからって嘘をついたんでしょう!?私にフェリオルド様を取られるかもしれないと思って!やっぱり意地悪な人なのね!」
すごい剣幕でルルアンナに食って掛かるエリザに、周りで様子を見ていた人々は誰もが顔を顰めていた。
「お優しいルルアンナ様にあんなに怒鳴り散らすなんて…」
「いったいどこのご令嬢かしら。まるで品がないわ」
ヒートアップしているエリザは周囲の人々の反応などまったく目に入ってはいなかった。その目に映っているのは自分を騙した目の前の最低女だけだ。
そんな彼女の様子にルルアンナは戸惑ったように俯いて片手を口元に添える。
「ですから、嘘ではありません。確かにフェリオルド様はお好きかもと言いました。ただし…」
そこでルルアンナは声を落とし、エリザにだけ聞こえる声で続ける。
「その色のドレスが、ではなく…その色のドレスを着た私が、ですけど」
言い終えると、エリザにだけ見える角度でフッと口元だけで笑って見せた。それは相手を見下したような、明確な嘲笑だった。
カッとエリザの顔が怒りで真っ赤に染まる。彼女の頭の中は一瞬でルルアンナに対する負の感情に支配されてしまった。
「このっ性悪女!!」
そしてその衝動のままにエリザはルルアンナの肩を強く突き飛ばしたのだ。
「きゃっ……!」
強く突き飛ばしたとはいえ同年代の小柄な、しかも病気で領地療養していた少女である。少々よろける程度のもので、頑張って踏ん張れば耐えられないほどの衝撃ではなかった。しかしルルアンナは思いっきり突き飛ばされたかのように大げさに体制を崩し、そのまま手をつくようにして地面へと倒れ込んだ。
途端に辺りは静まり返り、一瞬の間をおいて人々は騒然となる。
「大変!ルルアンナ様が……」
「なんて酷いことを!」
「早く救護の人に連絡を!」
「警備もじゃないのか!?」
これに我に返って慌てたのはエリザである。
「えっ…ちょっと!そんなに強く押してないじゃない!そうやって私のこと悪者に仕立て上げるつもり?」
仕立て上げるも何も、傍から見ればエリザの行いは完全に悪者のそれである。多少ルルアンナが脚色したかもしれないが、やった内容自体はそう変わらない。
「うっ…」
ゆっくりと上体を起こすも痛そうに顔を顰めるルルアンナに、近くにいた女性が駆け寄って背中に手を添えた。
「ルルアンナ様、大丈夫ですか?」
周囲の人々も心配そうに近くに集まってくる。
「ありがとうございます。あ、お花が……」
支えてくれた女性にお礼を言ったルルアンナは、倒れた際に手放してしまった花に気づいて手を伸ばす。花は衝撃で茎が折れてしまっていた。
この行動に関してはルルアンナが狙ってやったことではなく、単に可愛がっている子供から貰った贈り物を駄目にしてしまった悲しみから無意識にしたことだったが、それが人々の目には殊更に健気に映ったようだった。
「まあ、ご自分の怪我よりも子供からの花を気に掛けるなんて…」
「本当に、なんて心根の美しいお方なのかしら」
「それに比べてあの野蛮な娘はなんなの?ルルアンナ様を突き飛ばすだなんて」
口々にルルアンナへの賞賛や同情、エリザへの批判を口にする周囲にエリザはわなわなと拳を震わせた。
(なんて姑息な女なの!何が聖女よ、人一倍性悪な悪女じゃない!)
そもそもルルアンナがエリザを馬鹿にしたのが悪いのだ。なのにエリザばかりが悪く言われるのはおかしい。やはり自分が目を覚まさせてあげなくては。
彼女が再び口を開こうとした時だった。
「ルルアンナ!」
大きく響いた声にハッとして皆が振り返ると、騒ぎを聞きつけて走ってきたらしいフェリオルドが息を切らしながら立っていた。




