春の感謝祭(5)
「ハァイ!ルルアンナ!」
全ての花を配り終え、フェリオルドとのんびり広場へと戻っていたルルアンナは突然の呼びかけに辺りを見回した。するとこちらに近づきながら大きく手を振っている女性がいることに気づく。その姿を見たルルアンナは目を見開いた。
「ユージェニー王女!」
「お久しぶりね」
そこにいたのは、ミレットとの話題にも出てきた隣国アルダロッテの第二王女、ユージェニー・アルダロッテだった。
「来てくださっていたんですね」
「前にルルアンナが楽しそうに感謝祭の話をしてくれたでしょう?あれからずっと気になっていたから、お忍びで来てみたの。会えてよかったわ」
からりと笑うユージェニーは快活で裏表のない性格で、変に気を遣う必要がないためルルアンナも彼女と話すのは好きだった。初めて呼び捨てにされた時は多少驚いたものの、隣国では親しい者同士ならそう珍しいことでもないらしく、今では親愛の証と思って受け入れている。
「なるほど、お忍びか。公式訪問だったら通達が来ているはずですからね。…まさかお一人で来ているわけではありませんよね?」
やれやれといった様子で苦笑していたフェリオルドは、途中でハッとしたようにそんな質問をした。行動力のある彼女ならやりかねないと思ったのかもしれない。
「ご無沙汰しております、フェリオルド殿下。さすがの私もそこまで自国の者に心労をかける気はありませんよ。何かあって国際問題にでもなっては大変ですからね。心配せずとも護衛が二人付いています」
「おっと、それは失礼しました」
プライベートだからこそできる気やすい会話に、ルルアンナはクスリと笑う。
「元気そうで安心しました。ご帰還なさった後どう過ごされているか気になっていたので」
「まあ、私もお兄様も元気よ。ただ、最近海を挟んだ向こうの国から同盟の話が来ているんだけど…」
「何か問題でもあるのですか?」
ルルアンナが首を傾げると、ユージェニーは大きなため息を吐いた。
「何度もその国から使者が来ていてね。今もちょうど我が国に滞在中なの。その使者が妙に偉そうというか鼻につくというか、とにかく態度が嫌な感じなのよね。だからいまいちその国に対して良い印象を持てないのよ」
「それは頭が痛い問題だな」
同じ上に立つ者として共感できるものがあるのか、フェリオルドが苦い顔で頷く。
「今のところ返事は保留なんだけどね。あの居心地の悪い雰囲気が嫌であそこから離れたかったっていうのもあるの。あ、でもこの感謝祭に参加してみたかったっていうのも本当よ?」
「ふふ、もちろん分かっています」
少し慌てたように弁解するユージェニーにルルアンナは大丈夫だと微笑む。
「まあ、お兄様に丸投げする形になってしまったから帰ったら小言を言われそうだけれどね」
苦笑いになったユージェニーは、そこでふとルルアンナとフェリオルドを見比べた。
「そういえば……とっても今更だけど、もしかしてお二人はデートを楽しんでいる最中だったのかしら?」
「本当に今更ですね」
相変わらずのマイペースさにフェリオルドも呆れたような視線になる。言葉こそ丁寧だが段々対応が雑になってきている気がする。
「ごめんなさい、邪魔するつもりじゃなかったのよ。ルルアンナを見つけたから嬉しくなって飛んできちゃっただけで」
「邪魔だなんて。私もユージェニー王女とお話しできて嬉しかったですわ」
ルルアンナの手を握って詫びるユージェニーに、ルルアンナはふわりと笑って首を振る。それを見たユージェニーはガバリとルルアンナを抱きしめた。
「もう!相変わらず優しくて可愛いんだから!正直フェリオルド殿下にだってもったいないわ。私のもとにお嫁に来ない?」
「ユージェニー王女、少々冗談が過ぎますよ」
彼女の発言にさすがのフェリオルドも口元が引きつりそうになっていた。ルルアンナに好意的なのは歓迎すべきことだが、ユージェニーの場合は溺愛といっても良いくらいだった。よほど滞在中にルルアンナと過ごした時間が楽しかったのだろう。フェリオルドの新たな悩みの種になりそうだ。
「うふふ、そんな怖い顔しないでください。殿下の愛にはさすがに負けますよ」
フェリオルドの顔を見たユージェニーは吹き出すように笑うと、ルルアンナを抱きしめていた腕を緩めた。
「それじゃ、これ以上邪魔するのも悪いしそろそろ行くわね。いつかまたゆっくりお話しましょう」
「街をご案内しなくて大丈夫ですか?」
「ええ、護衛もいるし、一人で気ままに見るのもなかなか楽しいもの。それにあなた達と行ったらお忍びの意味がなくなっちゃうわ」
確かに、とルルアンナも笑う。皇太子とその婚約者と一緒に歩けばある意味誰よりも目立ってしまうだろう。
「じゃあね、二人もデートの続きを楽しんで!」
「はい、ユージェニー王女もお気をつけて」
現れた時と同様大きく手を振った彼女は、颯爽と人波の中に紛れていきすぐに見えなくなった。
「…嵐のようだったな」
「ふふ、フェリオ様ったら」
疲れたようにぼそりと呟いたフェリオルドに、ルルアンナは小さく笑って手を繋ぎ直した。途端にフェリオルドの表情が明るくなる。
「ルルと仲良くしてくれるのはありがたいけど、いつか取られてしまいそうで怖いな」
「あら、フェリオ様とユージェニー王女の気の置けない友人関係のようなやりとりに、私もいつも嫉妬しているんですよ?」
その言葉にフェリオルドが意外そうに目を丸くする。
「そうだったのか。気づかなくてすまないね」
「いいえ、私達お互いに同じこと考えていたんですね」
おかしそうにするルルアンナにフェリオルドも目元を緩める。こんなに長く一緒にいても、また相手の新たな面を見つけることができるのだ。
「それじゃあ、もう少し…」
「皇太子殿下!」
フェリオルドが何かを言いかけたところで、それを遮るように後ろから誰かに呼び止められる。どうやら城に勤めている彼の部下のようだった。何事かをフェリオルドに耳打ちすると、彼は小さくため息を吐いた。
「すまない、ルルアンナ。少し前に同盟を結んだ国から祝いと書状が届いたらしいんだが、その同盟の件について何か確認事項があるらしい。少しだけ席を外すけど大丈夫かい?」
眉を下げて申し訳なさそうに言うフェリオルドにルルアンナは笑顔で頷く。
「ええ、大丈夫です。むしろお忙しい中付き合わせてしまって申し訳ありません」
「いや、付いて行きたいと言ったのは私だからね。なるべく早く済ませて戻ってくるよ」
サラリとルルアンナの髪をひと房手に取り、軽いキスを落とす。思わず頬を染めたルルアンナを満足そうに見て、フェリオルドは名残惜し気にしながらも部下と共に足早に歩いて行った。
「もう…不意打ちですわ」
パタパタと手で軽く顔を仰いでから、ルルアンナもまたゆっくりと広場への道を歩き始める。すでにルルアンナの手に特別な花はないが、人々は変わらず憧れの眼差しで、あるいは緊張した面持ちでルルアンナへと話しかけた。
それらひとつひとつに丁寧に返しながら、さらにゆっくりと歩みを進めていると。
「ルルアンナ様~!」
子供特有の高い声に呼ばれて振り返ると、同じように花を配っていた数人の孤児院の子達がパタパタと走り寄ってきた。
「皆、お役目ご苦労様。疲れてないかしら?」
「大丈夫!どの人達も笑顔でありがとうって言ってくれるんだよ」
「そうなの、喜んでもらえて良かったわね」
彼らはルルアンナの実家であるシャレット家が支援している孤児院の子供達だ。
高位の貴族は孤児院や療養所に支援をしたり、自領であれば運営したりすることが多い。彼らにとってそれらは一種のステータスであり、自分達の財力を誇示する手段でもある。それをくだらない見栄だと言う者もいるが、ルルアンナはそれで実際に助かる人達がいるのなら、金銭を出す側の動機はどうでもいいと思っている。
シャレット家も帝都で支援している孤児院以外に領地の方で運営している孤児院があり、ルルアンナはどちらも定期的に訪問して子供達と交流し、適切な環境が維持されているか確認している。
ルルアンナ自身、最初は侯爵家に生まれた者の義務だからと両親に言われるまま通い始めたのだが、いつしか子供達の笑顔を見るために自ら率先して赴くようになった。何が必要か、どうすればもっと良くなるか、そんなことに頭を悩ませることも増えた。自分は決して世間が言うようなできた人間などではないが、目の前の可愛い子供達の笑顔くらいは見守ってあげたいと思えたのだ。
「ルルアンナ様にもこれあげる!」
そう言って一人の男の子が籠に残っていた最後の一本を差し出してきた。可愛らしいピンクのガーベラだ。
「ちょっと!ルルアンナ様にはとってもお世話になってるのに、お金貰うつもりなの?」
すると一緒にいた女の子が男の子の行動に目を吊り上げる。確かに子供達から花を貰った場合はチップを渡すのが普通である。
「違うもん!これはただであげるの!ルルアンナ様は持ってるお花全部あげちゃったから、代わりに僕があげるんだもん」
なんとも可愛らしい理由で花をくれたらしい男の子にルルアンナの顔が自然と綻ぶ。
「まあ、ありがとう。エディはとっても優しいのね。でもエディがくれた優しさのお返しをしたいから、私のチップも受け取ってくれるかしら?」
「う、で、でも……」
困ったようにチラチラとルルアンナの顔と手元を見比べるエディに、もう一押ししてみる。
「これで皆と美味しいお菓子を食べて笑顔になってくれたら私も一緒に笑顔になれるんだけどな」
「ほ、本当?」
「もちろん」
おずおずと差し出されるエディの手のひらに五百リル硬貨を握らせる。
「表の通りにあるフルーツ屋さんのカットフルーツが美味しいからぜひ食べてみて」
「うん!」
あそこのお店は子供用に少し小さめにカットしたフルーツをかなり安く売ってくれる。孤児院にいる子供全員分くらいにはなるはずだ。
「ルルアンナ様ありがとう!」
「また遊びに来てね」
「ええ。皆もそれまで元気にしているのよ」
嬉しそうに笑いながら走っていく子供達にルルアンナも笑顔で手を振る。その姿が見えなくなるまで見送って、ようやくまた広場へと歩き出した。
人々の様子を眺め、時に声をかけられて寄り道しながら進み、もう少し歩いて角を曲がれば広場が見えてくるという頃。
「ねえ、ちょっと!」
突然呼び止める声と共にルルアンナは後ろからドレスの袖を誰かに掴まれた。
強制的に歩みを止められて振り返ると、ルルアンナを睨みつけるようにしながらエリザが立っていた。




