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春の感謝祭(4)


ルルアンナとフェリオルドが再び広場へと戻ると、華やかな格好のせいもあってか途端に注目の的となった。

相手が高位の貴族家であれば挨拶されるのでこちらも挨拶を返し、貴族ではない平民の人々も普段近くではお目にかかれない二人の姿に舞い上がっているようで、控えめではあるが声をかけられたり会釈されたりした。そのどれもにルルアンナもフェリオルドも分け隔てなく丁寧に言葉を返した。

どこへ移動しても熱い視線を感じていたルルアンナだが、彼らが自分を見ている理由がただ花が欲しいからというわけではないことに気づく。

皆、特に女性や子供はルルアンナの装いを見てキラキラと憧れの眼差しを向けているのだ。色味そのものは決して派手ではないが、光を含んだ繊細な装飾や花の冠がルルアンナの元々の容姿と相まってより神聖で人間離れした存在に見せていた。つい視線を向けずにはいられない存在感があったのだ。

そんなルルアンナをフェリオルドは眩しそうに見つめる。


「皆が君の姿に魅せられているよ。婚約者としてはとても誇らしいが、少し妬けてしまうな。こんなに美しい姿を独り占めできないなんて」


「まあ、フェリオルド様ったら…」


人前でも遠慮のないフェリオルドの発言に、ルルアンナは恥ずかしそうに頬を染める。そんな様子を人々は微笑ましそうに見守っていた。

と、その時。どこからか鋭い視線がルルアンナに突き刺さる。反応しそうになる体を抑え、何気ないふうを装って周りを見回してみるが、一瞬で消えてしまった視線の持ち主の特定はできなかった。


「どうかしたかい?」


僅かだか様子の変わったルルアンナにフェリオルドが声をかけるが、ルルアンナはニコリと笑って首を振った。


「いえ、何でもありませんわ。人々の熱気があまりにすごいものですから」


「ああ、とても盛り上がっているね」


なんとか誤魔化せたことに内心ホッとする。この祝い事の日に、つまらぬことで彼を煩わせたくはない。

あの視線はルルアンナにとって非常に身に覚えのあるものだった。そう、皇太子の婚約者となった幼き日から何度も向けられてきた視線だ。妬み、憎しみが込められた邪魔者を見るような目。敵意に満ちた心をざわつかせる目。

本当に不審者であれば黙っているのは危険だが、ルルアンナには何となく視線の持ち主が誰なのか心当たりがあった。もし予想が当たっているならば、そうなるように仕向けたのは紛れもなく自分なのだから。

しかし今は他にやることがある。任された役目は全うしなければならない。


「あちらに向かってもよろしいでしょうか?」


「もちろん。私はルルアンナに付いていくから、好きなように動いてくれ」


フェリオルドに断ってから、ルルアンナは広場の中心を少し外れ、小さな籠を持ってウロウロしている少女に近づいた。


「こんにちは」


「あ……こ、こんにちは」


突然声をかけられた少女は驚いたような、戸惑ったような複雑な表情でルルアンナを見上げた。その手に持つ籠の中身は小ぶりなリンゴだった。立派に育ったとは言い難い大きさだが、色は真っ赤に色付いている。たくさん残っている様子から、あまり売れていないようだ。


「綺麗な色ですね。おひとつ頂けますか?」


「えっ…は、はい!五十リルです!」


小さなリンゴを受け取り、少女の手に百リル硬貨を渡す。驚いたようにルルアンナを見る少女に、口元に人差し指を当てて微笑むと、さらに自分の持つ籠からカサブランカを一本抜いてリンゴの籠に差し込んだ。


「女神アプロディアのご加護があらんことを」


「あ……ありがとう、ございます…!」


震える声と共に何度も頭を下げる少女に手を振って、そのままルルアンナは街の方へ歩き出した。

すると、ふわりと髪を撫でる感触にルルアンナは隣を見上げる。フェリオルドが優しいまなざしで彼女を見つめていた。


「ルルアンナの心根の美しさには、私も惚れ直すばかりだよ」


「ふふ、そんなに特別なことはしておりませんわ」


小さく笑って、温かな手のひらの感覚を感じながらルルアンナはゆっくりと歩みを進めていく。行く先々で人々に声をかけられながらもしばらく歩いていくと、道の端に置いてある小さなベンチに項垂れたように座る男性を見つけた。周りが感謝祭で浮かれ騒ぐ中で、その姿はなかなかに浮いている。


「どうされましたか?」


ルルアンナに声をかけられた男性は弾かれたように顔を上げ、相手が誰なのかに気づいた瞬間驚いたように目を見開いた。


「え、あ……ル、ルルアンナ様!?」


「体調が良くないのですか?」


「あ、いえ……そういうわけでは…」


「そうでしたか。何もなくて良かったです」


ニコリと笑うルルアンナに、言葉を濁していた男性は言葉を詰まらせたあと俯いてしまう。


「………あの、実は…恋人と喧嘩をしてしまって…」


突然始まった話にもルルアンナは怪訝な顔をせず、そのまま話を聞く。フェリオルドも黙って耳を傾けていた。


「結婚の約束をしていて、あいつが指輪に憧れるっていうからプレゼントしようと思って。俺の稼ぎじゃ上等なものは買えないけど、何とか必死に働いてそれなりのものをようやく買えたんです。でも、仕事に必死になりすぎてあいつの誕生日をすっかり忘れてて……」


だんだん尻すぼみになっていく男性の声に、二人はだいたいの事情を察した。


「あなたの恋人は今どこに?」


「あ…さっき、怒ってどこかに走って行っちゃいました」


大きな体を縮めて頭をかく男性は可哀そうなほど意気消沈しているようだ。


「そうですか。でしたら、あなたが今するべきことは何なのか、もう分かりますね」


そんな彼の手に、籠から引き抜いたカサブランカをそっと握らせる。


「えっ…こ、この花は……」


「さあ、この花を持って恋人を追いかけてあげてください。きっとあなたを待っていますよ」


ポカンとルルアンナの顔を見上げていた男性は、その言葉にハッとして立ち上がる。


「あの!貴重な花をありがとうございます!この御恩は忘れません!」


それだけ叫んで走り出した彼を、ルルアンナは笑って見送った。


「キューピッドにでもなった気分だ」


「ふふ、お二人が仲直りできるといいですね」


笑顔のルルアンナにフェリオルドは困ったように笑いながら、小さくため息を吐いた。


「誰にでも優しいのはルルアンナの美徳だと分かってはいるんだけど、自分以外に優しくしている姿を見るのは複雑なものがあるな」


いつも穏やかで余裕がある印象のフェリオルドの思わぬ言葉に、ルルアンナは目を丸くした後におかしそうに笑った。


「フェリオルド様にそんなことを言って頂けるなんて。心配せずとも、私のフェリオ様への想いはずっとずっと特別です。それはこの先も変わりませんわ」


後半は声の大きさを落としてフェリオルドへと囁くと、彼は瞬きをしたあと少々恥ずかしそうにはにかんだ。


「私の狭量さが露呈してしまったな」


「まあ、フェリオルド様ほど懐の広い方を私は知りませんわ」


そんな調子で婚約者との時間もちゃっかりと楽しみながら、ルルアンナは何か困っている人や悩んでいる様子の人を見つけては花を渡していった。そこに身分は関係なく、平民だからとか貴族だからといった偏見は皆無だった。

ただ、今この花を必要としている人に。

この時ばかりはルルアンナも純粋にそんな思いのみで、籠の中が空になるまで町の中を歩き続けた。


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