春の感謝祭(2)
まだ朝の比較的早い時間帯にも関わらず、街の中はいつもより活気に満ちていた。春の感謝祭は午後からなのだが、この行事を見に集まってくるであろう観光客に向けて、店を持つ者達が今から準備をしているのだ。行事を行うことによって生まれる国や国民の収益なども大事な要素の一つである。
いつもと違う街の様子を眺めていれば馬車はあっという間に目的地へと到着した。フィニアンの手を借りてルルアンナ達も馬車から降り立つ。
「それじゃ、僕もやることがあるからここまでになるけど、ちゃんとルルアンナの活躍を目に焼き付けておくからね」
城のエントランスまでルルアンナをエスコートしてきたフィニアンはそう言って名残惜し気に手を離した。皇太子の側近である彼も今日はきっと忙しいのだろう。現に城の中も多くの人が書類や荷物などを持って忙しそうに行き来している。
「はい、ここまで付き添ってくださってありがとうございます」
足早に去っていく兄を見送って、ルルアンナもミレットと共に休憩兼控え室となっている部屋に向かう。今日一日だけ使う場所だが、小さめながらも上品で質の良い内装で整えられており、立派なドレッサーの他に簡単なティーセットも準備されていた。
「殿下のお心遣いが感じられますね」
「そうね。全部終わったらたくさんお礼を言うわ」
ここまで大事に抱えてきた箱を机の上に置きながらミレットが言った言葉に、ルルアンナも頷く。話をしつつも慎重に蓋を開けたその中身は、祝典の際に頭に乗せる花冠だ。純白のユリで作られた花冠は、ところどころにデルフィニウムの花がバランスよく差し込まれており、白と青のコントラストがとても美しい。
移動で乱れてしまった髪やドレスを軽く直し、位置を調整しながら花冠を頭に乗せて、編まれた茎の部分をピンでずれないようミレットが固定していく。付け終わるとルルアンナは部屋の中を歩き回ったり軽く屈んでみたりして、花冠が落ちてしまわないか確認した。
「全然動かないわ。これなら大丈夫そうね」
準備も終わり、後は時間になるのを待つだけになったルルアンナは窓の近くに寄ってそっと外を覗き込んだ。二階の角に位置するこの部屋からは会場となる城前の広場がよく見える。中央にある大きな噴水をメインにして様々な場所に色とりどりの花が飾られており、城を背にするように置かれた皇族が挨拶をするための台にも溢れんばかりの花が添えられている。通ってきた街中も、道の両脇や各店の出入り口などに花が並べられていて中々に圧巻だった。今日はどこを見渡しても帝都中が花に溢れていて幻想的だ。
「そういえば、隣国からもお客様が来るんだったかしら?」
「はい、以前にルルアンナ様からおもてなしを受けた第二王女様が春の感謝祭の話を聞いて大変興味を持ったとかで、この日を心待ちにしていたそうです」
隣国の第一王子と第二王女がこの国を訪れた際に、第二王女の相手をルルアンナが務めたことがあり、互いの国の話をして仲良くなったのだ。短い期間ではあったが様々な情報交換もして、その中に今回の感謝祭の話題も確かにあった。
「あの時の話を覚えていてくださったのね。会ったらきちんとご挨拶しなくちゃ」
第二王女は裏表のないさっぱりとした性格で、ルルアンナにとっても一緒にいて居心地の良い相手だった。公式の訪問ではないようだが、せっかく来るのならぜひ楽しんでいってほしいと思う。
そんなことを考えながら外の景色をぼんやり眺めていると、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。ルルアンナが返事をしてミレットが扉を開けると、入ってきたのはフェリオルドだった。
「まあ、フェリオ様!」
ルルアンナは窓から離れると少し足早にフェリオルドの元へと向かう。
国の重要な行事ということでフェリオルドも今日は正装をしていた。上質な濃紺の生地に襟や袖には金色の縁取りがしてあり、襟と肩を繋ぐように二本の飾り紐が付いている。長めの丈の上着はダイヤモンドの付いた金色のボタンで留められ、袖にはアメジストのカフスボタンが光っていた。長い足を包むのは黒い革のロングブーツで、フェリオルドのブロンドの髪とロイヤルブルーの瞳に良く似合っている。全体的に濃い生地の色が引き締まった体や長い手足をさらに魅力的に見せていた。
いつもは自然に下ろしている髪も左側だけを後ろにかき上げるように流していて、形の良い耳に着けられたシンプルなリングのイヤリングがよく見える。
あまりの美しさと格好良さにルルアンナは言葉をなくしてフェリオルドを見つめていた。
一方のフェリオルドはというと、ルルアンナを見た瞬間驚いたように目を見開き、少しの間をおいて目元を僅かに染めながら笑った。その微笑みは砂糖菓子のように甘い。
「ああ…美しい、とても美しいよルル。本当に女神のようだ。君以上の美しさなんてこの世に存在しないだろうね」
「そんな、フェリオ様こそ、敵う方など誰もいないほどの格好良さです。はしたなくもつい見惚れてしまいました」
思わずというように伸ばされたフェリオルドの腕に引き寄せられ、ルルアンナは恥ずかしそうにしつつもうっとりと身を任せた。整えられた髪や衣装を崩さないようにしながらそっとルルアンナを抱きしめ、そのままフェリオルドは悩まし気に溜息を吐いた。
「はぁ…大切に大切に囲ってどこかに隠してしまいたい。ルルの美しさも愛らしさも全て知っているのは僕だけでいいのに。こんなに魅力的な君を大勢の前に出さなければならないなんて……」
本気でそう思っているだろう言葉に、ルルアンナは照れたように笑っているが、その後ろで聞いていたミレットは内心で密かに引いていた。たまにこうして度が過ぎた愛情表現が出るのは珍しくはないが、自分だったら遠慮したいものがある。しかしルルアンナ自身は嬉しそうなのでミレットはいつもスルーすることにしている。
「きっと今日は皆がルルに釘付けだろうね。君を見た男達が本気で惚れてしまわないか心配だ。誘われても付いて行ってはいけないよ」
「まあ、そこまで子供ではありません。フェリオ様こそ、美しいご婦人方に誘惑されても応えては駄目ですよ」
「はは、それこそ無用な心配だ。今も昔も僕の視界にはルルしか入っていないからね」
鼻先に軽いキスを落とされて、むくれて見せていたルルアンナはパッと頬を染めた。彼の前では怒りさえも長くは続かないのだ。
と、突然外からホルンの快活な音色が響いてくる。まもなく春の感謝祭が始まるという合図だ。
「おっと、少しゆっくりしすぎたか。主催側が遅刻しては面目が立たないからね。そろそろ行こうか」
「ふふ、そうですね」
フェリオルドはルルアンナを抱きしめていた腕を解くと、改めて手を差し出した。
「では、お手をどうぞ」
かしこまったフェリオルドの様子にクスリと笑みをこぼし、ルルアンナは優雅にその手を取った。
いよいよ、国を挙げての大きな祝典、春の感謝祭の始まりだ。




