春風はそれぞれの思惑を乗せて(1)
ルルアンナと別れたアマンダは、多少時間に遅れたものの予定通り『サロン・ベル・ローズ』を訪れていた。
「アマンダ様、お待ちしておりました」
入るなりすぐに、いつも対応してくれる女性店員がやってきて声をかける。
「頼んでいたものはできているかしら?」
「はい、こちらでどうぞご確認ください」
案内された先に飾ってあったのは目の覚めるような真紅のドレス。あまりレースなどは使わずに、各所に散りばめた宝石や金糸の華やかな刺繍で彩られている。着る人間を選ぶような派手なドレスだが、少しきつめのはっきりした顔立ちのアマンダにはよく似合っていた。
「いいわね。期待以上の出来栄えですわ」
「ありがとうございます。では一度ご試着をお願いします。その後お直しや変更の要望などなければ後日商品をお届けさせていただきますね」
フィッティングルームへと通され、試着して着心地やシルエットなど細部まで確かめる。きちんとアマンダの体に合わせて作られたドレスは、サラリとした上質な布の感触と相まってよく馴染む。揺れる裾のフレアも美しい。祖母の代からお世話になっているこの店は相変わらず良い仕事をするようだ。
デザインもアマンダの要望通りで修正したい場所も特に見当たらないため、そのまま家に送ってもらうことにする。
「それじゃ、お願いしますわね」
「はい、細心の注意を払って期日までにお届けいたします」
侍女が小切手の支払いや必要な手続きをしている間に、アマンダは何気なく店の中をぐるりと見渡す。すると、片付けるためか数人がかりでドレスを奥へと移動させようとしているのが見えた。二着並んでいるそのドレスの色を見て、ルルアンナとの会話や、その前から聞こえてきていた話の内容を思い出す。
「ねぇ、もしかしてあれはシャレット家のご令嬢のドレスかしら?」
「え?」
声をかけられた店員はアマンダの視線の先を見て、ああと納得したように頷く。
「ええ、そうです。ラベンダー色のドレスがシャレット家のご令嬢のものになります」
仕上げはまだなのか随分とシンプルな紫のドレスを見て、なるほどあれが、とついまじまじと観察してしまう。どちらかというと少し青味寄りの綺麗な色のドレスだ。ルルアンナの輝くようなプラチナブロンドの髪にも良く映えるだろう。
ということはその隣にあるのが、件の問題のご令嬢に譲ったというドレスだろうか。優しいクリームイエローのドレスで、いかにも春っぽい。ふんわりとした印象のそのドレスもルルアンナにならば良く似合う、と思う。
そこまで考えて、アマンダはルルアンナという人間を初めて認識した幼少の頃を思い出していた。
ヴァイスナー帝国には現在四つの侯爵家があり、うち皇太子に釣り合う年頃の娘がいる家は二つだった。アマンダはそのうちの一つ、フォンティーヌ侯爵家の令嬢で、一人娘ということもあり蝶よ花よと育てられた。元から気の強い性格ではあったが、このせいでさらに高飛車要素がプラスされたといえる。
そんな彼女が皇太子の婚約者候補として選ばれた時は両親共々喜び、アマンダ自身もきっと自分が選ばれるだろうと皇太子に目通りが叶う日を心待ちにしていた。ところが、それからいくらも経たないうちになんと皇太子の婚約者が決定したという通達が届いたのだ。アマンダは驚愕すると同時に多大なショックを受けた。婚約者に選ばれるどころか、彼女は皇太子と会うことさえ叶わなかったのだ。
当然と言えば当然だが、人より高いプライドを傷つけられたアマンダは婚約者に選ばれた人間に怒りを向けた。自分を差し置いてあの麗しい皇太子と並び立つなど許せなかったのだ。選ばれたのは自分と同じ侯爵家のルルアンナ・シャレットという令嬢で、初めて彼女を見たとき不覚にも天使のようだと思ってしまった。キラキラと煌めく白銀の髪に澄んだ神秘的な紫の瞳。柔らかな雰囲気を纏った白い肌の華奢な少女は、守りたくなるような儚さがあった。そう思ってしまったことが屈辱的だった。
そのせいかアマンダのルルアンナへの対抗心はいっそう強まり、当初は何かと張り合っていた。しかし侯爵令嬢として高度な教育を受けているはずなのに何故かいつもあと一歩が及ばず、どうしてあんなぽやぽやした女に自分がと腹立たしい思いだった。挑戦的な態度を取るアマンダにもいつも笑顔で対応するルルアンナの様子も、まるで相手にされていないかのようで悪感情に拍車をかけていたのかもしれない。
だが、そうやって日々ルルアンナに対抗しているうちに、アマンダは気づいてしまったのだ。ルルアンナが皇太子の婚約者という地位に胡坐をかくことなく、実は誰よりも努力していることに。苦労など知らなさそうな笑顔の裏で、手本となるため自分を磨き続けていることに。
それを知った時、それまで彼女に抱いていたモヤモヤとした行き場のない感情はきれいさっぱり消えてしまった。むしろ選ばれなかったことを嘆くだけの他の元候補の令嬢達よりずっと好感が持てた。アマンダは自分を磨く努力もせずに相手を妬んだり陰口をたたいたりする人間が何より嫌いなのだ。
それからというもの、今度は良きライバルとしてルルアンナと接するようになっていった。なかなか素直になれない性格のせいで仲が良くないと誤解されがちだが、アマンダは周りが思っているよりずっとルルアンナのことを認めている。もちろんそれを彼女自身認めることも、誰かに言うこともしないが。
そんな相手が取るに足らないような家門の娘に侮られている状況は、アマンダとしても非常に面白くなかった。自分だったらもっとガツンと言って、あの生意気な女の鼻をへし折ってやるのに。いつまでも調子に乗らせたりしないというのに。
しかし、別れ際のルルアンナの様子を思うと、このまま終わらせるつもりはないのだということも分かる。きっと自分とは違う方法であの娘に痛い目を見せるのだろう。何となくそっちのほうが怖いような気がした。いや、きっと気のせいだ。
改めて目の前のドレスを眺めてみる。確かにどちらを着たとしてもルルアンナは完璧に着こなせるだろうと思う。しかしルルアンナの選択は最良だったとアマンダは思えた。
クリームイエローのドレスは柔らかい雰囲気でとても可愛らしい。が、可愛らしいだけで女性らしい優雅さや気品という点ではラベンダーのドレスに劣る。高位貴族としての品の良さ、聖女のような神聖さ、そして未来の皇太子妃としての賢さ。これらを嫌味なく美しく魅せてくれるのはやはりルルアンナが選んだほうのドレスだと感じる。それにルルアンナが着れば花の精のように可憐で愛らしいクリームイエローのドレスも、あの娘が着ると幼さが前面に出てしまうだろう。可愛いかもしれないが、知的で品が良いとは言い難い。
「それらを見越しての選択だったとしたら、本当に侮れない人ですわね」
「お嬢様?何かありましたか?」
アマンダのぼそりとした呟きに反応して振り返った侍女に軽く手を振る。
「何でもありませんわ。それより手続きは終わったかしら?」
「はい、滞りなく。ドレスが届くのは三日後だそうです」
「分かりましたわ。では帰りましょうか」
そのまま視線を担当してくれた店員へと移す。
「今回も良い仕事をありがとう。またお願いしますわね」
「はい、お待ちしております」
笑顔の店員に見送られ、アマンダは侍女と共に店を出る。
「今年の花の祭典は面白いことになりそうですわ」
楽しげな笑みと共に零れ落ちた言葉は、茶色の髪を揺らす春の風にほどけて消えた。




