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準備はトラブルと共に(3)


店から出ると、ルルアンナは疲れたようにふうとため息を吐いた。


「ルルアンナ様、大丈夫ですか?」


「ええ、少し疲れただけよ」


心配そうに気遣うミレットに小さく笑って、そのまま馬車のある場所まで歩いていこうとした時だった。


「全く、見ていられませんわね!」


突然、勝気そうな女性の声が響き、ルルアンナは驚いて振り返った。


「まあ、アマンダ様。お久しぶりです」


視線の先には、背中までの緩く巻いたブラウンの髪に少しきつめのオレンジの目をした令嬢が立っていた。年の頃はルルアンナと同じくらいだ。

腕を組んで仁王立ちしている彼女の名はアマンダ・フォンティーヌ。フォンティーヌ侯爵家の一人娘であり、ルルアンナと並んで皇太子の婚約者候補でもあった。しかしアマンダがフェリオルドとお見合いをする前にルルアンナに決まってしまったため、婚約者にはなれなかった。そのせいでフェリオルドに一目会う機会すら奪われてしまったアマンダはルルアンナに強い対抗心を持ち、最初のうちは何かと張り合っていた。

名家の令嬢としてのプライドを傷つけられた故だったが、そうしてルルアンナと関わっているうちに、彼女が婚約者であることに胡坐をかくことなく日々努力を続けていることを知って一目置くようになった。今では良きライバルとして関係を築いている。


「何を呑気なことを仰っていますの。あんな小娘に好き放題言わせておくなんて、次期皇太子妃としての自覚はおありなのかしら?」


言葉だけを聞くと嫌味ったらしいが、これでもルルアンナのことを心配しているのだ。名門の侯爵家としてのプライドが邪魔をしてどうしてもどこか高圧的な口調になってしまっているが、アマンダはただ素直になれないだけの典型的なツンデレであった。本当はきちんと相手を思いやる優しい心を持っている。そしてそんな不器用な彼女がルルアンナは嫌いではなかった。会うたびにツンとした態度で接してくるのも慣れれば可愛いものである。


「お恥ずかしいところを見られてしまいましたわね。いつからいらっしゃっていたのですか?」


「べ、別に様子をうかがっていたわけではありませんわ。この後わたくしも予約を入れていたから、少し早く来てしまっただけです。そうしたら聞きたくもないのに耳障りな声が聞こえてきたのですわ」


ふん、と顔をそらしながら言うアマンダは、どうやらエリザとのやり取りを聞いていたようだ。貴族間の上下関係には厳しい彼女のことだからさぞかし不快に思ったことだろう。


「それにしても何なんですの?あの無礼な小娘は!貴族としての礼儀も振る舞いもなっていなければ、女性としての品位もまるでありませんわ。あのような態度では、あっという間に社交界で爪弾きにされましてよ」


「彼女はエリザ・ハンネスといって、ハンネス伯爵家のご令嬢なのです」


「まあ、ではあれが皇后陛下のお茶会で騒ぎを起こしたという噂の…?あの態度ではそれも頷けますわね。伯爵家が侯爵家の令嬢相手に敬いもせず喧嘩を売るなど、呆れて物も言えませんわ。後々それが家にどう影響してくるかお分かりにならないのかしら」


案の定、エリザに対しての憤りを隠さないアマンダはズバズバときついことを言う。しかし別に間違ったことは言っていないので、ルルアンナも反論はしない。


「あなたもあなたですわ。上の者が下の者にお手本を示し、間違いは正して差し上げなくては。わたくしと同じ侯爵家の者が格下に侮られるなど我慢なりませんわ」


「私も諭してはみたのですが、どうやらとても思い込みが激しい方のようで。こちらが何を言っても聞く耳を持ってくださらないのです」


「態度だけでなく頭まで悪いということですの?救いようがありませんわね」


なかなか痛烈である。しかしその通りでもある。アマンダの歯に衣着せぬ物言いはある意味爽快で気持ちが良い。

だがエリザとアマンダが直接顔を合わせることがなかったのは幸いであったかもしれない。もし出会して言葉でも交わしていたらとんでもない展開になっていた可能性がある。


「それで、良かったのですか?二着あったとはいえあなたが注文したドレスを譲ってしまって」


不満そうに言うアマンダの言葉には、心配の色が見え隠れしている。それが分かってルルアンナは小さく微笑んだ。


「ええ、問題ありません。代わりに最高の一着を作っていただきますから」


「あら、わたくしのドレスも負けてなくてよ」


ルルアンナに張り合うように腕を組むアマンダだが、その口元は笑っている。エリザの好きにさせるわけではないと分かって多少は溜飲が下がったようだ。


「ですが、やはりあんな娘に望み通りドレスをやる必要はなかったのでは?オーダーメイドで仕立てた一着ですのよ。不釣り合いな高価な品を、その価値も分からないような相手に無償であげてしまうだなんて」


「まあ、確かにあのドレスはエリザ様にお譲りしましたけど、その費用までこちらが持つとは言っておりませんわ」


さも心外だと言わんばかりのルルアンナの言葉に、アマンダは驚いたように目を見開いた。


「人の物を欲しがるなら、その分の対価はご自分で用意していただかないと。とはいえ、侯爵家がオーダーメイドで仕立てた一着ですから、使われている布地や糸も一級品。装飾を付ける前であってもそれなりの費用がかかっていますし、ハンネス伯爵家で負担するのは簡単ではないでしょう。無理な出費で家計を圧迫することがなければよいのですが…」


ふうと憂いの表情を浮かべてため息を吐けば、アマンダはやや口元を引きつらせてルルアンナを見ていた。しかし気を取り直したように軽く咳ばらいをし、ルルアンナに向き直る。


「慈愛の女神のような顔をしてなかなかやりますわね。まあ、あなたが噂通りのただお優しいだけの聖女ではないことは分かっておりましたけれど。そんなものだけで次期皇太子妃など務まりませんもの」


同じ皇太子妃候補であったからこそ、アマンダには分かる部分もあるのだろう。イメージは大事だが、本当にイメージ通りの人物ではやってはいけないのだ。

こういうところも含め、多少ツンケンしていようともやはりルルアンナは彼女が嫌いではない。


「ふふ、褒め言葉として受け取っておきます。それよりもお時間は大丈夫でしょうか?」


「まあ!こんなところでいらぬ時間を使ってしまいましたわ。ではわたくしはこれで。…あんな小娘相手に無様な姿を晒したら許しませんわよ」


最後にまるで捨て台詞のようにそう言いおいて、アマンダは連れの侍女と共に颯爽と店の中へと消えていった。彼女なりの激励の言葉なのだろうと解釈して、ルルアンナは僅かに口元を緩める。


「では、私達も早く帰りましょうか」


「はい、足元お気をつけください」


ずっと待機していたミレットと共に馬車に乗り込み、今度こそルルアンナもその場を後にした。


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