準備はトラブルと共に(2)
強引に店に押し入ってきたらしいエリザは、どう見ても歓迎されていないこの場の空気に気づいていないのか、意図的に無視しているのかいっさい気にするそぶりを見せない。ただただお茶会のあの日のようにニコニコとルルアンナを見つめていた。
「またルルアンナ様にお会いするなんて…」
「お客様」
そのままルルアンナに話しかけようとするエリザをローズが間に入って遮った。
「当店では一度に複数の接客は行っておりません。他のお客様のご迷惑にもなりますのでルールは守って頂かないと困ります」
言葉を遮られたエリザは一瞬驚いたように怯んだが、すぐにムッとしたように頬を膨らませる。
「別にいいじゃない。今だってそんなに忙しそうに見えないし。他の店員も来て早々に追い出そうとしてきて感じが悪かったわ。どんな教育してるのかしらって思ったけど、あなたみたいな人が店長だからなのね」
そして反省するどころか腰に手を当ててそんなことを言い放った。自分の非常識な行動を棚に上げて他人にここまで言えるなんて、ある意味感心するなとルルアンナは他人事のように思う。しかしいつまでも傍観しているわけにもいかない。
「エリザ様、彼女が言うようにお店にはお店のルールというものがあります。格式高い場所なら尚のこと。客として迎えて頂きたいならまずはこちらがそれを守らないといけませんわ」
やんわりとルルアンナは言い聞かせるように伝えるが、エリザはますます頬を膨らませるだけだった。
「ルルアンナ様も私が悪いって言うんですか?」
「良い悪いの問題ではありません。社交界には社交界のマナーがあるように、こちらにも守るべき決まりごとがあるということです。知らなかったというのは小さな子供が許される言い訳です。領地から来たばかりで知らないというなら、知ろうと努力しなければなりませんわ」
なるべく優しく言ったというのに、エリザはカッと顔を赤くして喚きだした。
「酷い…そうやって上から目線で私のこと馬鹿にして!この前のお茶会のことを根に持っているからそうやって意地悪をするんですか!?フェリオルド様だって許してくれたのに!聖女のように優しいなんて嘘だったんですか!?」
大げさなくらい涙を浮かべながら捲し立てる彼女の言葉に、思わずポカンと間抜けな顔を晒してしまいそうになった。いったいどれだけ話が通じない人物なのか。
無知を省みないことを諭しているだけで馬鹿になどしていないし、意地悪だなんて全くもって心外である。ルルアンナが本当に意地悪をしようとしたらこんなものでは済まない。さらにフェリオルドが許してくれたというが、そもそも彼女が許しを請う対象は彼ではないはずだ。
だがそんなことよりも、ルルアンナにとってはもっと許しがたいことがあった。彼女はまた平然とフェリオルドの名前を様付けで口にしたのだ。
(あれだけ周りから言われてもこの人は理解できないのね)
戸惑った表情を浮かべてみせながら内心でそんなことを考えていると、ルルアンナ以上に憤慨した様子のローズが口を開いた。
「なんという傲慢で無礼な態度でしょう!ルルアンナ様の優しさも理解せず、とても貴族のご令嬢とは思えません」
「な、失礼なのはあなたの方じゃない!私のことを田舎者だと思って!こんなお店、お父様に言って潰してしまってもいいのよ!」
勢いに任せて随分なことを口走っているが、ハンネス家程度の力では潰すことなどできないだろう。伯爵家といえど権力としては下の方の部類であるし、何よりこの店は皇族も利用する店なのだ。顧客もほとんどが上位貴族であり、そこらの下手な貴族よりよほど力があるといっていい。
しかしこのまま揉め事を起こすのもルルアンナの本意ではないし、エリザと違い暇でもないのでいつまでも時間を取られていられない。
「エリザ様、このような場所で騒ぎを起こすのは双方にとって良くありませんわ。私もあなたも言いたいことはそれぞれあるでしょうけれど、まずは一度落ち着きましょう」
憂い顔のルルアンナに言われて、エリザは不満そうにしながらも口を噤んだ。
「とにかく、先にお越しになっていたのはルルアンナ様ですから、本日はお引き取りください」
「私だってせっかくここまで来たのに、それじゃ意味がないじゃない」
再びのローズの退店を促す声に渋るエリザだが、あちこち見回していた視線をある一点に向けると途端にニッコリと笑った。
「あ、じゃあそのドレスを私にちょうだい。それならこのまま素直に帰るわ」
そう言ってエリザが指差したのは、ルルアンナが見ていたクリームイエローのドレスだった。当然驚いたのはルルアンナだけではない。
「何を言っているんですか!それはルルアンナ様がご注文されたドレスです」
「でもドレスは二着あるじゃない。まさか一度に両方着るわけじゃないでしょ?ファッションショーでもあるまいし」
抗議するローズの言葉もエリザは気にかけることなく、そのままルルアンナの方を見た。
「さっきフェリオルド様の好きな色だって話しているの聞こえちゃって。ルルアンナ様、いいでしょう?すごく可愛らしい雰囲気のドレスだし、ルルアンナ様より私の方が似合うと思うんです。ルルアンナ様は確かに綺麗だけど、可愛い系とはちょっと違うんじゃないかなって思うんですよね。私はよくふわふわしてて可愛いって言われるし、お姫様っぽいそうなのできっとピッタリだと思います」
得意げに言う彼女だが、おそらくそれらの言葉は両親や領地の使用人たちがちやほやして言った言葉なのだろうと想像がつく。世間知らずもここまでくると手の施しようがなさそうだ。それにその色はフェリオルドの髪色に似ていると思ったもの。それを他人に着られるというのははっきり言って気分が悪い。
さすがのルルアンナも笑顔を保てず困ったような顔になると、エリザは渋る空気を感じ取ったのかさらに言い募った。
「もしかしてダメですか?でも当日着るのはどっちかだけなんだし、だったら片方を私がもらってもいいですよね?それに侯爵令嬢であるルルアンナ様ならきっとすでにたくさんのドレスをお持ちでしょう?少しくらい私みたいな下の者に譲ってくれたって困らないじゃないですか。私、やっと体調が良い日にこうして出て来れたんですよ。次こうやって来れるのはいつになるか…」
胸元に手を置いてエリザは悲しそうに俯いてみせる。まるで譲らないとルルアンナが悪者であるかのような言い草だ。しかもこうして都合のいい時ばかり身分差を盾に取ってくるのも気に入らない。身分が違うと分かっていながらあのような態度を取り続けていたというならたいした度胸ではあるが。
「なんと卑しい…!」
しかし残念ながらこの場に彼女に同調するような人間はおらず、ミレットなど今にも人を殺しそうな形相になっている。エリザの態度と発言の数々を振り返ればむしろよく我慢しているほうである。
そして怒りを覚えているのは何も周りだけではないのだ。軽んじられているルルアンナ自身、怒りで心の中が冷え切っている。この傲慢で世間知らずの女は未だフェリオルドに懸想し、ルルアンナを侮っているのだ。放っておけばどんどん増長するだろう。
「こちらのドレスは両方とも侯爵家からの依頼で作ったものです。今回着ようと着まいとルルアンナ様のものであることには変わりありません。ですからあなたに差し上げるなど…」
「待って、ローズ」
エリザの要望をはねのけようとするローズに、ルルアンナは待ったをかけた。ローズが驚いたようにルルアンナを見る。
「いいわ。エリザ様、そのドレスはあなたに譲って差し上げます」
「ルルアンナ様!?」
「え、いいんですか?やったぁ!ありがとうございます!」
ローズとミレットは困惑の声を、エリザは一人喜びの声をあげた。
「ですから、約束通り本日はこのままお帰り願えますか?私もまだ用事が済んでおりませんので」
「いいですよ。ドレスも貰っちゃいましたし。あ、ちゃんとそれ私用に取っておいてくださいね!後でやっぱり駄目とかはなしですよ!」
「もちろんです。もうあなたのものですから」
「それならいいです。じゃあ私も用は済んだので今日はこれで帰りますね。さよなら!」
ドレスを譲ってもらえたと分かった瞬間、今までごねていたのはなんだったのかというくらいあっさりとエリザは帰っていった。
「ルルアンナ様、本当によろしかったのですか?」
エリザが出て行ったあと、心配そうに聞くローズにルルアンナは笑って頷く。
「ええ、構いませんわ。色は少し惜しいですが、まだベースができただけのほとんど装飾もないシンプルな状態ですし。私はこちらのラベンダーのドレスを着ます。印象はまた違いますが、これも十分美しい色ですもの」
ルルアンナの瞳に似た、しかしそれよりは若干淡い色の生地を手に取る。これはこれでルルアンナの神秘的な魅力を引き立たせてくれるだろう。
「その代わり、どれよりも素敵な最高の一着に仕上げたいのですがお願いできますか?」
ルルアンナがニコリと微笑みかけると、ローズは一瞬目を見開いてからニヤリと笑って頷いた。
「はい、勿論です!持てる力と素材全てをかけて、帝都の誰より美しい姿をお約束いたします!」
拳を握って気合を入れる彼女の姿に、仕上がりは期待できそうだとルルアンナもホッと安堵する。
「可憐なデザインですが、シックで落ち着いた雰囲気もある色なので、こちらの装飾などがいいと思うのですが」
さっそくテキパキと動き始めたローズが手に取って見せたのは、大粒で存在感のある白い真珠と幾重にも重ねられて繊細な模様を浮かび上がらせている美しい白銀のレースだった。真珠は微かに黄みがかった艶があり、ラベンダーの色味を和らげてくれる。レースはドレスに重ねると暗色系の生地に光るように浮かび上がり、煌めく光を纏っているかのようだ。
「まぁ、どちらも素敵ね。こんなに大きい真珠は初めて見ますわ。このレースも生地自体が光り輝いているみたい…」
「この真珠は最近同盟を結んだ国からの献上品で、まだ数が少ないんです。国内にはほとんど出回っていません。なんでも海に囲まれた複数の島からなる国だそうで、海産物系の資源が豊富なんだとか。そしてこのレースは当店秘蔵の特殊な糸と編み方で作り上げたものです。年に数本程度しか作れませんのでこちらも貴重なんですよ」
とんでもない品をさらりと紹介するローズだが、きっと言葉以上に貴重なものだろうと分かる。年に数本しか作れないレースなど、ドレス一着分であっという間になくなってしまうだろうし、真珠に至っては献上品だという。元は皇室に納められた物を、皇族御用達でもあるこの店に下賜したということだろう。
「良いのですか?そんなに貴重なものを私のドレスに使ってしまって」
「ルルアンナ様以上にこれらの装飾が似合う方なんていらっしゃいませんから。それに今回の件で非常にご不快な思いをさせてしまいましたし、こちらからのお詫びもかねてどうかお受け取りください」
「そんな、お店側には何の非もありませんのに。むしろ迷惑を被った側でしょう?」
「いいえ、あのような暴挙を止められなかった時点で非は我々にあります。日頃からルルアンナ様には大変なお世話になっているというのに、不甲斐ないことです」
少々真面目過ぎるとは思うものの、せっかくの厚意ならば素直に受け取るほうが良いだろう。ルルアンナはローズの手を取って微笑んだ。
「どうもありがとう。あなたのおかげで素晴らしい感謝祭を過ごせそうです。これからもよろしくお願い致しますね」
「はい、お任せください」
「私達も全力で作業に当たらせていただきます」
ローズと店員達の頼もしい言葉に、多少の揉め事はあったものの感謝祭のドレスは何とかなりそうだと安堵する。
(今頃はきっと、私のドレスを奪えたことでご満悦なのでしょうね)
意気揚々と帰っていったエリザの後ろ姿を思い出す。だが、そのように思っていられるのも今だけだろう。自分が誰に喧嘩を売っているのか、ルルアンナがきっちりと分からせてやらなければならないのだから。
(いずれ、身の程というものを嫌というほど思い知らせて差し上げますわ)
一瞬だけフッと笑みを浮かべてから、ローズに挨拶を済ませてミレットと共にルルアンナも店を後にしたのだった。




