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『流石の、馬鹿』

或いはとある少女の、虚言性サピオセクシャル。

こどもから、こどもと大人の間の時期までの、季節と会話の断片たち。

全編、語り手の少女の台詞のみで構成されています。


登場人物

■語り手

少女。「早川さん」。

語り手:「君よ 君よ

語り手:あやうきには近寄らず

語り手:馬の如くに歩を進め

語り手:鹿の如くに飛び跳ねよ。」

―【間】

―タイトルコール。

語り手:『流石(さすが)の、馬鹿(ばか)

――(ある)いは虚言性サピオセクシャル―

―【間】

語り手:【M】こどもの、記憶。

語り手:【M】秋の初め。

語り手:ねえ。そこの君。

語り手:ねえ。

語り手:ちょっと。

語り手:……起きた?

語り手:ねえ君。どうして授業中、いつも寝ているの?

語り手:私? 4年2組の早川(はやかわ)

語り手:聞いたの。授業の間、よく寝てる子がいるって。

語り手:ねえどうして?

語り手:……、……、

語り手:そんなの駄目、眠いからって皆、寝ちゃったりしないわ。

語り手:だって、授業中なんだから。

語り手:え……?

語り手:誰、が、って……? そんなの、考えるまでもないわ。

語り手:校長先生が決めたのよ、きっと。

語り手:あと、お父さんとお母さん。お祖父様とお祖母様と、もっと前までさかのぼったって良いわ。

語り手:先生が、皆の前で一生懸命話してるんだから。

語り手:わたしたちは先生のお話を聞くのが仕事なのよ。

語り手:……、

語り手:何て言ったの?

語り手:ボソボソ喋る子きらい。

語り手:……、……、

語り手:テスト、は……、

語り手:だって、もっと前に済ませてるもの、塾で。

語り手:だから聞いてなくても解けるけど、でも、鹿田(しかた)くんは塾に来てないじゃない。

語り手:……、……、

語り手:教科書……、わたしだって読むだけでわかるわ。

語り手:でもどっちにしたって、寝るのは駄目よ。

語り手:え……?

語り手:……、理由、なんて。

語り手:だって……、他の子はしていないこと、だもの。

語り手:皆がしていない事や、正解とちがう事をする人は、

語り手:馬鹿、なのよ。

語り手:鹿田(しかた)くんって馬鹿なの?

―【間】

語り手:【M】2年、経過。

語り手:【M】春と夏の間。

語り手:おはよう。鹿田くん。

語り手:今日も良い熟睡っぷりだったわね。

語り手:流石は……、

語り手:万年居眠り魔の、鹿田くん。

語り手:…………、何?

語り手:駄洒落じゃ、無いし。

語り手:私ソレ言われるのすっごく嫌。

語り手:…………。

語り手:窓際の席で眠るのって気持ち良いの?

語り手:先生は呆れて何も言わないわよ。もう最後の年だもんね。

語り手:え……?

語り手:……、……、

語り手:無い、わ。授業中に眠った事なんて。

語り手:見た事ある? 私が居眠りしてるところ。

語り手:……寝てるから知らないか。

語り手:あのね、中学からの勉強は、今よりもっと、ずっと難しくなるのよ。

語り手:油断してたらすぐ落ちこぼれてしまいますよ、って塾の先生も言ってたわ。

語り手:塾にも行ってない、学年で1番でも無い鹿田くんなんて、

語り手:…………、

語り手:馬鹿じゃないの?

語り手:1番と2番は何もかも違うのよ。

語り手:私の1番は頑張って勝ち取った1番だけど、鹿田くんの2番はたまたまなっただけの2番だもの。

語り手:私ね……、自分より賢くない人って興味無いのよね。

語り手:……、

語り手:そうよ、2番なんて。

語り手:3番でも4番でも、最下位の127番でも、変わりないから。

語り手:それも、居眠りしてる人でも取れる2番なんて。

語り手:中学では、それだって同じようには行かないわよ、きっと。

語り手:え?

語り手:……、……、

語り手:落ちこぼれて、困る事、なんて……、

語り手:幾らでもあるじゃない。

語り手:例えば、…………、

語り手:例えば、そりゃ、

語り手:中学で良い成績を出せなかったら、

語り手:……良い高校に、行けないわ。

語り手:良い高校に行けないと……?

語り手:知らないの? 鹿田くん。

語り手:子供が、良い高校や大学に、行けないとね……、

語り手:お父さんが悲しんで、

語り手:……お母さんが、ひどく怒られるのよ。

―【間】

語り手:【M】1年、経過。

語り手:【M】春の終わり。

語り手:帰りのホームルームくらい起きてなさいよ、鹿田くん。

語り手:1年の癖に生意気だ、って目を付けられるわよ。勉強の他にも実害が出るんだから。

語り手:部活にも入らずに……。

語り手:……、

語り手:私? バドミントン部?

語り手:……、楽しい、そう……、楽しいわよ? 体を動かすのって意外と。

語り手:覚えが早いって、先輩も言ってくださるし。

語り手:この話って一昨日(おととい)もしなかった?

語り手:寝すぎて脳みそ、溶けてるんじゃないの。

語り手:…………、ねえ、

語り手:どうしてそんなに眠たいの?

語り手:春眠暁を、って言うけど。鹿田くんは一年中。

語り手:家で眠れてないの?

語り手:……、……。

語り手:……、眠れない、のは、どうして?

語り手:…………、

語り手:どうして黙るの。

語り手:お家の事、何か、

語り手:……、……。……、……。

語り手:……うん。それは知ってる、けど。

語り手:離婚、なさったのは、前でしょ、ずっと。

語り手:今はお母さんと2人暮らしで、

語り手:……、

語り手:え、…………、

語り手:どう、して……、

語り手:お父さんじゃない人が、家に、いるの?

語り手:……、

語り手:…………。

語り手:今日は(だんま)り。

語り手:いつも……、ボソボソでも、何か答えるのに。

語り手:…………。

語り手:……でも。

語り手:お家に、何があったって。

語り手:居眠りなんてしないわ。私は。

語り手:だって勿体ないじゃない。時間が。

語り手:勉強して、賢くなって……、

語り手:結果を出して、良い高校に行かなくちゃ、

語り手:だって、それしか、無いもの。

語り手:お母さんが、悲しそうな顔を、しなくて済む……、

語り手:正解の、方法。

―【間】

語り手:【M】1年、経過。

語り手:【M】冬入り。

語り手:……起きて、鹿田くん。

語り手:帰るわよ。ちょっと。

語り手:……、

語り手:間抜けな顔。ふふ。

語り手:……寒くないの?

語り手:マフラー着けてよ、折角あげたのに。

語り手:ん?

語り手:……、……、

語り手:馬鹿。

語り手:使わずに置いてる方がよっぽど勿体ないじゃない。

語り手:そんな簡単に破けたり傷んだりしないわよ。手を抜かずに編んであるから。

語り手:……、

語り手:……え、

語り手:……お母、さん、

語り手:……、……、

語り手:……うん。

語り手:……、ええ。そう、よ。

語り手:昨日……、私もお父さんも帰る前に、最後の荷物を纏めて。

語り手:多分、きっと、無事に。

語り手:……この話、もう別に、

語り手:……、

語り手:行き先? ……ううん、聞いてない、よ。

語り手:知りたくない。

語り手:…………。

語り手:…………。

語り手:前の晩に。

語り手:「こんな母親でごめんなさい」、だって。

語り手:謝られ、ちゃった。

語り手:……、……、

語り手:何も。

語り手:思わないわよ。勿体無いもの。

語り手:……、時間が、よ。

語り手:だって。

語り手:子供の事で、ずっと、ずっと言い合いをしてるのも、

語り手:その事で、酷い言葉をぶつけられるのも、

語り手:嫌で、当然だもの。

語り手:逃げ出したくなって当たり前だから。

語り手:…………、

語り手:私は、私だし。

語り手:塚淵第一(つかぶちだいいち)に通うなら、

語り手:ここから、今の家から、じゃないと。

語り手:寮なんてないのよ、あそこ。

語り手:……、……、

語り手:何が?

語り手:……行く理由、なんて、

語り手:……何も変わらないわよ。

語り手:お母さんが居なくなったって。

語り手:…………、

語り手:学歴があるに、越した事、無いじゃない。

語り手:普通、皆、そう思う、から。

語り手:鹿田くんには判らないでしょうけど。

語り手:……、もう、良いから。

語り手:行くわよ。

語り手:今日も、馬鹿の1つ覚えみたいに、

語り手:ほうじ茶ラテ、頼むんでしょ。

語り手:鹿田くん。

―【間】

語り手:【M】1年、経過。

語り手:【M】夏と秋の間。

語り手:玄関のお花、水、換えといたから。

語り手:……、ううん、ついで。

語り手:お呼ばれしてる身だし?

語り手:…………、今日も帰って来ないんだね。鹿田くんのお母さん。

語り手:どこへ行ってるか知ってるの?

語り手:……、……、

語り手:そっか。

語り手:今の、相手の人は……、

語り手:鹿田くんの事、あまり好きじゃ無いのかも、ね。

語り手:…………、でも。

語り手:もう気にして、無いんでしょ。

語り手:慣れる、もんね。

語り手:……そうでしょ。ね?

語り手:気楽だし。色々。

語り手:…………。

語り手:勉強。……ね。しなくちゃ。

語り手:勉強会、だもんね。

語り手:…………。……、……、

語り手:え、

語り手:……、いや、…………別に。

語り手:手に付かないとかじゃ無いから。

語り手:期末は特に不安も無いし、

語り手:……、…………。

語り手:……そう見えるんだ。

語り手:……馬鹿の癖に。

語り手:変な所だけ、鋭いんだから。

語り手:…………、

語り手:あの、ね。

語り手:昨日……、叔母さんから、連絡が、あって。

語り手:お母さんの居所が、わかった、って。

語り手:え?

語り手:あ、ううん、連絡が着いた、って事。

語り手:ずっと、誰も、知らなかったんだけど……、

語り手:今、東京に居るんだって。

語り手:そう。東京で、一人暮らし。

語り手:……、……、

語り手:いや、いやいや。

語り手:思ってないよ。

語り手:だから何、ってほど冷たくも、無いけど。

語り手:普通に、無事に、生きて生活、してるんだったら……。

語り手:……え?

語り手:……、……、

語り手:……馬鹿みたい。

語り手:今更、私と会って、

語り手:それでどうなるの? お母さんも私も。

語り手:……、……、

語り手:それは、知らない、っていうか、聞いて無い、けど、

語り手:とにかく東京で、住んでる場所しか聞いてないんだってば。

語り手:それだって別に、知らせてくれなくても、

語り手:……、……、

語り手:……中3なのよ、私。鹿田くんもだけど。

語り手:受験に集中、したいじゃない。

語り手:未だに居眠りしてる鹿田くんの気が知れないし。

語り手:内申とか気にした事ある?

語り手:……、

語り手:()らしてないわよ、別に。

語り手:……、……、

語り手:でも、じゃあ、どうしたら良いのよ?

語り手:…………、最後まで、お母さんの味方になって、あげられなかったのに。

語り手:一緒に、って、思ってても言えなかった私が、……、

語り手:私の、せいで、

語り手:私の……、

語り手:……っ、……、

語り手:……嬉しいと、思う?

語り手:今更になって、私がどうこう……、

語り手:そんなの、正解な訳、無いもん。

語り手:もう何もかも、

語り手:……、……、

語り手:……っ、

語り手:…そりゃっ、そうでしょ判らないのはそりゃ、どんな事でもそうでしょ。

語り手:無責任な事、言わないでよっ!!

語り手:……っ、……。…………、

語り手:……ごめん。

語り手:…………だから、やっぱり、……言わないでおこうと、思ってたのに。

語り手:え?

語り手:……、……。…………。

語り手:…………馬鹿じゃ、無いの。

語り手:正解か、どうかじゃ無くて、

語り手:私が、……わたしが、どうしたいか、なんて、

語り手:そんなの、聞かなくても、判るじゃない。

語り手:…………。…………。

語り手:…………、…………っ。

語り手:……着いて、来てよ。

語り手:そんなに言うなら。

―【間】

語り手:【M】2年、経過。

語り手:【M】嵐が過ぎて、冬。

語り手:……起きた?

語り手:皆帰っちゃったけど。

語り手:……、

語り手:もう、教室に決まってるじゃない。

語り手:……それより。

語り手:はぁい、鹿田くん。今年の義理チョコ。

語り手:うふ、ふふ。

語り手:ん?

語り手:……、……、

語り手:あははっ、……そうね。

語り手:義理でも羨ましがられるのは、多分そうなんじゃない?

語り手:だってチョコなんて、鹿田くんにしかあげてないもんね。

語り手:ふふ。

語り手:でも鹿田くんだって、毎年貰うのは私からの1個でしょ。

語り手:あ……、でも去年は違うか。

語り手:私のお母さんからも1個、貰ったもんね?

語り手:美味しかったでしょ、お母さんの手作り。

語り手:うん。……ふふ。

語り手:今年も食べたい?

語り手:今度の土日、また、泊まりに行くから……、

語り手:預かって来てあげようか。

語り手:……それとも。

語り手:一緒に、行く? 久しぶりに。

語り手:……、……、

語り手:うん、また大きくなってるよ、ジャスミン。

語り手:猫って2歳でね、人間でいう成人だから。

語り手:鹿田くんもう引っ掻き殺されちゃうね。ふ、ふ。

語り手:……、……、

語り手:もう帰る?

語り手:今日も『パルマ』でお茶する?

語り手:……、……、

語り手:勉強?

語り手:私は今日は、良いかな……。

語り手:そこまで切羽詰まって無いし。

語り手:……あ、

語り手:いや……、ううん、マフラー、ね。

語り手:流石にだいぶ、ほつれて毛玉が出て来たかな、って。

語り手:今、高2だから……、3年前か、あげたの。

語り手:鹿田くんにしてはよく持たせてると思うけど。

語り手:また、編んであげようか。

語り手:……、……コレが、良いの?

語り手:もう、みすぼらしいから、別にまた、

語り手:……、……、ふ、ふ。

語り手:破れないって。余程使い込まないと。

語り手:本当に……、

語り手:馬鹿、なんだから。

―【間】

語り手:【M】半年、経過。

語り手:【M】梅雨明け間近。

語り手:……雨、凄いねぇ、鹿田くん。

語り手:私傘、持って来てないから。

語り手:止んでから帰るね?

語り手:ん?

語り手:……雨音で聞こえないよ、そんなボソボソじゃ。

語り手:もっと近くで話してよ。

語り手:……、あ……、

語り手:う、ふふ。近すぎ……。

語り手:鹿田くん……、ミントのアイス食べたでしょ。

語り手:私の分はぁ? ふ、ふふ。

語り手:え?

語り手:……、……、

語り手:いいよ、傘借りたって、どうせ濡れちゃうし。

語り手:高3の受験生は風邪引けないんだから。

語り手:それとも帰ってほしいの?

語り手:……、……、

語り手:ふ、ふ。冗談だってば。いつも馬鹿正直に、本気にして……。

語り手:…………、ねえ、

語り手:……、鹿田くんのお母さんって、今はどれぐらい、家に帰って来るの?

語り手:……、……、

語り手:へぇ、ふうん。

語り手:じゃあ、私がお母さんの所へ会いに行くのと、同じぐらい。

語り手:殆ど一人暮らしみたいなものね。

語り手:寂しい?

語り手:……、……、

語り手:そう、だよね。

語り手:平気そうに見えるしね。実際。

語り手:…………。

語り手:本当に一人暮らしとか、したいと思った事、無いの?

語り手:……、……、

語り手:……違うよ、皆ね、

語り手:鹿田くんが寝てばっかりいるような時間にね、

語り手:考えてるんだよ。

語り手:どう、なりたいかとか。

語り手:……どんな人と、どんな風に、生きて行きたいか、とか。

語り手:正解に近付く為に、ね。

語り手:…………。

語り手:また黙る。考えてないんだ。

語り手:私は……、いつも、考えた事、1番に話してるのに、ね。

語り手:…………。

語り手:…………。

語り手:今の暮らしが気楽かな。

語り手:ある意味願ってもないよね、自由で、家賃も無いし。

語り手:こんな風に、女の子連れ込んだりも、やりたい放題だし、ね?

語り手:ん?

語り手:……、……、

語り手:……、あのね。

語り手:そこ、案外そうでも無いのよ。

語り手:鹿田くんは馬鹿で鈍いから、自分じゃ気付いて無いだろうけど。

語り手:この、茶色い地毛と、ソコソコの成績に、騙されてる子は多いんだから。

語り手:…………、

語り手:……私は……、関係無いけど、ね?

語り手:……、そうよ?

語り手:昔、ほんとに昔……、

語り手:小学校の頃、言ったでしょ。

語り手:覚えてない?

語り手:1番と2番は全然違う、って。

語り手:……そうよ。

語り手:……正直……、ね、

語り手:いつまでも2番や3番をウロウロしてる鹿田くんには、本当はだいぶ、興味が薄れて来てるし。

語り手:今、こうしてるのだって……、

語り手:……惰性、だから。

語り手:…………。

語り手:鹿田くん「サピオセクシャル」って知ってる?

語り手:世の中にはね、自分より優れた知性の持ち主にしか……、

語り手:あらゆる意味で、相手としての魅力を、感じない人がいるんだって。

語り手:……、そう、「サピエンス」の「サピオ」。

語り手:意味は「賢明」、とか。

語り手:……私、きっと、そうなの。

語り手:だから……、ええ、そうよ。

語り手:私はずっと1番で、多分、順当に……、推薦で恩行(おんぎょう)大学へ進むし。

語り手:東京へ、行くの。

語り手:お母さんの家とも近いのよ。

語り手:ソコは祝福してね? 元はと言えば、鹿田くんに焚き付けられて、会いに行ったんだから。

語り手:中学生の、男女二人で東京旅行、なんて。

語り手:悪いコトに手を染めさせられて。

語り手:あの時もこんな感じの雨で……、

語り手:そう、雨宿り、したよね。

語り手:…………。

語り手:懐かしい、ね。

語り手:……、……、

語り手:…………。

語り手:鹿田くんは……、ずっと勉強会、続けて来たけど、

語り手:私が教えるばっかりで、結局私に教えてくれられるようには、ならなかったし。

語り手:……馬鹿の、まんま。

語り手:自分の将来の進路すら、私に言えないんだもんね?

語り手:…………。

語り手:どう、したの?

語り手:困ったら黙ってばっかり。

語り手:……少しは、いつもみたいにボソボソ、言い返したら良いじゃない。

語り手:…………。…………。

語り手:……無い、のね。言う事。

語り手:…………、…………。

語り手:……誰とでも。好きな相手と。

語り手:自由に、やりなよ。

語り手:春からは。

語り手:…………。

語り手:…………。

語り手:……雨、あがった。

語り手:帰るね。

―【間】

語り手:【M】殆ど口をきかないまま、数ヶ月、経過。

語り手:【M】身も凍る真冬。

語り手:……もしもし?

語り手:あ、うん……、うん、

語り手:……、ありがとう。

語り手:でも疲れてない、よ。

語り手:受験会場も暖かかった。

語り手:……そこは、ね。

語り手:恩行(おんぎょう)の推薦は時期だけがネックだから。

語り手:うん。いつも通り……、目の前の問題を解いてたら終わった、感じ。

語り手:多分……、大丈夫だと思う。

語り手:春からは、ご近所さん、だね。きっと。

語り手:ジャスミンにも顔、覚えてもらえそう。

語り手:うん、……うん、ふふ。

語り手:……、え……、…………、

語り手:そう、かな……。声?

語り手:別に、落ち込んで、ないけど。

語り手:……自信、あるよ。きっと受かると、思う……。うん。

語り手:うん。そう。

語り手:今度、行った時、新居の事とか色々、相談、すると思う。

語り手:……あはは、そんな贅沢言わないし。ふふ、ふ。

語り手:うん、うん。

語り手:え、……、……、

語り手:…………。

語り手:……ううん。きっと寂しくは、ならないと思う、よ。

語り手:こっちには……、離れたくないと思えるような人、

語り手:出来なかった、から。

語り手:…………。

語り手:……そう、だよ?

語り手:うん。

語り手:…………。

語り手:ねえ……、お母さん、

語り手:……寒い、よね。

語り手:冬って。

―【間】

語り手:【M】虚ろに、あるいは矢のように、数ヶ月、経過。

語り手:【M】高校生活がするりと終わり、

語り手:【M】桜のつぼみが、膨らみを待つ頃。

語り手:…………、

語り手:ご、う、かく…………?

語り手:…………っ、

語り手:合格っっ!!??

語り手:は……? え……っ!?

語り手:誰、が……、何処、に…………?

語り手:……、……、

語り手:……っっ!

語り手:な、なん、何、なの、ソレ……、

語り手:鹿田くん、が、

語り手:恩行(おんぎょう)大生に、なる、の…………?

語り手:……、っ、

語り手:ちょっと! 私が落ちてる訳無いでしょっ! 正直結構余裕だったんだから!

語り手:…………、

語り手:な、え……、

語り手:ていう、か、え、通学、どうするの……?

語り手:この家からだと片道2時間半くらい、

語り手:……、

語り手:……引っ越す……?

語り手:東京に??? 鹿田くんが???

語り手:……大学の近くに……?

語り手:……、あの、駅の近くの……?

語り手:アパート、固まってるトコ、

語り手:……嘘。

語り手:近所、なんだけど。

語り手:…………。…………、

語り手:な……、

語り手:何それ。何それ、

語り手:何それ、何それ、何それっっ!!

語り手:…………、何ヶ月も、

語り手:我慢、して、そっけなくして、

語り手:私、わたし……、

語り手:……馬鹿、みたいじゃない。

語り手:…………、

語り手:新年度から、また、ホントに、また、一緒な訳……?

語り手:小中高と同じなのよ?

語り手:いないでしょ、そんな人、

語り手:いや「よろしく」じゃなくてっ!

語り手:だいたい、何で、どうして黙って、

語り手:……、……、……、

語り手:……、……、…………、

語り手:要するに……、

語り手:受かるかどうか、不安だったから、って事……?

語り手:……っ、「うん」じゃ無いからっ!

語り手:……わ、わた、し……っ、

語り手:恩行(おんぎょう)、受ける、って、言った時に……、

語り手:鹿田くん、頑張れば射程圏内なのに、一緒に、って、言ってくれなかったから……っ、

語り手:かといって進路も、志望校も教えてくれないし、

語り手:……、もう、もう離れるからと思って、私……っ、

語り手:あんな、馬鹿、みたいな事、

語り手:……っ、

語り手:うるさいわね!

語り手:わかってるわよ私が馬鹿じゃない事ぐらい!

語り手:推薦で恩行(おんぎょう)行くのよ私!

語り手:…………、

語り手:馬鹿、なのは……、

語り手:鹿田くん、じゃない……。

語り手:本当に、昔から……。

語り手:いつも寝てる、癖に。

語り手:どうしてそういう事するの……?

語り手:誰にも内緒で、受験、なんて。

語り手:…………本当、本当の本当に、

語り手:…………、

語り手:流石の、馬鹿、

語り手:としか、言いようが……、

語り手:……、……、

語り手:……違うし。

語り手:駄洒落じゃないから。

語り手:ソレ言われるのマジで嫌い。

語り手:鹿田くんぐらいなんだから、未だにソレ言うの。

語り手:……大体、イントネーションも違うし。

語り手:私の名前は平仮名で、「枕」とかと同じ音で「さすが」だから。

語り手:「流石」の方じゃ無いの。

語り手:「アスカ」とかの名前の方だから。

語り手:……、何よ。

語り手:「早川(はやかわ)さすが」。

語り手:いい名前でしょ、あらためて。

語り手:お母さんが考えたのよ。

語り手:…………。

語り手:(大きく溜め息)

語り手:…………、もう。

語り手:ややこしいし、イジられるのも嫌だから。

語り手:大学からは、名前で呼んでいいわよ。

語り手:……、ええ、そうよ?

語り手:鹿田くんも、折角だから下の名前で読んであげるわ。

語り手:「統一」の「(とう)」に「(うま)」で、「鹿田統馬(しかたとうま)」。

語り手:名前に、馬と鹿、両方入ってるなんて……、

語り手:何よ? ふふ、お返し。

語り手:本当に……、

語り手:名前まで、馬鹿なんだから。

語り手:ね……?

語り手:統馬、くん。

―【間】

語り手:【M】これから先、何年、何ヶ月が経過するのか、誰にもわからない。

語り手:【M】でも暖かい日に桜が咲いたら、

語り手:【M】……観に行くのが、正解だと、思った。

―暗転。

―【間】

語り手:「馬よ 鹿よ

語り手:春の眠りの暁を()

語り手:花に 嵐に

語り手:(よろこ)

語り手:歌え。」

―【終】

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