エピローグ
ソルバ=ザの消滅と同時に、世界は元の姿を取り戻し始める。
瓦礫と怪物にまみれた破滅の世界が少しずつ消失していくのが、誰の目にも見えた。
永久は和葉を連れて、家綱達のいる場所へと降り立つ。
倒れていた拓夫は意識を取り戻しており、二人を見るとホッと胸をなでおろしていた。
「終わったのか?」
問うてくる家綱Bに、永久は頷く。
「終わったよ。これで、みんな元の場所に帰れると思う」
永久のその言葉を聞くと、家綱BもセドリックAも安心したように嘆息した。
「……少し休ませてくれ」
『おう、お疲れさん。……いや俺も疲れてるけどな』
その場にセドリックAが座り込むやいなや、その姿は家綱Aへと切り替わる。
「さて、と。これでようやく事務所に帰れるわけか……。ありがとな」
それは、その場にいる全員に向けられた言葉だった。
そして全員が同じ想いでいる。
「私の方こそ、みんなのおかげで助かったよ」
「なに言ってンだ。アンタがいなきゃ全滅だったっての」
「その私を助けたのがみんななんだよ。だから、気持ちは同じだよ」
そんなことを真正面から言ってのける永久に、家綱Aは照れくさそうに笑みをこぼす。
『しかし、パラレルワールドという可能性にはつくづく驚かされたよ。もしかしたら、私達の世界の人達を助ける方法があるかも知れない』
「……そうだね。俺達の世界が終わらない方法、きっと見つかるよ」
拓夫とマクレガーのいる世界は今、破滅へと向かっている。
それを免れなかったのが、和葉の知る拓夫達だ。
だがこの拓夫達は違う。
新たな可能性を見出し、自分達の世界を救い出す方法を見つけ出せるかも知れないのだ。
「あの……」
何かを言い出そうとする永久を、拓夫は右手で制止する。
「これは多分、俺達で掴み取らなきゃいけない未来なんだ。みんなと一緒に戦って、それがわかったんだよ」
『我々の明日は、我々の手で掴み取る! そうでなくては、きっと意味がないからな!』
それは容易な道ではないだろう。
だけどそれでも、秋場拓夫とマクレガーは進み続けると決めた。
誰もがそうなのだ。
明日を、未来を、自分の手で掴み取らなければならない。
そのためには、進み続けるしかないのだ。
「あ、そうだ! 元の世界に戻る前にバイク呼ばないと!」
『OK! 呼んでおこう』
「呼べるんですか!?」
「フルオートモードがあるからね。マックの指示で遠くにいても呼べるんだ」
驚く和葉に、やや得意げに話す拓夫。そんな様子を微笑ましく見つめていた家綱Aだったが、やがて重大なことに気がつく。
「あ、やべ、鯖島置きっぱなしだわ」
『あらあら~』
『ソレハ危険デース!』
『ちゃんとしなよ』
『迂闊ですわね』
『だらしないわ』
『忘れるな』
「うるせー! お前らだって半分忘れてただろーが!」
六者六様のコメントを受けつつ、家綱Aは怒鳴り返す。和葉以外にはやり取りは聞こえていないが、もうここにいる誰もが家綱Aの事情をある程度理解していた。
「あ、私も梨衣を迎えに行かないと」
「塔の中だよね? 大丈夫、和葉ちゃんと家綱さん達は私が飛んで連れていくから」
「え、でも……大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。このくらいのお礼はさせてよ」
和葉と永久がそんなやり取りをしている間に、拓夫のバイクが拓夫の元へたどり着く。
「じゃ、俺らはここで元の世界に戻るまで待っとくか」
「そうですね」
互いに顔を見合わせる拓夫と家綱Bに別れを告げ、永久は和葉と家綱Aを連れて塔の頂上へと飛んでいった。
梨衣と鯖島は、気を失ったまま塔の頂上に倒れていた。
鯖島は念入りに縛られているが、超能力を使われると抜け出される可能性がある。まだ意識を失ったままでいることに、家綱Aは心底安堵した。
今いる世界が、消えようとしている。
永久の話した通りなら、この世界にる人達は全員があるべき世界へ戻されるだろう。仮にそうならなかった場合も、次元管理局の人間が対応してくれるとのことである。
もう、この事件は終わったのだ。
「……あの」
そんな中、和葉がおずおずと永久に声をかける。
「坂崎さんは……このあとどうするんですか?」
「へ……?」
聞かれると思ってなかったのか、永久は思わず目を丸くする。
霊感応で刹那を理解し、間接的に永久とも繋がっていた和葉には、事情が理解出来ているのだ。
永久はこれまで、刹那の欠片を探すために旅を続けてきた。しかしその旅は、ゲイルから欠片を取り戻したことで完全に終わっている。それに刹那はもう、永久の前には姿を現すことはない。彼女は完全に、永久と一つになったのだから。
「うーん……どうもしないかなー」
「どうもしないんですか!?」
「うん! 変わらないよ、私は由愛と旅を続けようと思ってる!」
永久にとって、それは当然のことだった。
世界を旅して、色んなことに関わって、歩き続ける。
それは不死の存在である永久にとっては終わりのない旅路だ。果ては存在しない。
でもそれが坂崎永久の選んだ道だ。
どこまでも歩き続ける。旅を続ける。果てがなくても構わない。
「だからもしかしたら、また会えるかもね」
「……はい!」
もしもう一度会えるとしたら、自分も歩き続けていると胸を張れる自分でいたい。和葉はそう思って、決意を新たにする。
どこかで永久が歩き続けている。きっとそれが、この先を歩く中での励みになるだろうから。
次第に、塔の輪郭もぼやけていく。
別れの時は近い。
「とにかく、今回は世話ンなったな」
「はい、ありがとうございます!」
「私こそ、改めてありがとう」
互いにお礼を言い合って、顔を見合わせる。
別れは名残惜しかったが、それぞれ自分達のあるべき場所でなすべきことがある。
世界は、いつまでも交差してはいられない。
「俺達全員と一度に話せたのはアンタだけだ。面白かったぜ」
『和葉ちゃん! いつかスイパラ行こうね~』
『マタオ会イシマショウ! 今度ハ得意料理ノポトフ振ル舞イマース!』
『性質上君とは永遠に二人切りになれないのが悔しいな。二人切りなら口説いてみせるのにさ』
『いつか事務所に遊びに来てくださいまし。わたくしの自慢の従者がおいしい紅茶を淹れてくれますわよ!』
『あなたの力はとても優しいわ。たくさんの霊を救ってあげてね』
『……世話になった』
和葉は全員の声は聞けても一度に返答することは出来ない。せめてポトフがフランス料理であることはつっこみたかったが、そんな余裕はなさそうだった。
消えていく家綱Aと永久に、和葉は目一杯笑ってみせる。
本当は別れが寂しかったのを、必死にこらえながら。
「はい、皆さん……またいつか!」
誰もが皆旅人だった。
それぞれの世界で、それぞれの未来を目指して、歩き続ける。
果てのない旅路を征く者達に――――どうか祝福があらんことを。
Fin
お疲れ様でした。
あとがきは活動報告にて後ほど……!