邪神降臨
和葉と拓夫、そして意識を失っている梨衣は戦いを終えた後、いつの間にか最初の広間に戻ってきていた。
状況がわからないままひとまず変身を解除した拓夫に、和葉はある程度かいつまんで事情を説明していく。
「……じゃあやっぱ、ここは俺達のいたサーバーの中とは別世界なんだね……」
和葉の予想通り、この秋場拓夫はかつて浸と共に戦った秋場拓夫とは別人のようだ。
マクレガーは既に死んでおり、ハックドライバーの中にいるのはマクレガーのバックアップデータのようなものらしい。そのため、マクレガーと通信しているのではなく、直接ハックドライバーを通じて会話をしている。
「……よし、乗りかかった船だし、帰る方法わかんないし……俺、出来る限り手伝うよ!」
「拓夫さん……!」
『拓夫の意見には私も賛成だ。もしかしたら”異世界”という存在に、サーバーの中で生きるしかない我々を救い出すヒントがあるかも知れない!』
おそらくここで永久とゲイルの戦いが繰り広げられているハズだったのだが、ここに二人の姿はない。
その代わりに、最奥に位置している祭壇が派手に破壊されている。
まさか戦いは既に終わっているのだろうか。和葉がそんな風に楽観視出来る時間は、そこから十秒もなかった。
「和葉ちゃん! アレ!」
拓夫の声にハッとなると同時に、和葉もすぐに気づく。
破壊された祭壇の向こうで巨大な澱んだ黒い光が発せられていることを。
その大きさは塔の全長にも匹敵する程である。その光の中から、ひどく邪悪な、規格外の何かを感じ取り、和葉は思わず身震いする。
「おい! 何だよアレは!」
そんな和葉の後ろから声をかけてきたのは、徹底的に叩きのめされた状態でがんじがらめに縛られた鯖島を引きずって駆けてくる家綱Bだった。
「家綱さん! 多分アレ……ゲイルです!」
「……ああ、アンタが和葉ちゃんか。セドリックから聞いたぜ」
「……?」
トレンチコートの家綱Bと和葉は初対面だ。
その後ろには、どうしたものかと顔をしかめるセドリックAがいた。
「ざっくり言うと俺はアンタらにとっちゃ異世界のもう一人の家綱だ。とりあえず今はこれで納得してくれ」
「すまない。時間がなさそうだ」
本当にざっくりとしか説明しない家綱Bだったが、拓夫のことを考えればなんとなく言っていることはわかる。
申し訳無さそうにするセドリックAに苦笑しつつ、和葉は淀んだ光を見据える。
「……行きませんか? きっと、坂崎さんが戦っています」
和葉の提案に、異論を唱える者はいなかった。
***
時間は、和葉達が大広間に戻ってくる前まで遡る。
永久とゲイルの戦いは序盤こそ互角のように見えたが、その力の差は圧倒的だった。
「ッ……!」
ゲイルが唱える呪文による攻撃は、永久に対して一切意味を成さない。
どんな魔法を使っても、魔力を消し去るフランベルジュによって消し去られてしまう。
永久が使える剣は複数あるが、無限破七刀という例外を除けば一度に使えるのは一本だけだ。だがその切り替えはほんの一瞬で終わる。永久の判断力は極めて高く、近接戦闘を行いながらも、避けきれない魔法攻撃には即座にフランベルジュで対応してくるのだ。
そして、どれだけ怪物を呼び出しても時間稼ぎにさえならない。
永久の振るう刀が、眼前の怪物を一太刀で斬り伏せる。
その後刀は即座にショーテルに切り替わり、音を置き去りにするような速度で永久がゲイルに肉薄する。
「ふふ……どうやら私ではダンスのお相手は務まらないようだね」
「そうみたいだね。もうやめない?」
ゲイルの身体は、魔法によって作られた不可視の防壁がある。
しかしその防壁も、永続的にゲイルの身を守り続けるわけではない。何度も攻撃を受け続ければ、いずれ綻びが出る。
まして、アンリミテッドクイーンの猛攻を受け続けていればいつまでも維持出来るわけがないのだ。
ぴしりと。ヒビの入るような音がする。
それはゲイルだけでなく、永久にも聞こえていたようだ。
永久が高速で繰り出すショーテルを、ゲイルは回避出来ない。
魔法で吹き飛ばそうと呪文を唱えたが、ゲイルの魔力は既に底を尽きかけていた。
「流石だよ、女王陛下」
永久の一撃が、ゲイルの防壁を完全に破壊する。
間髪入れずに振られた二撃目が、ゲイルの身体を袈裟懸けに切り裂いた。
「ッ……ッッ!」
よろめきつつ、ゲイルは後退していく。
囁くように唱えられた呪文を、永久は聞き逃さない。
「唱えさせない……! ここで仕留める!」
永久のショーテルが、一本のショートソードへと切り替わる。それと同時に、ショートソードは純白の光を放ち始めた。
この一撃はまずい。しかしそう判断したところで、今のゲイルには逃げる術がない。
永久のショートソードが、ゲイル目掛けて突き出される。その瞬間、ゲイルは呪文を唱え終えた。
「最後の仕上げだ! 来い! アンリミテッドクイーン!」
ショートソードが、ゲイルの胸に深々と突き刺さる。
飛び散った鮮血と吐き出された血反吐が、真っ白な永久を汚す。
しかし決着を確信した永久の表情とは裏腹に、ゲイルは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「……!?」
そして永久は異変に気づく。
ショートソードに込めたエネルギーが、ゲイルの中へと徐々に吸い込まれているのだ。
「ふ……はは……ははははははは!」
声高に笑いながら、ゲイルは自らショートソードを引き抜く。
全身を血で汚しながら、ゲイルは天井を見上げて笑い続けた。
「一体……どういう……」
アンリミテッドは、コアと呼ばれる超常の物質から生まれた存在である。
そのコアの欠片を取り込んだ人間は、一時的にアンリミテッドに近い状態になる。その状態になった人間からコアの欠片を取り出すには、一度殺す必要があるのだ。
今の一撃は間違いなくゲイルを一度死に至らしめたハズだった。
しかしコアの欠片は取り出せず、ゲイルは今もこうして笑い続けている。
笑いのトーンが次第に上がっていく。
狂気じみた笑い声に、永久は戦慄した。
「これで儀式は終わった」
「えっ――――」
次の瞬間、爆音と共にゲイルの背後で祭壇が砕け散る。
そしてその中から、無数の植物の蔦が現れ、ゲイルの身体を包み込んだ。
そこでようやく、永久は気づいた。
邪神ソルバ=ザが目覚めたことに。
祭壇から現れた蔦は、邪神ソルバ=ザのものだったのだ。
ゲイルの身体はみるみる内に取り込まれ、やがて塔の一部を破壊しながら一体の巨大な怪物が姿を現した。
否、怪物などではない。
遥か古の昔。
堕落した人々はソレを崇めた。
邪神ソルバ=ザは……神格である。
「礼を言うよアンリミテッドクイーン。儀式の完了に足りなかったのは膨大なエネルギーだ……君はそれをッ! この私に注ぎ込んだッ……!」
それは、天にも届かんばかりの大樹だった。
赤黒く醜悪な花を無数に咲かせ、邪悪な大樹はそびえ立つ。
幾千もの蔦を揺らめかせながら。邪神ソルバ=ザは降臨した。
そしてその幹から、ゲイルの上半身が姿を見せる。
「邪神ソルバ=ザ様はこの私を宿主として選んでくださった……! ソルバ=ザ様の意思に従い、私が最初で最後の使徒として全ての世界に終わりをもたらしてくれる!」
無数の蔦が、永久を取り囲むようにして伸びる。
すぐに永久は大剣の衝撃波で弾き飛ばそうとしたが、その衝撃波だけでは蔦を破壊しきることが出来なかった。
「!?」
永久の身体が、蔦に絡め取られる。そしてそれと同時に、蔦は凄まじい勢いで永久のエネルギーを吸い取り始めたのだ。
「ぐっ……!」
必死に拒もうともがくが、ソルバ=ザの蔦は永久を放さない。
「一滴残らず吸い付くしてあげよう」
「させないっ……!」
永久が念じれば、すぐそばに大剣が出現する。永久はそれをゲイルの身体目掛けて飛ばしたが、ゲイルは動じる様子もない。
「たかが女王如きが、神に傷をつけられると思わないことだ」
がばりと開かれたゲイルの口に、高密度のエネルギーが集中していく。
ドス黒いエネルギーは急速にチャージされ、大剣を迎え撃つようにして発射された。
「なっ……!?」
淀んだ光が、大剣を粉砕し、捕らわれた永久をも包み込む。
その凄まじい衝撃波に、永久は一度意識を失った。
永久が次に目を覚ますと、そこは塔の外だった。
身体はあちこちが痛み、傷だらけだ。
どうにか立ち上がると、すぐに邪神の姿が視界に入った。
「まだ息があったか、アンリミテッドクイーン」
そびえ立つ邪神に、永久の双眸に畏怖の色が宿る。
その存在を知る者ほぼ全てに恐れらていたアンリミテッドクイーンにとって、これほどまでの畏怖を覚える相手は今までになかった。
これは”格”が違う。
アンリミテッドはあくまで人為的に生み出された超常の存在だ。
だが邪神ソルバ=ザは全く違うのだ。
人類の誕生よりも遥か昔から世界に存在した、古の神格。異界と異界の狭間に在り、古代の知的生命体に崇拝され続けていた未知の存在なのだ。
無数に世界が生まれ続け、次元の狭間に偶然閉じ込められて結果的に封じられていただけで、誰かがソルバ=ザを倒したわけでも封じたわけでもない。
ただそこに在り、司る。
堕落と、滅びを。
「世界を全て滅ぼして……それでどうなるっていうの!? あなたの目的は何!?」
ふらつきながら問う永久に、ゲイルは心底つまらなさそうに吐き捨てる。
「ないよ」
「なんですって……!?」
「ソルバ=ザ様が滅びを求めるのなら、それに従うまで。仮にソルバ=ザ様が人類の救済を望めば、私は今すぐにでも世界を救う英雄になろう」
ゲイル・トワイライトには、最初から目的などなかった。
彼はそもそも、生まれ落ちたその日からソルバ=ザの信者であった。
そのように生まれた。
そのような種であった。
人の形を模しているだけで、ゲイルの本質はソルバ=ザに従う怪物達と変わらない。彼は生まれついての眷属なのだ。
ソルバ=ザを崇拝する古代の知的生命体。その中でもソルバ=ザの寵愛を受け、いずれ訪れる復活のために暗躍し続ける。それがゲイルの全てだった。
「君たちは勘違いしている。全ての世界は人間達のものではない。元々は支配者であるソルバ=ザ様の所有物に過ぎない……。所有者であるソルバ=ザ様が滅びを望むのであれば、滅びゆくのが道理ではないか?」
ソルバ=ザの花弁から、無数の種が落ちる。
それは百か、千か、それとも万か。
落ちた種は即座に育ち、開花する。
全ての種が、大小様々な怪物へと変化していった。
「諦めたまえアンリミテッドクイーン。チェックメイトだ」
無数の軍勢、永久の力を遥かに凌ぐソルバ=ザ。
最早勝ち目などないのかも知れない。
しかし。
しかしそれでも。
坂崎永久は不敵に笑って見せた。
「チェックメイト……? 滅びが道理……? 知らないよ、そんなの」
坂崎永久は知っている。
自分が一人で戦っているわけではないことを。
例えどれだけ敵が強大で、無数の軍勢を従えていたとしても。
全てを打ち砕いてハッピーエンドを迎えることの出来る仲間がいることを、坂崎永久は知っている。
「すみません坂崎さん! 遅くなりました!」
振り返ればそこにいる。
次元を越えた絆が。
「和葉ちゃん……みんな!」
「私、諦めませんよ! 最後まで戦って、絶対に私達の世界を守ります!」
院須磨町を守るため、喪失を乗り越えて戦うゴーストハンター、早坂和葉。
「滅びが道理だなんて、俺は……俺達は認めない! お前らの理屈で、みんなの明日を壊させたりしない」
『当然だ! 私達の明日は、必ず私達の手で掴み取る!』
いずれ滅びゆく世界の中で、それでも誰かの明日を守り続けるために超人ハックとして戦い続ける少年、秋場拓夫。そしてその相棒、マクレガー。
「悪いが事務所で由乃が待ってるんでな……。とっとと終わりにして帰らせてもらうぜ」
「……俺はまだ、世界を何も知らない……。こんなところで終わりにされては困る」
兵器として生み出されながらも宿命に抗い、町を守り続ける探偵、七重家綱。己の呪われた境遇を乗り越え、新たな未来を掴もうとする男、セドリック。
今ここに、次元を越えた異色のチームが結成されたのだ。
「……愚かな。どれだけ足掻こうと無駄なことだよ。そもそも、最初から世界に意味などない。全てはソルバ=ザ様の見る夢のようなもの……」
憐れむような視線を落とすゲイルを、五人が睨みつける。
周囲に並び立つ四人の英傑を横目に見て、永久は力強く剣を向けた。
「世界は無意味なんかじゃない、少なくとも私達にとっては!」
アンリミテッドクイーン、永久にとっても、かつて世界は無意味なものだった。
悲しみだけが蔓延り、ただ辛いだけの無意味な世界を、壊してしまいたいと思っていたこともあった。
でも、そうじゃない。
無意味だと、辛いだけだと決めつけるのはいつだって自分自身だ。
なら逆に考えることだって出来るハズなのだ。
「世界の価値を決めるのは自分自身、あなたが勝手に決めつけた価値観で、みんなの世界を終わらせたりなんかしない!」
永久の言葉に、その場にいた誰もが強く頷く。
世界を守るために戦う。全員が一つの意志で強く繋がった。
「行こうみんな……! 力を貸して!」
「勿論です……! 絶対に、世界を救いましょう!」
未来を、明日を、必ず掴み取る。
邪神ソルバ=ザとの最後の戦いが幕を開けた。